第30話 続スマートリモコンの開かずの間
Qの暮らす一人暮らしのアパートで、毎晩2時45分に何かが起こるようになった。
ふすまもない部屋で戸がきしむ音。窓の外から差すはずのない人影。枕元から聞こえる湿った息遣い。
洗面所の鏡には、自分の背後に立つ何かが映っている気がするが、振り返っても誰もいない。
最初は夢かと思った。だが次第に、夢と現実の境目が曖昧になっていった。
食欲が失せ、夜が来ることが怖くなり、Qの身体は目に見えてやつれていった。目の下のくまは深く、頬はこけ、肌は紙のように乾いていった。
やがてQは限界を迎えた。会社を早退し、その足で実家へ逃げ帰った。
父に事情を話すと、父は面倒くさそうに頭をかきながらも、一通の手紙を見せた。
「……ああ、これか。親父が俺に渡してたやつだ」
それは祖父の遺書というには淡々とした口調の手紙だった。
『部屋Aに封じた神の扱いについて。仏壇の様子を、できれば毎夜確認してほしい。荒れていたら整え、お経を週末には声に出して唱えること。そうすれば、神は鎮まっている。』
父は「信じてないけどな」と苦笑したが、若い頃に祖父から聞いた話も語ってくれた。
「この家にはな、幸福も災いももたらす“神”がいるらしい。昔、何かをきっかけに祖父さんがこの家にそれを封じたんだとよ。俺はそんなもん信じちゃいないが──」
その言葉を聞いた瞬間、Qは背筋が冷たくなった。
あの老婆。あの白髪の異形は、もしかすると──“封じた神”だったのではないか?
そして、自分はその封印を破ったのではないか?
翌日、Qは昼のうちに祖父の家へ向かった。人気のない山間の集落を抜け、かすかに木々の匂いと土の湿気が混ざった空気を吸い込みながら、祖父宅の前に立った。
Qは恐る恐る開かずの間がある廊下に向かった。
あの日開けっぱなしにして家を飛び出したのに引き戸は閉まっていた。
引き戸の前でスマホを取り出し、祖父の家に登録されていたスマートロックのアプリを起動する。画面に「部屋A:ロック解除」と表示され、引き戸がカチリと音を立てて緩んだ。
昼間にもかかわらず、室内はどこか薄暗く、重い気配が漂っていた。
玄関から廊下を抜け、仏壇のある部屋に足を踏み入れると、まるで誰かがさっきまで座っていたかのように座布団がわずかに温かかった。
Qはそこで、恐る恐る手紙に書かれたお経を読み上げた。
言葉の意味はよくわからない。だが、一語ずつ、丁寧に唱えた。
だが、何も起きなかった。静寂の中、蝋燭の火だけが小さく揺れていた。
その夜、久しぶりにQは眠れた。
──だが翌朝、リビングのテーブルに、自分のスマホが置かれていた。
Qは寝る前にそれを引き出しにしまっていたはずだった。しかも、電源は落とし、アプリも削除していた。
だが、黒い画面に、浮かび上がるように文字が現れていた。
「つづけて。」
文字は白く、光もなく、ただ“そこにある”ようだった。
Qは、震える手でスマホを伏せた。
“それ”は、まだ終わっていない。




