第26話 スマホで話す祖母の声
Hの祖母は、昨年秋に亡くなった。
小さな山間の町でひとり暮らしをしていた祖母は、年の割に機械に強く、Hが贈ったスマートフォンも器用に使いこなしていた。
「Hちゃんに会えないときでも、声で話せるやつがいいわ」
そう言って、音声アシスタントの機能を一番気に入っていた。
Hが大学で都会へ引っ越してからも、毎週のように音声メッセージが届いた。料理の話、庭の花の話、昔話……どれも数分にも満たない、短いやりとりだったが、それが二人の大事な時間だった。
祖母が倒れたのは、突然だった。
近所の人が異変に気づいたときには、もうスマホも布団の脇に置かれていたという。
葬儀を終えた後、Hはひとりで祖母の家を訪れた。
そこは変わらず、味噌の匂いと古い木の香りが混じった、懐かしい空間だった。
茶箪笥の上にあったスマホは、うっすらと埃をかぶっていた。
電源は切れていたが、充電ケーブルは丁寧に巻かれていて、祖母がきちんとしまっていたことがわかった。
なんとなく、それを充電してみた。
起動音が鳴り、祖母の使っていた壁紙が画面に広がった。家の庭に咲いた椿の写真。たしか、Hが撮って送ったものだった。
音声アシスタントの履歴を開くと、最後のログが残っていた。
「Hちゃん、今日は寒いからあったかいもん食べなさいよ」
最後のやりとりだった。
Hは少し涙ぐんで、スマホに話しかけた。
「ばあちゃん、元気してる?」
静かな部屋の中で、スピーカーが反応した。
「もちろんだよ。Hちゃん、ちゃんと寝てるかい?」
その声は、いつもの祖母の声だった。
おかしい。こんな音声は録音していなかった。
アシスタント機能が読み上げる合成音でもない。イントネーションも、間の取り方も、祖母そのものだった。
Hはスマホを胸元に抱き寄せた。
声はそれっきりだった。以後、再生しても何も聞こえなかった。
おそらく、なにかのバグだったのだろう。
偶然、祖母の声のログが再生されただけ。きっとそうだ。
けれど──帰る前、ふと思い出して庭に出ると、
椿の木の下に、紙が小さな石のしたに置かれていた。
その裏に、鉛筆でこう書かれていた。
「Hちゃんへ ひとりでも、ちゃんと春を迎えるんだよ。」
それは、祖母が生前からよく言っていた言葉だった。
Hは紙をそっとポケットにしまい、
「うん」と、静かに返事をした。
その瞬間、スマホがかすかに振動した。
通知はなかった。ただ、ほんのわずかに──温かかった。




