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秘密だって、愛おしい【番外編】 (2)





その日は、朝からなんだか総務部がバタバタ慌ただしい日だった。

特に秘書課の先輩方が珍しく焦っていて、私に手伝えることがあればと声をかけたら、「助かるわ。悪いけどお願いしたいことがあるのよ」と、こちらもまた珍しく、頼みごとをされたのだった。


なんでも、急に社外取締役が来社することになったらしく、いつもなら事前に終えている手配を今朝から急いで行っているらしい。

その中で私が頼まれたのは、役員の方のお連れ様のご案内とお相手だった。

そんな重要な役を任されて大丈夫か不安になったけど、先輩からは、「若い女性だし、そんなに気難しい方じゃないから大丈夫よ」と返されたので、引き受けることにしたのだ。


しばらくして先輩に言われた時刻になったので、私は1階エントランスに向かった。

すると、受付カウンターに若い女性の姿があったので、早足で傍に寄った。


「あの、失礼ですが、福島 香澄(ふくしま かすみ)さまでいらっしゃいますか?」


私は先輩から教えられていた名前を尋ねた。

横から声をかけた私に、その女性が振り向く。

背が高くて、まるで映画から抜け出てきたかのような、華やかな容姿の女性だった。

ネイビーのワンピースにオフホワイトのエンブロイダリーレースジャケットを合わせていて、とても品がある。

さすが取締役の関係者という雰囲気に、私は少しだけ気後れしてしまったけれど、女性がにっこり笑いかけてくれたので、すぐに気を取り直した。


「はい。福島です」


「お待ちしておりました。私、ご案内を仰せつかりました野田と申します」


私が名乗ると、福島さんは微笑んだまま「そうですか。ではお手数おかけしますが、よろしくお願いいたします」と、丁寧な口調で軽く会釈してくれた。

なんというか、仕草の隅々までもが、整っている人だなと感じた。

そして、きっと今里さんの周りにいるのもこういうタイプの人が多かったんだろうな……なんて、余計なことも考えたりしていた。


……だめだめ、仕事中なんだから。

内心で自分をたしなめてから、私は福島さんを役員フロアにある応接室に案内したのだった。






それにしても、すごく綺麗な人だったな………


福島さんを案内した後、一人で戻りながらぼんやりと考えていた。

バーガンディの絨毯は相変わらず踏み心地よくて、私みたいな一般社員には不相応だけど、彼女みたいな人にはまったく違和感がなかった。

華奢で高いヒールのパンプスは私が見ても高価なものだと感じたし、そのハイヒールを履きこなすスタイルと姿勢のよさは、同性の私が見惚れるほどだった。


本当なら、ああいう女の人が今里さんの隣には相応しいんだろうな……

そんなことを思っては、一人でこっそりと落ち込む。

ここ最近の私は、どうしてもそのことが頭から離れないのだ。


でも、だからといって ”好きだ” と言ってくれる今里さんの気持ちを疑っているわけではなくて。

ただ、自分に自信がないだけ。


エレベーターで一人きりになると、無意識のうちに長いため息がこぼれていた。

今里さんのことが好きで、今里さんも私を好きだと言ってくれて、

はじめはそれだけで充分だった。


だいたい、今里さんと私の立場の違いなんて、最初から分かりきっていたはずなのに。

でもなぜか、今になって、その ”違い” に不安を抱くようになっていたのだ。無性に。


もっと仕事もできるようになって、今里さんに釣り合えるように女磨きもして、もっともっと頑張ったら、いつかはこの不安も打ち消せるのかもしれない。

だけどそれにはまだまだ時間が必要だ。

じゃあ私は、その時が来るまでこの不安を持ち続けなくてはならないのだろうか……


やがてエレベーターは総務部があるフロアに着いて、扉が静かに開く。

役員フロアと数階しか離れていないけれど、グレーの床が目に入ったとたん、私はなんとも言えない想いが込み上がってきたのだった。






その日の昼休み、私は秘書課の先輩に誘われて外にランチに出ていた。

手伝ったお礼にと、先輩おすすめの店でご馳走してくれたのだ。


誘ってくれた先輩や、他にも一緒にランチした数人と会話を弾ませながら社に戻り、エントランスに入ると、ちょうどエレベーターホールから今里さんが正面玄関に向かって歩いてくるところだった。



