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秘密だって、愛おしい【番外編】(6)






倉庫から外に出る際、なるべく人目につかないよう細心の注意を払った。

幸い、廊下には誰もおらず、静かだった。

ちょうど、ランチを買い出しに行ったり戻ったり、という人の出入りピークの切れ間だったのだろう。


心底ホッとした私は、


「よかった、誰もいない・・・・」


と自然と口から漏れていた。


そしてそれを聞き逃さなかった今里さんが、少しだけ意地悪そうに、ニッと口角を上げたのだ。



「ここには誰もいないけど、さっきオレが幸の手を握って連れ去ったときは、何人の人がいたかな?」


そのセリフに、ギクリとする。



・・・・そうよ、すっかり忘れてたけど、さっき、総務課で、みんなの前で、今里さんは何て言った?



『オレ達、付き合ってるんです』



容易すぎるカミングアウトに、目眩がした。



今里さんと ”仲直り” できて、一旦は心の平安を取り戻せていたのに、またもや動揺に舵をとられてしまう。



だって、今里さんは社内で一番の有名人で、公私の区別をつけるタイプの先輩方でさえ、ときどき話題にするほどの人物だ。


その今里さんと、今年入社したばかりの私が・・・なんて、きっと誰も想像してなかっただろう。



・・・・戻ったら、きっと、質問の嵐が待っているに違いない。


だけど今里さんがはっきりと、自ら宣言したのだから、私が否定できるわけもなくて・・・・・



自分でもありありと分かるほどに顔を強張らせていると、それを癒すかのように柔らかく、今里さんがトン、と私の肩に手を乗せた。


斜め後ろを振り向き仰ぐと、当たり前だけど、そこには今里さんが・・・・



私は、こんなときなのに、その整い過ぎた容姿の恋人に、見惚れて、胸が震えた。



「ん?」



私の反応に感付いたであろう今里さんが、わざとらしく顔を寄せてくる。


そんな仕草も余裕があって、なんだか悔しい。



「・・・・反則です」


「反則?」


「だから、そんな顔・・・・ズルいです」


「そんな顔って、どんな顔?」


生まれつきこんな顔なんだけど。


今里さんはそう言って、楽しそうに破顔した。



「だから・・・・」


私が困惑を隠さずにいると、ふと、今里さんの顔つきが凛と畏まる。



「これだけは伝えておくよ。オレはもう、幸のことを秘密になんかしたくないから。疚しいことも後ろめたいこともない。オレは、本気で幸が好きなんだから。だからもう、オレ達のこと、隠すのはもうやめよう――――――――」




秘密を、やめる・・・・・



その意味を、頭で置き換える。



つまり、私達のことを、私と今里さんが付き合ってるということを、公にするということで。



もちろん、さっきの今里さんの発言で、総務課にいた人達には知られてしまったわけだけど、それだけじゃなく、会社中の人に知られてしまうということだ。



いや、きっと社内にはとどまらず、取引先、それに今里さんの古巣になる白華堂にも・・・・

今里さんは注目を浴びる人だもの、きっと、噂はすごい速さで駆け抜けるに違いない。

しかも相手が、大学出たばかりの、何の取り柄もない私だなんて・・・・



頭の中で順序だてて考えていると、いきなり今里さんに頬をつままれてしまった。



「こら。また何か考え込んでる。さっきも言ったけど、オレはもう幸とのこと隠さないからね。例え幸が嫌がっても、オレには幸っていう可愛くて仕方ない彼女がいるんだって、みんなに自慢したいんだ」


