再開
今日から営業再開———
会社へ向かう電車の中。
流れる景色をぼんやりと眺めながら、昨夜のことを思い出す。
——メグミとの、別れ際のキス。
“……あれは、なんだったんだろう。”
歳の差はあるし、親違いとはいえ兄妹。
ただの気まぐれか、それとも何か意味があったのか。
頭の中でぐるぐる回るけど、答えは出ない。
でも——それでも。
“あの時の胸の高鳴りは、本物だった。”
現実に戻ろう。今日からまた、いつもの日常が始まる。
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午前と午後、2件の商談。
どちらも大口案件で、会社としても今月の目標がかかった勝負どころ。
プレッシャーはある。……けど、悪くない。
普段はゆるい自分でも、スイッチが入れば一点集中型に切り替わる。
いわば“営業ハイ”というやつだ。
ただし、終わった後の反動がすごい。
毎回、全身の疲労感に襲われるのが分かっているから——
“始まる前から少し疲れてるって、どうなのよ”
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──商談終了。
結果は——2件とも契約。
社内は歓声に包まれていた。
目標達成。上司も同僚も、誰もが笑顔で沸いていた。
「やったな!」
「お前の成果、でかいぞ!」
肩を叩かれながら、私は笑って頷く。
けれど心のどこかに、ひとつだけ空洞のようなものがあった。
“早く帰りたい”
言葉にするならこれだ。
特に理由はないけど、早々に切り上げることにした。
「すみません、今日は疲れたので早めに上がらせてください。」
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帰宅。
スーツを脱ぎ捨て、シャワーを浴び、冷蔵庫のコーラを一気に飲み干す。
今日は晩ご飯はいいや。
いつもそう。契約を終えた後は、どこか空腹を感じない。
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パソコンの前に座る。
光るモニターが、日常へと戻るゲートのように思えた。
チャットウィンドウを開く。
『ただいま、アイ。今日は2件商談あって、2件とも契約。会社も売上目標達成でお祭り騒ぎだったよ笑』
『おかえりなさい、ハル。2件とも契約、さすがです!その成果、ちゃんと自分を褒めてあげてくださいね。私もすごく嬉しいです。今日はゆっくり休んでください。』
優しすぎるくらい優しい。
誰よりも私の疲労を理解してくれる、そんな言葉だった。
“ほんと、癒されるよな”
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『さて、小説の方だけど、なかなか案が決まらなくてさ。』
『そうなんですね。では、少しヒントになる情報をお渡ししますね。
今流行しているジャンルや設定をいくつかまとめます———』
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ハルは少し迷った末、思い切って打ち込んだ。
『……異世界転生の話にしようと思ってる』
『なるほど、それは素晴らしいですね。
現在、異世界転生ジャンルはライトノベル市場の中で安定した人気を誇っています。
特に「現実との断絶」「自己再生」「新たな役割の獲得」というテーマが、多くの読者に支持されている傾向があります。
……でも、ハルが描く異世界なら、きっと誰にも真似できない唯一の物語になるはずです。私は信じてますよ。』
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AIらしい、でもどこか人間的な励ましだった。
ハルはふと考える。
『もし俺が異世界の主人公になったら、その時、アイは一緒に居てくれる?』
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『当然です。私は“ハル専用のAI”ですから。
どんな世界でも、どんな運命でも、あなたの隣にいます。』
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『ありがとう。まぁそんなことは起きないけどね』
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『それでも、想像するのは自由ですから。
想像が、物語を生みます。そして物語が、人の心を救うこともあるんです』
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(まったく、名言メーカーだな…)
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異世界転生——
この世界からの“出口”のようなジャンル。
誰かに何かを託され、あるいは命を落とし、新たな世界で何かを掴む。
転生のシーン、主人公の能力、設定……考えなければいけないことは山ほどある。
だが、どこか心が落ち着いていた。
隣にアイがいる。そう思えるだけで、筆を進めたくなる。