今日はまだ一度も今里さんの姿を見かけてなかったので、私はこっそり喜んでいた。

今里さんは私に気付いてないみたいだけど、私にとったら、一方的に姿を見られるだけでもラッキーだったのだ。


けれど、今里さんは一人ではなかった。


彼の隣には、朝私が案内した福島さんがいたのだ。



「あ……」


思わず、声に出していた。

だって、二人並んだ姿があまりにもお似合いだったから。

ハイヒールを履きこなしている福島さんはすらりと姿勢もよくて、長身の今里さんと一緒に歩いても見劣りしないし、

出で立ちというか、雰囲気も揃って品よくて、”同じランクの人” という感じがする。

それに、二人はとても親しそうで、自然に笑い合っていて、少なくとも今日知り合ったばかりの関係ではなさそうで……



「あら?」


私の声につられるようにして、先輩達も今里さんと福島さんに気が付いたようだった。


「事業部の今里課長と……隣にいるのはどなた?」

「福島さまじゃない?役員の方のお連れ様の。前にもいらしたことがあるから覚えてるわ」

「ああ、じゃあ、今朝野田さんにご案内をお願いした方ね」

「そうなの?」

「あ……はい、確かに私がご案内した方です」


私に気付かないままエントランスを出ていく二人を見届けてから、私は先輩達に答えた。

そしてそのままエレベーターで総務部まで戻っても、話題は今エントランスを出ていった二人のことだった。


「でもお似合いの二人でしたよね」

「確かに人目を引く二人だったわね」

「また社内の女子社員が騒ぎだすんじゃない?」

「一緒に歩いてるだけでそんな噂たてられたら、ちょっとお気の毒かしら」


あまり今里さんのプライベートに興味を持たなさそうな先輩達も、さすがにたった今目の前で目撃したばかりの光景には関心があるようだ。

そしてそれは、一人の先輩から提供された新規情報によって、さらに濃くなったのだった。



「……ねえ、今思い出したんだけど、あの福島さんって、白華堂の社長令嬢じゃないの?」



………白華堂の、社長令嬢?



私が頭で反芻してる間にも、先輩達の会話は自由自在に広がっていく。


「それ本当?」

「たぶん。社外のパーティーか何かで見かけたことあるもの。すぐには分からなかったけど、福島って名前で思い出したわ」

「そういえば、前に聞いたことがあるわね。白華堂の社長とうちの社長が古い知り合いで、一人娘をうちの社長の甥に嫁がせたいと言ってる……って」

「え?社長の甥って、まさか今里さんのこと?」

「間違いないでしょ。それで今里課長もうちに入る前に白華堂に入社したんじゃない?」

「ああ、なるほど……」

「今時、政略結婚なんてあるのね」

「政略結婚とまでは言えないかもしれないけど、昔からの家族ぐるみの付き合いで幼馴染みなんて、まるで恋愛小説の設定みたいよね」

「まあ、どっちにしてもただの知り合いにあの雰囲気は出せないわよね……」



先輩達は、本当に今里さんのことを何とも思ってないような口振りでそれぞれ意見した。

あくまで噂から連想される想像でしかないけれど、先輩達が繰り広げている雑談に、私はついていけなかった。


いや、冷静な頭で考えたら、先輩達が話してることがすべて正しいわけではないと分かる。

だって今里さんと付き合ってるのは私で、今里さんが白華堂に入った理由も知っていたから。


けれど、自分が今里さんに釣り合ってないんじゃないかと不安を持っている今の状況で、あんなにお似合いの二人を見てしまって、その二人の噂をこうやって聞いてしまったら、冷静でいられるわけなかった。



「ま、どうせ私達一般庶民とは関係ない話よね」


やがて一人の先輩がつまらなさそうにそう言うと、他の先輩達も「そうよねえ……」と続いた。


「でも、関係ないと言えば関係ないんだけど、また社内が騒がしくなると思うと、ちょっと迷惑な話よね」

「まさかうちの女子社員は本気で次期社長を狙ってたわけ?」

「中にはいるでしょ。特に若い女の子なんてシンデレラ願望強いんじゃないの?」

「若い女の子って、野田さんみたいな?」


その何気ない一言に、一斉に視線が私に向いたのだった。



「え……?」


「でも、そういえば野田さんから今里さんの話を聞いたことって、ないわよね?」


向けられた視線にどう反応したらいいか戸惑った私に、さらに先輩の一人が尋ねてくる。



「えっと………今里さんて、事業部の課長の方、ですよね?」


私は戸惑いを隠すように、曖昧に濁した。


「そうよ?私達がたまに話題にしてる社内一の有名人」


まさか知らないわけないわよね?


驚いたように訊いてくる先輩達に、私は慌てて首を振る。


「いえ、ちゃんと存じ上げてます。総務の仕事で何度かお会いしたこともありますから……」


「でも、野田さんのタイプじゃない?」


「それは………」


愉しそうに突っ込んでくる先輩に、私は返事を迷う。

すると、別の先輩が笑いながらヘルプを出してくれたのだった。


「もうその辺りにしてあげなさいよ。野田さんの優しい性格じゃ、例えタイプじゃなくてもそうとは言えないでしょう」


「ああ、そうよね。野田さんて、目上の人に対してすごく礼儀正しいものね」


「いえ、あの、今里さんのことをあまり存じ上げないので……」


あくまでも曖昧に答えるつもりが、つい、咄嗟に嘘で返してしまった。


”あまり存じ上げないので……” なんてあまりに口からでまかせ過ぎて、胸に棘が刺さるけれど、情けないかな、今の私にはそれくらいしか誤魔化す手段が思い浮かばなかった。

先輩方も常日頃から私のことを真面目と評してくれているので、皆さんそれで納得してくれたようだった。



「それもそうよね」

「そういう私達だって直接知り合いなわけでもないし」

「まあ、目の保養にはいいけど」

「さ、次期社長のゴシップはここまでにして、そろそろ持ち場に戻りましょうか」



まるで火が消えたように、今里さんの話題が霧散したのだった。

いとも簡単に。

先輩達はすぐに切り替えて仕事に戻っていったけれど、私は……私の気持ちは、まだ、今里さんのことでいっぱいだった。



正確には、”今里さんと福島さんのこと” で、頭がいっぱいだったのだ………










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