今里さんはそう言うと、すぐにパッと私の頬を離したけれど、私は、つままれた頬だけじゃなく、顔全部をドッと赤面させてしまった。



可愛くて仕方ないだなんて、ちょっと・・・いや、かなり、惚れた欲目である。



・・・・でも、嫌な気分がしないものだから、余計に気恥ずかしい。

いや、嫌な気分どころか、むしろその真逆で、喜んでる自分もいたりして・・・・・



そんな自分の感情の振りを追いかけていると、ふと、思った。



今里さんは、いつもこうやって私に想いを伝えてくれる。

なのに私は・・・・・



・・・・そろそろ、”自信を持てない私” を、崩していかなければならない頃かもしれない。



自分は今里さんとは不釣り合いだから、

私はまだまだ新人で、恋愛に現をぬかしてはいけないから、


そんな言い訳を振りかざして、色々なものから逃げたり、後回しにしたりするのは、そろそろ、終わりにしなくちゃいけないのかもしれない―――――――――本気で、今里さんへの気持ちを貫くつもりなら。



本気で、今里さんが好きなら―――――――――――



自分自身に問いかけるまでもなく、そんなの、とっくに答えは出ていた。



「・・・・私、まだ全然頼りないですけど・・・頑張ります。今里さんの彼女として、自信が持てるように」



今里さんの隣に並ぶ自信はないけれど、

今里さんの隣にいたいから。



私よりその場所が似合う人がいるかもしれないけれど、

私はその場所を誰にも奪われたくないと思っているのだから。



だったら、頑張らなきゃ。



今里さんの隣に立つ自信を、

その場所を守れるだけの強さを身に付けなきゃ。



私の決心を悟ってくれたのか、今里さんはものすごく嬉しそうな笑顔を見せてくれた。



「じゃあオレも、幸の彼氏として頑張るよ。それでなくても、若い彼女にオジサン扱いされないように気を付けなきゃな」


「オジサンって、今里さんをオジサン扱いなんてしてませんよ。オジサン扱いする人もいないです」


今里さんが冗談を言ったと思った私は、合わせるように軽く返したけれど、


「幸には、こんなに若くて可愛い彼女を持った男の気苦労は分からないよ」


いたって真剣に反論されてしまった。


私はそれに対してまた何か言い返そうとしたのだけど、

唇を開いた瞬間――――――――


「あら、噂の二人がこんなところに」


秘書課の顔見知りの先輩が通りかかったのだった。



さっき今里さんが交際宣言した場面にはいなかったはずなのに、もう私達のことを知っている・・・・


おそらく、総務課の誰かから聞いたのだろう。



・・・・こんな短い時間でも、確実に噂は広まっているんだ・・・・・



その速度にちょっとたじろいでしまうけど、同時に、腹をくくらなければと思った。


すると私の背後にいる今里さんも同じことを考えていたのだろう、

「すごい速度だな」と苦笑した。


けれど、私の前に一歩出ると、


「オレはともかく、あんまり彼女をからかわないでくださいね。彼女、恥ずかしがりやなんで」


私を庇うようにそう言ってくれた。


笑いながら言った今里さんに、先輩はなぜか満足そうだ。

うんうん、というように私達二人を眺めてから、まるで身内を案じるような口調で、


「総務の子から聞いた通り、仲良しね。ちゃんと野田さんを守ってあげてくださいね」


前半は私に、後半は今里さんに向けて言った。


今里さんは微笑んだまま、すぐさま頷いた。


「もちろん、そのつもりです」


即座に返ってきた答えに先輩はちょっと驚いたようで、一瞬間が生まれたけれど、


「やだ、のろけられちゃった」と楽しそうにおどけて、そのままエレベーターホールに消えていったのだった。




「思ったよりも広まるのが速いな」


先輩の姿が見えなくなってから、今里さんが噛み締めるように呟いた。


「あ・・・・びっくりしましたね」


また二人きりになった廊下で、私は今里さんに同意しながらも、私達の関係が知られてしまったことを改めて実感していた。



私みたいな普通の女子社員と次期社長の今里さんが付き合ってるなんて、他の人はどう思うだろう・・・・


そんな、後ろ向きなことがまた頭を過る。



すると今里さんがくるりとこっちを向いて、自然な手つきで私の肩を抱き寄せた。


「・・・・ごめんね。オレとのこと秘密にしたいって言ってたのに。でも、これに関してはオレのワガママを通させてほしい」


今里さんには、私の考えてることが透けて見えているのだろうか。


私は誘われるがまま、視線を重ねた。


「きっとこれから、今みたいに声をかけられたりすることも増えると思う。一応、オレは社内では有名みたいだからね。いろんな人間がいるから、もしかしたら嫌な思いをするかもしれない。・・・だけど、オレが守るから。もし、何かあったり、されたりしたら、必ず教えてほしい。それこそ、そこに秘密は作らないで。オレに、幸を守らせてほしい」


