第五十一話 アッサム要塞攻略戦 祝勝会①
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「いやぁ〜、まさに我々人類の大勝利ですな! 異世界の勇者様方の活躍で、あのアッサム要塞がこうも簡単に制圧出来てしまうとは……! 今日は、実にめでたい日ですぞ!」
カルツェン王国の王であるグスタフ王が、ワイングラスを片手に乾杯の音頭を取る。
居並ぶ各国の王族達も、ワイングラスを頭上に掲げて祝杯をあげた。
「皆様方、今回の攻略戦では更にもう一つ、異世界の勇者様方による華々しい戦果がございますぞ! なんと、あの伝説と言われた魔王軍の幹部。25年前にミランダ王国を滅ぼした、憎き我らが人類の敵、『赤魔龍公爵』を、異世界の勇者様が討ち滅ぼして下さったのです!」
『『おおおおーーーっ!!!』』
宴会の席に座る、各国の王族、大臣、騎士団の幹部などの名だたる権力者達が一斉に歓喜の声を上げる。
そこはアッサム要塞に近郊にあるアルトラスの街。
街の中で最も豪華なホテルを貸し切り、グランデイル王国が主催する盛大な祝勝会が催されていた。
「いやぁ〜〜、倉持殿! この度のグランデイル王国が育成された異世界の勇者様方の大活躍は、本当にめざましいものでしたな! まさか、あれほどの凄まじい戦果を上げる事が出来るとは! この私も全く予想出来ませんでしたぞ! ハッハッハ!」
「そ、そうですね……。グランデイル王国内で、勇者育成プログラムをじっくりと丁寧に行ってきた成果だと確信しております。それを今日、皆様方の前にお見せする事が出来て、僕達も本当に良かったです」
「なるほど、なるほど〜! 勇者育成プログラムは確か倉持殿が先頭に立って指揮をされていたと聞いておりますぞ! いやぁ〜しかし、倉持殿もお人が悪い! 私達に内緒であんなにも強い『最強の勇者様』を隠していたなんて! 今回のお披露目会では本当に獅子奮迅の大活躍でしたな、『コンビニの勇者』様は!!」
『コンビニの勇者』という単語を聞いて、露骨に倉持の顔が引きつる。
だが、それを決して表に出さないように……。必死で押さえ込んだ。
「前線基地から倉持殿が仲間と共に外に飛び出した行動が……まさか最強のコンビニの勇者様を戦場に呼び出す『合図』になっていたとは! いやぁ〜、まさか予想も出来ませんでしたぞ! さすがは倉持殿です。リーダーとして的確に戦況を把握して、タイミングをギリギリまで見計らっておられたのですな!」
「ハハッ……! そ、そうなんです! どのタイミングでコンビニの勇者を戦場に投入させようかと、僕はずっとチャンスをうかがっておりました。魔物達が前線基地に一斉に集まり、上空に敵のリーダーが出現した、あのタイミングがまさにベストな状況だったという訳です!」
『『おおおーーっ!! さすが倉持様だ!!』』
倉持とグスタフの会話を聞いていた、周辺の王族達が一斉に感嘆の声を漏らす。
それを聞いて倉持は、『もう、いい加減にしてくれ……』と、つい舌打ちをしてしまいたい気持ちになり。思わず顔をしかめてしまう。
この祝勝会が開かれてから、倉持はそんな不快な会話や経験を幾度も味わい続け。全身から、滝のような冷や汗をずっと流し続けていた。
この祝いの席で、会う人、会う人に『偉大なるコンビニの勇者様、万歳!』『最強のコンビニの勇者様を育てて頂きありがとうございます!』と声をかけられ。
もう倉持のプライドと精神は、とっくに限界を超えていた。
ただでさえ、クソ雑魚勇者として罵っていたクラスメイトの彼方が、祝勝会に参加している王族達から称賛の声を浴びている事にムカつくというのに。
あんなゴミ虫のような3軍の勇者は、とっとと始末しておくべきだった。それなのに何でアイツはまだ生きていて、しかも自分が華々しくデビューを飾るはずだった大舞台で邪魔をしてきたんだ……と。はらわたが煮え繰り返る思いで、倉持は震える唇を1人で噛み締めている。
「あの、コンビニのクソ野郎が……、許さないッ!! 絶対に許さないからなッ!!」
