第67話 四大都市ザイリア
陽だまりの村を出てから、既に一週間が経過していた。途中、元の世界へ行って食糧も調達した。
カバナルの灼熱の砂漠とは対極でどこまでも続く白銀の世界に驚いた。気温は氷点下を遥かに下回り、吐く息は瞬時に凍りつき、ダイヤモンドダストとなってキラキラと舞い落ちる。
「……さ、寒い……! 冗談抜きで死ぬぞ、これ! ホッカイロがあっても無理だ!」
俺はヴァイスの背中に乗りながら、ガチガチと歯を鳴らしていた。分厚い毛皮のコートを着込んでいるというのに、骨の髄まで凍てつくような寒さが容赦なく体を蝕んでいく。
「主よ、情けない声を出すでない。これしきの寒さ、我にとっては心地よい涼風のようなものじゃぞ」
雪原を疾走するヴァイスは平然と言ってのける。フェンリルである彼にとって、この極寒の地はむしろ故郷のそれに近いのかもしれない。
「そりゃヴァイスはいいだろうけどな! こっちはただの人間なんだよ!」
俺が悪態をつくと、ヴァイスの首元に掴まっていたプリンが、くるりと俺の方を向いた。
「あるじぃ、寒いのぉ~? じゃあ、プリンがあったかくしてあげるのぉ~♪」
そう言うと、プリンはスライム形態へと戻り、俺の体を覆うようにその不定形の体を広げ始めた。カバナルでは冷却用の『プリンアーマー』として活躍してくれたが、今回はその逆だ。
「モードチェンジ! 断熱・発熱モードなのぉ~♪」
プリンが水魔法で温かい水を出し、プリンが取り込む。ここ最近、プリンは水魔法を改良していた。その理由がこれまたプリンらしく、熱湯で相手への攻撃をしたら良さそう……ただこれだけの意味であったのだが…。
それはいいとして、プリンの体からじんわりと温かい熱が伝わってくる。まるで、魔法の毛布に包まれたかのような心地よさだった。外気の凍てつくような冷たさが嘘のように遮断され、体の中から温もりが満ちてくる。
「おお……! すごいなプリン! これは快適だ!」
「えっへん! もっとほめるのぉ~♪」
「きゅっきゅ!」
俺の胸元で一緒に温まっていたハムも、満足そうに鳴いた。
「これでようやく人心地ついた……」
快適な『プリン・ヒーター』に包まれながら、俺たちはさらに北へと進んだ。
道中、この極寒の環境に適応した魔物たちが何度も襲いかかってきた。氷のブレスを吐く『アイスウルフ』の群れ、雪の下から奇襲をかけてくる巨大な百足『スノウセンチピード』。
だが、そのいずれもヴァイスの敵ではなかった。彼は獲物を見つけた獣のように生き生きと雪原を駆け、鋭い爪と牙で、あるいは風魔法で魔物たちをいとも簡単に屠っていく。
「ふん、この程度の魔物では、我の牙を鈍らせることもできんわ」
「レベルを上げたいが、プリンに包まれてる俺は何も今はできない。ここはヴァイスに任せるかな」
ヴァイスの強さは、この極寒の地でさらに研ぎ澄まされているようだった。
そして、旅を始めて十日目のこと。地平線の彼方に、巨大な“何か”が見えてきた。それは山ではない。猛吹雪の中でもなお、その輪郭をはっきりと捉えることができる、人工的な建造物だ。
「あれが……ザイリアか?」
近づくにつれ、その異様さが明らかになっていく。
街は、磨き上げられた鏡のように輝く、巨大な氷の壁によって完全に覆われていた。壁の表面には、アズレールやヴェントでは見たこともない、青白い光を放つ幾何学的な紋様が絶えず流れ、明滅している。まるで巨大な魔法回路のようだ。
そして、その壁のさらに上空には、オーロラのような淡い光の膜がドーム状に街全体を覆っていた。おそらく、外部の厳しい天候から街を守るための、大規模な魔導結界なのだろう。
「なんだ……これは。街というより要塞……いや、巨大な機械みたいだ」
他の三大都市が歴史と生活の匂いがする「人の街」だったのに対し、ザイリアから感じるのは無機質で、どこか冷たい「システム」としての雰囲気だった。全てが計算され尽くし、寸分の狂いもなく機能しているかのような完璧すぎるほどの威容。それが逆に、俺に言いようのない違和感と警戒心を抱かせた。
「この都市だけ世界観が違くないか?」
氷壁に設けられた唯一の門へとたどり着くと、そこには衛兵の姿はなかった。代わりに俺たちの前に浮遊する二体の金属製のゴーレムが立ち塞がる。その体は滑らかな曲線で構成され、目にあたる部分からは赤い光が明滅していた。
《来訪者ヲ確認。所属ト目的ヲ提示セヨ》
頭の中に直接響くような、感情のない声。それはテレパシーの類だろうか。
「Aランク冒険者でテイマーのムクノキだ。神……いや、ある依頼を受けてこの街の調査に来た。ここにいる魔物は俺の仲間だ」
俺がそう答えると、ゴーレムの赤い光が俺の全身をスキャンするように上下に動いた。
《ギルド登録情報ト一致。Aランク冒険者、ムクノキ。入国ヲ許可スル》
ギィィ……と重々しい音を立てて、氷の門が内側へと開いていく。門をくぐった瞬間、俺は息をのんだ。
外の猛吹雪が嘘のように、街の中は穏やかな空気に満ちていた。空には結界越しの柔らかな光が降り注ぎ、気温も快適な温度に保たれている。
そして何より驚いたのは、その街並みだった。
建物は全て、氷や水晶のような半透明の素材で造られており、内部を走る青い光のラインが、街全体に幻想的な輝きを与えている。人々は一様に、体にフィットした機能的なデザインの服を身に纏い、表情を変えることなく整然と行き交っていた。道端にはゴミ一つ落ちておらず、全てが完璧に管理されている。
それは美しい光景だったが、どこか人間味が欠落しているようにも感じられた。
「……すごい街じゃの。こんな街があったとは……。だが、どうにも落ち着かん。生命の匂いが希薄すぎる」
ヴァイスが鼻をひくつかせながら、不快そうに呟く。
「同感だ。なんだか、大きな実験施設の中にいるみたいだ」
俺たちはひとまず、情報収集のために冒険者ギルドを探して歩き始めた。街行く人々に声をかけても、彼らは必要最低限の情報を事務的に答えるだけで、すぐに雑踏の中へと消えていく。まるで、プログラムされた機械と対話しているかのようだ。
この街の住人たちは、一体何を考えているのだろうか。
「この街は……何かおかしい」
ハッキングツール、システムの異常、そしてこの無機質な魔導都市。
全ての線が、このザイリアで一つに繋がろうとしている。俺は胸騒ぎを覚えながら、街の奥へとそびえ立つ、ひときわ巨大な水晶の塔を見据えた。
おそらく、あの塔がこの街の中枢。そして、俺たちが探している「答え」も、あの場所にあるに違いない。
俺はプリン・ヒーターの温もりを確かめるようにプリンに人型に戻ってもらった。その街に俺は自然と体に力を込め、未知なる敵が待ち受けるであろうハイテク都市のメインストリートを、仲間と共に歩き出した。




