第三十三話・ブ・シングの二刀流
知り合って数日、命の貸し借りをする義理はない。だが、ソーサイスは自然と、そう、転びそうになれば手が前に出るくらい、当たり前の動作でもってして、セロエンたちのサポートに向かった。バルスの剣を握り、不安定そうに腰にぶら下げたダガーナイフが揺れる。
ブ・シングは魔王トロニカの超側近だ。滅多にその姿は見せないと言われているが、先のイングリット隊との戦いにおいては、珍しく戦場で指揮を執った。それが、あのスライム隊であるが、二千のイングリット隊を完膚なきまでに叩きのめしたのは、ブ・シングにとっては想定内のことだろう。イングリット指揮では、あのスライム隊を倒せるとは思えない。
そのブ・シングが単体で戦っている。超覚醒者一名、覚醒者二名、そこにソーサイスが加わる。ソーサイスが超覚醒者かただの覚醒者かは、自分にもわからない。覚醒は、転送魔法により、脳の言語野が再構築されることが原因で起こる魔法疾病現象である。父、ファミールはそう結論付けていた。魔物の言語がわかるほどに、言語の境界線があいまいになるのがこの疾病の特徴でもある。また、魔法習得に関する特殊な言語、いわゆる魔法語の類も容易に理解し、母語のごとく習得できるのだ。
一般的に魔法詠唱の際は、間違いが許されない。詠唱アクセントやリズム、調子、まるで歌のように、唱えなければならない。詠唱スペルを間違えれば、魔法は発動しない。アクセント、リズム、調子といった歌唱のような要素は、魔法効果の強度、対象範囲、継続時間に関わる。魔法の発動自体は、ノームやホビットたちのような精霊式、エルフやドワーフのような化学式に分かれるが、効果については、精霊が大きく関与する。それゆえ、歌唱要素の出来不出来が求められる。簡単に言えば、精霊たちを魅了できれば、報酬として強い魔法が発動されるというわけだ。
ブ・シングの動きは速く、両手に持った直剣を巧みに使いこなす。二刀流の剣技は流麗にして、隙がない。魔法は補助魔法系、肉体の稼働速度を高めているようだ。他にどんな魔法を持っているのかはわからない。エランドの精神魔法は全く効果を発揮しない。そりゃそうだ、同じレベル以下でないと精神魔法は効果が見込めない。セロエンは僧侶系の魔法が主体だが、前線で戦うには攻撃魔法の種類が乏しい。魔法自体を温存しているのか? もっとなんとかなりそうだが。それに、フォッサリの妹であり、超覚醒者とも聞いている。その割に、苦戦している。シュロは攻撃魔法・火球を乱打しているせいで、魔力不足に陥っている。当たればダメージが大きそうな火球だ。だが、魔法なんてものは、当たらなければどうってことない。
「ソーサイス、ブ・シングの動きを止めてくれ」
膝をついたエランドが、苦しそうに言った。既に、身体中にブ・シングの剣技による傷が刻み込まれている。左腕の傷は、骨にまで到達している。セロエンが回復魔法を唱えるも、再生の痛みはエランドを容赦なく襲う。
「二刀流相手なら、なんとかなるかもな」
ソーサイスはそう言うと、ブ・シングと対峙した。ブ・シングの乱撃はパターンが読みづらい。それゆえ防御一辺倒になる。エランドは精神魔法が効かないと判断すると早々に斧槍でブ・シングと戦っていたようだが、互いに受けた傷を見れば、技量の差は明らかであった。
「ほう、紫眼か。珍しいものが、今日は二人も」
そういえば、セロエンの目は紫色に光っていた。ソーサイス自身も、剣先に映る自分の目が、紫がかっているとわかっていた。赤眼は覚醒者の証、紫眼は超覚醒者の証だ、と父に教え込まれていた。
「随分と、余裕だな。ブ・シング」
「ワシを知っていると?」
「貴様に二千の部下を倒された、ソーサイス・ゼーションだ」
「あぁ、あのスライム隊にな」
自分が倒した相手のことなど、覚えてもいない。それが戦争だ。山登りで迷うのは、その景色から受ける感情が、次第にならされ、平均化され、特徴のないものとして情報を割愛し始める。戦争がそれだ。最初の殺した相手ぐらいは覚えているものだ。だが、次第にその記憶ごと、日常に変わると、平均化されてしまうのだ。
「さぁ、その二刀流が命取りになることを、俺が教えてやろう」
ソーサイスの目つきも顔つきも変わった。その様子をセロエンがじっと観察していた。