まっすぐな瞳と、真摯な物言いが、私にダイレクト伝わってくる。



秘密は作らないで・・・・



私はその言葉を、胸の奥に刻んだ。



「分かりました。何かあったらすぐにお知らせします。今里さんに秘密を作ったりは・・・」


秘密は作りません。


そう誓うつもりなのに、ふいに、今里さんとのことがいくつも思い返されてきて、私は言葉を置いてしまった。



秘密からはじまった恋。


秘密に振り回されて、

秘密に傷付けられて、

秘密に不安を煽られたりもしたけれど・・・・



「・・・・だけど、正直に言うと、」


「うん?」


「私、”秘密の社内恋愛”、結構楽しかったです・・・・」


二人の関係がオープンになってしまえば、以前のように隠す必要もなくなってしまうだろう。



あんなに秘密を嫌っていたのに、

今里さんと共犯する秘密は、ドキドキして・・・・



自分でも、自分勝手だとは思う。

けれど、その、”秘密の社内恋愛” を楽しんでいたのは事実で、

それが終わってしまうことに、今、ほんの少し、寂しさも感じずにはいられない。



けれど、複雑な胸のうちを白状した私に、今里さんは、フ・・・と、声に出して笑った。



そして、そっと私の耳もとに口を寄せ、



「・・・・オレも」


半端ない色気を帯びたウィスパーボイスを吹き込んできたのだ。



思わず、ビクン、と反応してしまう私。


今里さんはそんな私に気をよくしたように、さらに顔を近付けてきて・・・・・



「ん・・・っ」


食むように、唇を重ねた。



けれどそれはごく短い時間で、すぐに唇を離した今里さんは、壮絶な艶を浮かべた表情で私に囁いたのだった。



「”秘密の社内恋愛” は終わっても、こうやって、”二人だけの秘密” を増やしていけばいいんだよ」



掠れた声で、その内容は意味深で、いろいろなことを想像させてくる。



煽情的な今里さんに、私はどうにかなってしまいそうだ・・・・・



社内でこんなことをするなんて、間違ってる。

理性がそう訴えてくるけれど、抗えなくて・・・・・



そうして、今里さんがもう一度キスしようとしたそのとき、



ガンッ・・・



大きな音がして、私達は慌てて体を離した。



何の音なのかは分からないけれど、その後、廊下の奥の方で人が動く気配も伝わってきて、私達は我に返ったように、さっきまでの甘い雰囲気を遠ざけたのだった。



「あー・・・ごめん」


「いえ・・・こちらこそ」



お互いに照れ笑いを見せ合って、それから、お互いになにかを告げようと口を開きかけたとたん、


キュルルルルル


今度は、私のお腹の音。


さっきも鳴ったのに、しつこく私に空腹を知らせてくる。

その音を聞くなり、スイッチが入ったかのように今里さんが笑い出した。


「・・・どうしよう、めちゃくちゃ可愛い」


口元を拳で隠すように笑う今里さん。



すると、笑い声に引き寄せられるように、エレベーターホールのほうから数人の社員が近付いてきたのだ。


私はまた何か言われるだろうかと身構えたのだけど、


「お疲れさまです」

「あ、お疲れさまです」

「・・・お疲れさまです」


淡々と、挨拶のやり取りだけをしてその人物は通り過ぎていった。


見覚えのある顔だったけど総務部の人ではなかったので、きっと、私と今里さんのことをまだ知らないのだろう。



ホッとしたというか、気が抜けたというか・・・・



けれど今里さんが「それじゃ、いい加減昼食にしようか」と声をかけてきて、それが、私も一緒に・・・というニュアンスがあったものだから、私は焦って振り返った。


「すみません、今日はお弁当を持って来てて・・・・」


昨日の今日で今里さんと顔を合わせたくなかった私は、昼休みもデスクに居座るつもりで、自分のお弁当を作って来てたのだ。


