シナリオの断片
4時限目の数学の授業終了をチャイムが告げた。教室内が騒がしくなる中、2年2組の諏訪野慎也は一人固まった体を広げた。やっと終わったかと徐にため息をつく。開いたままの教科書とノートをリュックへと仕舞い、弁当とペットボトルのスポーツドリンクを取り出した。
「おーい、慎也ー。」
後ろから不意に声がしたので振り返ると、隣のクラスにいる友人の瀬戸航人が手を挙げて近づいてきた。慎也は、学食に行った前の机を自分のと向かい合わせにし座れるようにした。
「お前、この前の模試どうだった?」
「……別に、普段通りの出来栄えだったけどよ。そういうお前も世界史と物理ちゃんと解けたのか?」
「うっ……」
「まさか、滑ったとか言うんじゃないだろうな。また夏休みの地獄の合宿やりたいとでも思ってんのかよ?俺だってあれやりたくないけどさ。」
航人が押し黙る。どうやら滑ったらしい。他科目の成績はいいくせに彼は世界史と物理がどうも苦手なようだった。別に成績が悪くても構わないのだが赤点を取られると連帯責任で被害を被るため、どうしてもそれだけは避けたかった。
とりあえず、弁当を開けていただきますの挨拶をする。まぁ弁当といってもその辺の購買で売ってる激安弁当なのだが。航人が卵焼きを箸でつかみながら話を切り出した。
「そういやさ、最近うちの学校の生徒が行方不明になってるって話知ってるか?」
「ああ、声楽科のヤツだったか?」
「そう。それがさ、もう死んでんじゃないかって噂が飛び交ってんだよ。幽霊に呪い殺されたみたいな話もあるし。」
彼が幽霊の真似なのか、両腕を少しあげ手をだらしなく垂らす素振りを見せる。幽霊などを全く信じない慎也は、些かうんざりしたように反応した。
「お前、そういうやつ好きなのは分かるけど科学的根拠もないのにそれだけ言われると信憑性もクソもないぞ。」
唐揚げを口に入れる。
「で、結果何が言いたいんだ?」
「それは、」
航人が何か言おうとするのに重なるように連絡放送が流れた。珍しい時間に流れるな、と思いながら耳を傾けた。
『連絡します。2年2組の諏訪野慎也君と瀬戸航人君は、至急校長室に来てください。繰り返します。2年2組の諏訪野慎也君と瀬戸航人君は至急校長室に来てください。』
教室がざわついた。なんであの二人が、とでも言わんばかりのざわつきだ(当の二人はキョトンとするしかなかったが)。
「何か俺ら不祥事でもやらかしましたかね、慎也さん?」
「いや、特には。」
何故敬語になる、航人。
とりあえず行ってみない限り呼ばれた訳も、分からずじまいになる為、二人は怯えながらも校長室へ向かった。
「もう一回聞くけどさ、俺ら何もやらかしてないよな?」
「……」
「黙るなよ!」
校長室の前に立ち始めて10分が経った。未だに入っていない。理由は航人のチキンさ加減だった。早くして欲しい。 横では、航人が何回も深呼吸を繰り返している。
「失礼しま」
「馬鹿かお前はっ。何で開けようとするんだよ!心の準備できてないんだぞっ?」
無責任にドアを開けようとする慎也を航人が全力で引き止めた。
「たかだか、これだけだぞ?」
「校長だぞっ?校長に会うんだぞっ?」
「ったく、うるせーよ。失礼しまーす。」
「あ、おい」
慎也は、焦る航人をよそにドアを開けた。
しかしすぐさま二人の思考は停止した。小学生がコーヒーを飲もうとして、「ふーふー……熱っ」と言っていた。
「「……」」
しばし無言。頭には疑問符が浮かぶ。
また格好にも目を剥いた。質素な机に大量の書類を連ねているが、彼女は猫耳のパジャマで椅子の上に体育座りしているのだ。
「あのー、校長ですよね。」
「ん?あぁ諏訪野慎也君と瀬戸航人君かい」
「そうですけど……」
こちらの存在に気づいたのか、校長の天藤あずみは二人に近づき上目遣いで彼らを見上げた。服装の割に威厳を持つ瞳である。
「とりあえず座ってくれ。」
