帝国宰相の不可解な態度
帝国宰相は、「う~ん」と難しい顔をして、
「待て、ちょっと、そこは…… やはり、問題があるとは思わぬか」
「いや、少しもそう思いませんね。当社としては、今のウェルシー伯の提案は、基本的に受諾してよいと考えている。問題は、代金の金額だけの話でね。帝国宰相にとっても、悪い話ではないはずですよ。言わば、他人の金で平和が買えるのですから」
マーチャント商会会長は、(彼の表情は、相変わらず全く変わらないが)畳みかけるように言った。わたしも、「マーチャント商会会長に同意」とばかりに、帝国宰相を見上げ、何度もうなずく。
「う……、う~む……」
帝国宰相は両手で頭を抱え、その場で固まったように同じ体勢のまま、考え込んでしまった。でも、わたし的には、何をそう考えることがあるのか、大いに疑問。マーチャント商会会長が言うように、帝国宰相にとっては「他人の金で平和が買える」のだから、万々歳のはずだ。にもかかわらず、このような不可解な態度を取るいうことは、どういうことか。今回のドラゴニアとマーチャント商会の一件に関し、やはり帝国宰相も利害関係を持っていたりするのだろうか。
帝国宰相は、しばらく(数分間程度だろう)考えた後、「ふぅ~」と大きく息を吐き出し、
「仕方がない。これで平和が守られるなら、認めざるを得まい。くそっ……」
と、いかにも口惜しそうに、未練いっぱいの様子で言った。
こうして、ひととおり話がまとまりかけたところ、わたしは頭に手をやり、「ああ」と声を上げた。そして、無理矢理に、途方に暮れているような表情を作って、
「でも、困ったわ。どうしましょう。実は、ドラゴニアの騎士たちと共闘を約束した手前、ドラゴニアに対して一切救いの手を差し伸べないわけにはいかず……」
「ふん、わが娘よ、そんなもの、自業自得ではないか」
帝国宰相は、苦虫を噛み潰したような顔で言った。確かに、理屈はそうだけど……
「一つ、お願いです。ウェルシーからドラゴニアへの、ごく少数の、形ばかりの軍事顧問団の派遣を許していただきたいのです。軍事顧問団といっても、戦力的には『完全に無』の存在、有り体に言えば、アリバイ作りです」
わたしは、帝国宰相とマーチャント商会会長の顔を交互に見つめた。宰相は、「今のこの話には、もはや興味がない」という表情。言葉にすれば、「勝手にせよ」辺りだろうか。
これに対し、マーチャント商会会長は、さすがと言おうか、あるいは自らの利害にも関係するため当然の反応としてか、
「今の申し出については、即答しかねる。本当に、ドラゴニアに対する社交儀礼程度のものなのかね。場合によっては、先ほどからの交渉を反故にしかねない」
「単なる社交儀礼で、それ以上のものではありません。仮に会長がわたしの立場になれば、同じことを考えると思いますよ」
マーチャント商会会長は、その能面のような無表情を、じっとわたしに向けた。少々雲行きが怪しくなってきたような気も、しないではないが……