もちろんそれは私の分だけで、いつかみたいに今里さん好みの卵焼きも入っていないお弁当だ。


だって、こんな展開、まさか予想できるはずないもの。


今里さんは残念そうだったけど、特に気にした風もなく、「そっか」と納得してくれた。


そして、


「じゃあオレは急いでランチに出なきゃ」


と腕時計を確認して言った。


そしてそのすぐ後、何かを思い出したように心配そうな顔つきに変わった。


「でも、今一人で部屋に戻ったりしたら、オレとのことあれこれ訊かれると思うけど、大丈夫?」


「それは・・・」



確かに、先輩方の話題と注目を集めてしまうに違いない。


でも、今里さんと付き合っていくのだから、これは避けて通れないことで、これくらい対応できないと話にもならないはずだ。


私は、にっこり笑ってみせた。


「大丈夫です」


すると今里さんも安心したように目を細めた。



「なら、任せたよ。じゃあ、オレはもう行くね」


「あ、エレベーターまで送ります」


私は今里さんの後を追うようにエレベーターホールに向かった。


ちょうどエレベーターが下から上がってきたところで、昼食に出ていた総務の先輩達が降りてくるところだった。


「お疲れさまです」

「お疲れさま。野田さん、今から外に出るの?」

「あ、いえ、ちょっと・・・」


先輩達は私の隣にいる今里さんをちらっと見たけれど、何も訊くことはなかった。

きっとこの先輩達も、まだ何も知らないのだろう。


だけど私は、先輩達に何か訊かれるのではという緊張よりも、


先輩達には見えない後ろ側で、こっそり握ってきた今里さんの手に、ドキドキが止まらなかった―――――――――――



やがて先輩達は総務に戻っていき、二人になったとたん、まだドキドキ続行中の私に今里さんが楽しそうに笑いかける。


「ほら、秘密がまた増えたよ?」


そう言うや否や、掠め取るような小さなキスをして、今里さんは空のエレベーターに乗り込んだ。


「あ・・・」


キス逃げされた私は、その素早さに呆気にとられてしまって、何も言い返せない。



けれど、エレベーターの扉が閉まるギリギリまで、今里さんの本当に嬉しそうな顔が見えたので、社内でキスはしないでと、怒る気にもなれなかった。


むしろ、他の人の目を意識しながらのキスは、デートのときのキスとは違うドキドキ感があって・・・・・



私はエレベーターのフロア表示ランプを見上げながら、そっと、自分の唇に触った。



今里さんと二人で作る秘密は、やっぱり、甘い・・・・・



そして私は、今里さんを乗せたエレベーターが一階に辿り着くのを見届けてから、総務課に向かった。



きっと、矢継ぎ早に質問攻撃を受けるだろうけど、答えられるところはきちんと答えよう。

でも、もしも答えにくい質問をされたらどうしようか・・・・



・・・・・そうだ、もし、答えにくいことを訊かれたらそのときは、



―――――――二人だけの秘密にさせてください―――――――



そう答えよう。



そんなことを考えていたら、ふんわりと、胸が、幸せであたたかくなった。


思わず頬が緩んでしまい、足を止める。



もしかしたら、私ははじめて感じているのかもしれない・・・・・




・・・・・秘密だって、愛おしいんだと・・・・・・




頬の緩みが酷くなってしまいそうで、私はそれを堪えようと俯いた。


そして目に入ってくるカーペット。


・・・・もう、その色に惑わされることはないような気がした。




きっと、今里さんと重ねていく愛おしい秘密達が、私を強くさせてくれるだろうから・・・・・・










秘密だって、愛おしい【番外編】(完)













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