変化
「なんで?いやだ。なんで?やだやだやだぁぁ」
僕はこの日の母さんの声を一生忘れることはないだろう。轢き逃げだったらしい。それもすごい速度の車とぶつかってかろうじて人の形を保っているほどだった。母さんは原型を留めずもはやただの肉塊となってしまっていた父さんの前で絶叫したようにこの言葉を叫んでいた。僕は母さんとは違って何も言わなかった。言えなかった。ただ呆然と泣き崩れている母親の背中を見ることしかできなかった。ここで泣いてしまうと父さんの死を認めてしまうような気がしたからだ。必死に僕は目の前の肉塊から目を逸らした。腕らしきところから飛び出ている骨、大量の出血で黒くなってしまっていた皮膚。そういうものから目を逸らしたわけではない。違う、俺は何も目を逸らしていない。みんなと過ごすなんでもないただの日常。みんなの温かい声、いつも二人で笑っている父さんと母さん。それを、それだけを見ている。じゃあこの前で泣き叫んでいる人は誰なのだろう。しきりに何かを叫んでいるがその声は鳴き声と混同しており何を言っているかはわからない。こんなものの前で彼女は何をやっているのだろう。そう不思議に考えていると彼女は振り返ってこう叫んだ
「あんた、何平気そうな顔をしてんのよなんで涙ひとつも流していないのよ。父さんが死んだのよ、私たちの私の父さんが」
急に放たれた言葉はさっきからボソボソ言っていた言葉とは違い、明らかな憎しみの感情が入った声だった。八つ当たりだ。不意にそう想ってしまった。いや、口からこぼれてしまっていた。
「はぁあなたに父さんの何がわかるの?優しくて大きくてそれでいて少しヤンチャで。そんな父さんのことあんたなんかに何がわかるの。泣かないってことはやっぱりそういうことなのね。帰ったら荷物をまとめて出て行きなさい。そしてこの目にあなたのことを一生写さないで。」
さっきよりも明らかに俺に対しての憎しみが強く出ている。泣かないことはそんなに罪なのか。いいや、こいつは何を言っているんだ。荷物をまとめて出て行け?一生姿を見せるな?一体何様のつもりで行っているのだろう。母さんでもないこんな女になんで言われなきゃ行けないのだ?母さんはもっと優しくてどんな時も泣かない強い人だ。明らかに母さんではない。困惑の気持ちで僕は言った。
「あんたは何様なの?急に振り返って八つ当たりしてきたと思えば一生姿を見せるな?冗談じゃない、なんで好き好んでこんな奴に会いにこなければいけないんだ?そもそもお前は誰なんだ。」
言った瞬間に女の顔が変わった。涙でぐずぐずになっていた顔が途端に何も表情を読み取らせなくなっていた。女は何かを考え込んでいるようだった。一瞬のことだった。女が俺の右足に噛みついた。
「ああああああぁっぁぁぁ」
僕は必死に抵抗した。俺が倒れ込むと今度は顔を目掛けて飛びついてきた。
そこからの記憶は覚えていない。俺も女も力尽きて倒れていた。様子を見に行きた検死官に発見されすぐに止血が始まった。かなりの怪我だったらしい。僕は歯が数本抜け落ち、打撲も身体中にあった。最初に噛み付かれた右足はあと数センチ下だったら太い血管に当たっており出血多量で命はなかったそうだ。当のあいつはというと僕の数倍以上の怪我だった。何十ヶ所にも及ぶ骨折にかなりの出血。そのせいで折れた骨の一部が臓器に突き刺さり何時間にも及ぶ手術をしたとのこと。今はICUへいるらしい。自分の身には何が起きたのかそしてあいつは誰なのか。聞きたいことは山ほどあるが今はそんなことも聞く気に離れない。俺は意識の遠のく中である声を聞いた
「木浪快斗に会いにゆけ」 と