そう言うと来客用のソファを指差したので、素直に腰を下ろす。天藤はわざわざコーヒーを淹れてくれた。
「コーヒーは飲めるかい?」
「はい……」
「まあそんなに緊張するな。別に怒るために呼んではいないからな。身に覚えのないことを怒るような理不尽な行為はしないさ。」
苦笑いを浮かべたのか、彼女の口角が引き上げられる。出されたコーヒーを一口含んでから慎也は尋ねた。
「じゃあ、用件は……」
「この写真を見てくれ。」
天藤は徐に2枚の画像を机上から持ってきた。
「本校声楽科2年、浅沼美咲。本校普通科3年、羽山佑人。この二人が1週間前から行方不明になっている。浅沼はいまだ行方不明だが、羽山は一昨日ここから北東に2.5km離れた森林の中で発見された。
死因は失血性ショック死。体内の血液が80%欠損していたうえ、首元に牙のようなものが刺さった跡があった。」
「……これをどうしろと?」
「二人にこの案件を調査してもらいたい。」
天藤は二人の顔をしっかりと見て言った。
慎也は「……は?」と、目を丸めてしまった。本来警察に依頼することを自分たちに頼む理由が分からなかった。かなり悪質な冗談だとも思ったが、彼女の顔を見る限りそうではないらしい。
「なんで俺たちに頼むんですか?」
「……とある事情で深刻な警察嫌いになってしまったものでな。それに、これで生徒が解決したと言えば、学校の評判も上げられるいい機会だろう?」
「だとしてもなんで俺たちなんですかっ」
思わず声を荒げてしまった。何でこんな羽目に合わないといけないのかと落胆しそうになる。しかし、天藤はさらに二人に揺すりをかけた。
「君たちが拒否するのであれば成績を帳消しにさせてもらおうかね。どうせだったら奨学金もゼロにして大学の推薦候補も、」
「分かりましたよ、やりますよ!調査すればいいんですねっ?」
手口が汚いなとは思いつつも、慎也と航人は引き受けざるを得なくなってしまった。そんなひどい仕打ちを吹っ掛けた猫耳パジャマ姿の彼女は、
「ありがとう。君たちならそう言ってくれると思ってたよ。」
と、満足そうに微笑んだ。
*
少女は狂っていた。
……血が欲しい、血が欲しい、血が欲しい血が欲しい血が欲しい血が欲しい血が欲しい血がほしい血がほしいちがほしいちがほしいちがほしいちがほしいちがほしい!
今すぐにでも飲み干さないと死んでしまいそうだった。さながら砂漠の放浪者のようだった。
「……美咲、こんな時間に何やってるの?」
「…………人間」
後ろから不意に声がして目を向ける。よほど恐ろしい目をしていたのか声をかけた友人は「ひっ!」と悲鳴を上げた。だがそんなことは関係ない。自分の欲求を満たすだけである。
判断する必要はなかった。
両腕をつかんでなぎ倒し右の肩にかぶりついた。血が喉の奥まで潤していき自分が欲していた欲望が満たされていく。
「あ…………ああ……あ……!」
悲鳴を上げたがもう遅い。すべての血を飲み尽くし、空の貯金箱と化した友人を少女はごみのように投げ捨てた。
ふと背後からカツカツ、とヒールの鳴る音に気がつく。聞いたことがある音だった。
「メイリア様、あの……わたし、」
「可愛い子ちゃん、あなたの仕事はおしまいよ」
サクッ、と何かが刺さったような音がしたような気がした。
「メイリア様……あれ?力が入らない?」
「ふふ、さようなら可愛い子ちゃん。あなたはもう用なしなの。だから、あの世で安らかに、ね?」
「で、でもメイリア様。わたし、まだ血を吸い足りない、」
それまでだった。急速に血の気が引いていき少女はふらつきながら倒れていった。
「……はぁ、おいし…………」
女は口元についた血を手で拭いながら独り言のように呟いた。
死体となった彼女を冷やかに一暼する。ただのモノと化したそれは、無価値なモノでしかなくなった。女は、二度と振り返る事もなく月のある方向へと歩き出した。
女の名は、メイリア・ハイゼンヴェルフ。




