第19話 メッシュ回線の遺言
Oは、登山中に使える“メッシュネットワーク”対応のアプリを試していた。
携帯電波が届かない山間部でも、近くの登山者のスマホ同士が直接通信し合うことで、情報を中継するという仕組みだ。
災害時や遭難対策にも効果があるとされ、最近注目されている。
その日も、電波が届かない山中でOはアプリを起動し、周囲の登山者と中継接続されていることを確認していた。
だが――午後2時32分。アプリに見覚えのない通知が届いた。
「1件の音声メッセージを受信しました」
送信元:ID不明(通信中継先:旧電波塔エリア)」
旧電波塔エリア。
それは、前日までニュースでも取り上げられていた場所だった。
夜間に“謎の点滅光”が確認され、動画がSNS上で拡散された廃電波塔――
あの例の電波塔だった。
驚きつつもOは、音声ファイルを再生した。
《……ここじゃない。降りられない。
……帰る場所、まだ見えない。
でも、“見てる”んだよ。こっちからは》
Oは一瞬、息を呑んだ。
音声は少年の声。だが震えており、周囲の音もどこか異様だった。
山の音ではない。風の音でもない。
**“電子ノイズと共鳴するような空気の揺らぎ”**が、音声の背景に重なっていた。
再生が終わると、アプリが再び自動で更新され、次の通知が届いた。
「最終発信者:P」
発信時刻:2年前・同日・午後2時32分
発信位置:旧電波塔上空 約370m
Oは背筋が凍った。
P――それは、2年前に山中で行方不明になった13歳の少年の名だった。
彼は、仲間とキャンプ中に姿を消したまま、現在も未発見。
最終位置が記録されたのが、まさに旧電波塔の真上、空中だったことは当時も話題になった。
事故か、誘拐か、迷子か――
だが今、2年の時を越えて、誰のスマホにも届いていないはずの“音声”が、メッシュ回線を通じて届いたのだ。
Oは記録を保存しようとしたが、アプリは突然強制終了した。
再起動後、メッセージ履歴も再生ログも消えていた。
それどころか、音声が保存されていたフォルダごと存在しない。
唯一残っていたのは、アプリ内の通知履歴のスクリーンショット。
「発信元端末はすでにこの空間に存在しません」
「次回の交信可能時刻:晴天/上昇気流発生時」
Oはアプリを削除した。だが、それ以来、山に行くたびにアプリが自動再インストールされるという。
しかもそのたびに、
旧電波塔上空370m地点に“交信中”のアイコンが浮かび上がる。