マーチャント商会会長と黒ずくめの男
マーチャント商会会長は、抑揚のないメカニックな声で、
「手短に言えば、良心回路とやらの開発に時間がかかりすぎるようなら、完全自動殺人機械……そちらでは『重武装人造人型兵器』かな、言葉はどちらでもいいが、契約の話自体も考え直さなければならないと、こういうことだ」
わたしは「あ~」とか「う~」とか、適当にごまかしつつ、
「もちろん、良心回路の完成には、急いで取り組んでいるところよ。でも、技術的な問題点があって、更に言えば、そればかりではなくて……」
「ほぉ、技術的なところ以外にも問題点があるのかな?」
と、マーチャント商会会長は、(わたしの内心を見透かしているかのように)珍しくニヤリ。「良心回路」とは、以前とっさに思いついた出任せで、そもそも存在しない。
「え~とね、つまり……」
わたしは「う~ん」と腕を組み、顔を上に向けて視線を空中にさまよわせ、
「実は、開発責任者が急に休暇を取ってドラゴニアに出かけてしまったのよ。だから、すぐにというわけには……」
「ほぉ、そういう事情があったのかい。では、いつになれば、その責任者とやらが戻ってくるのかね」
「そうね、あと三か月くらいたてば、戻ってくるかしら。多分……」
「分かった。では、三か月待とう。三か月後、その技術者も含め、完全自動殺人機械……重武装人道人型兵器でも名称はどうでもいいが、製造のノウハウを引き渡してもらおう。良心回路とやらが完成していなくても構わない。研究は、こちらで続けることにしよう。これでよろしいか?」
マーチャント商会会長は、まったく感情のこもっていない声で言った。ますますドツボにはまってしまったみたいだけど、ここは首を縦に振る以外ない。
「分かった。では、三か月後を楽しみに。帝国宰相も、ごきげんよう」
会長はくるりと向きを変え、そそくさと足早に、この場を離れていった。黒ずくめの男も、すぐその後に続いた
帝国宰相は、遠ざかる二人の後ろ姿を眺めつつ、チッと舌打ちし、
「まったく、あの男は…… わしにはなんの話かよく分からんが、わが娘よ、あの男とは距離を置く方がよいぞ」
「そうしたいのですが、いろいろと事情が……」
わたしは「ふぅ」と、ひと息。正直、いきなりマーチャント商会会長が出てくるとは、まったく想定外だった。
帝国宰相は、ここで不意に「はて」と(今更ながら)首をひねり、
「しかし…… スローターハウスと一緒にいた黒装束の男、あれは何者じゃろう」
あの黒ずくめの男は、格好から察するに、最近、マーチャント商会の使者について屋敷に来た男に違いない。ただ、更に以前にも会ったような気もするが……
ちなみに、この日のプチドラは、終始、わたしの腕の中で(ものの役に立たず)スヤスヤと眠っていた。




