振り上げた拳のもって行き場
やがて、帝国宰相は顔を上げ、
「では、わが娘よ、今回の件、アート公、ウェストゲート公、サムストック公が言っているようなことは、すべて真実とは異なるということか」
「そのとおりです。わたしは、本質的に義理堅いのです。帝国宰相及びマーチャント商会会長との宮殿の中庭での約束を、わたしの側から反故にするようなことは、あり得ません。疑念が晴れないのでしたら、アート公、ウェストゲート公、サムストック公に対して、わたしと彼らとの約束事を記載した誓約書のようなものを要求してはいかがでしょうか」
わたしは、ここぞとばかりに、帝国宰相の顔を見上げてニッコリ。もちろん、そのような証拠物件が出てくるはずがない。三匹のブタさんたちの誘いに応じ、ウェストゲート公の屋敷の屋敷に出向いたのはパターソンだし、彼もブタさんたちと直接顔を合わせたわけではない。わたしとしては、知らん顔をしておけば、別にどうということはない。帝国宰相も、わたしと三匹のブタさんたちを結びつける確実な証拠がないことは分かってるはずだ。宰相が、振り上げた拳のもって行き場がないみたいな、困惑した表情を浮かべているのは、そのためだろう。
わたしは、この場での一応の「勝利宣言」としての意味も込め、帝国宰相を見下ろす気分で背筋をまっすぐに伸ばし、
「ちなみに、マーチャント商会会長は、この件に関して、何か?」
「ふん、あやつ……、ルイス・エドモンド・スローターハウスか。あの男なら、今は怒り心頭に決まっておろう。何を、分かりきったことを……」
ところが、帝国宰相は、ここで一旦、「ふぅ~」と大きく息をはき出し、
「しかし、わが娘よ、おまえが、この前の宮殿の中庭での約束を遵守することに変わりないと言うなら、あの男も少しは安心するであろうな。仕方がないから、伝えておいてやるわい」
と、あまり帝国宰相らしくない、ある意味、神妙な態度。宰相は、今回の件に関して、マーチャント商会会長から、わたしの真意を確認するよう頼まれていたのだろうか。
「わが娘よ、手間を取らせたな」
帝国宰相はそう言うと、わたしにクルリと背を向け、元気なく、宮殿内の長い廊下の先へと消えていった。
「一体、なんなのかしら」
と、わたしがプチドラと顔を見合わせたその時……
不意に、わたしの後ろからカタカタと、車輪が石畳の上を転がる音が聞こえた。振り返ってみると、(どういう脈絡だか)宝石や貴金属がちりばめられた豪華な馬車が現れ、ゆっくりと玄関先に停車した。そして、馬車のドアが静かに開き、
「帝国宰相とお会いするのも久しぶりじゃ……」
出てきたのは、背が非常に低くて少しポッチャリとした、いかにも「お坊ちゃん」といった風情の男だった。その男は、わたしをチラリと一瞥すると、何も言わず、宮殿の奥へと消えていった。初めて見る顔だ。でも、その男、初めてのはずの割には……