祝勝会に参加している王族達には決して聞こえないように。倉持は小さな声で毒づく。
しかも、その肝心の主役であるコンビニの勇者はこの祝勝会に出席をしていない。
アッサム要塞攻略の後に、コンビニの勇者は忽然と戦場からいなくなり。消息不明となっているからだ。
コンビニの勇者がこの場にいない事も、『彼は戦闘の疲れを癒す為に、先にグランデイル王国に帰還をしております』と、嘘をついて倉持は誤魔化すしかなかった。
しかし、コンビニの勇者の秋ノ瀬彼方は、実は本当にグランデイル王国に向かっていて。街に残る3軍メンバーと合流をしようとしていたのだから……。
倉持の吐いたその嘘が、実は正解していた事をこの時の倉持はまだ知らない。
本当はこんな不愉快な祝勝会になど、倉持は出席したくなかった。
アッサム要塞攻略が成功し。突然現れた魔王軍の4魔龍公爵の1人、伝説の『赤魔龍公爵』を倒してしまう――という華々しい戦果をあげた今回のお披露目会。
その夜に行われたこの祝勝会では、本来は異世界の勇者達をまとめるリーダーであった倉持が主役になるはずだった。
それをあの『コンビニの勇者』が出現して。計画を全て狂わされてしまった。
倉持はプライドを傷つけられた悔しさと屈辱と不快さで、ずっと下痢が止まらない謎の体調不良に見舞われていた。
だから本当は宿舎でふて寝をして。屋敷の部屋にずっと引きこもっていたいくらいだったのだ。
……しかし、元々予定されていたグランデイル王国主催の一大イベントを勝手に放棄する訳にもいかない。
だから王女であるクルセイスに、この祝勝会の司会の立場を押し付けて、倉持はさっさと帰ろうとしていたのに……。肝心のクルセイスが、体調が悪くなったと倉持よりも先に寝込んでしまったのだ。
クルセイスが起きてさえいれば、『魅了』の魔法をかけていくらでも操れるのに……。
全く、本当に役に立たないクソ女だ、と倉持は内心で毒づかずにはいられなかった。
おかげで、他に代われるグランデイル王国側の代表者がいなかった為。王女の婚約者であり。実質グランデイル王国を支配している立場にもあった倉持が、この祝勝会の司会もこなさないといけなくなってしまった。
でも、『何かがおかしい……』と、倉持も違和感を感じていた。
部屋に寝込んだクルセイスを呼びに行こうとすると、女王の親衛隊を名乗る全身に白い鎧をまとった見知らぬ騎士達に、部屋への入室を拒否されてしまった。
倉持は実質的にグランデイル王国を支配しているとはいえ、正式に王国の実権を握った訳ではない。
あくまでもグランデイル王国女王クルセイスの婚約者という立場でしかない。だから何でも思いのままに操れるという訳ではなかった。
あくまでも女王であるクルセイスを通して指示を出す……という形を取らなければ。倉持自身には何も政治的な決定を下す事は出来ない。
そのクルセイスが不在の状況では、倉持は思うように行動を取る事が出来ないでいた。
しかし、あのような女王の親衛隊を名乗る白い鎧の騎士達など……。今まで一度も、倉持は王国で見かけた事が無かった。
しかも婚約者である自分を女王の部屋に一切近付けさせないなんて。一体、あの者達は何者なのだろうか?
あのような無礼な者達が、この国に存在をしていたなんて……。倉持にはまるで理解が出来ないでいた。もし、クルセイスが目を覚ましてここに戻って来たのなら――。
後で徹底的に、あの女を問い詰めてやろうと倉持は思っている。
「――ときに倉持殿。今回の『コンビニの勇者』様の活躍を、貴方様はどのように思っておられますか?」
「――えっ……?」
倉持が少し考え事をして、会場の隅の席で1人で座っていると。
いつの間にかに、倉持の隣の席に腰掛けてきた人物がいた。
その人物の見た目は、まだ子供のように見える。
紫色の髪に幼さの残るあどけない顔つき。彼女は『ドリシア』王国の女王、ククリアである。
『世界の叡智』とも噂され、幼いながらも評判の高い人物だ。
「はは……。コンビニの勇者はグランデイル王国が育てあげた秘密兵器でしたので。期待通りの活躍をしてくれた事に、僕は心から感謝をしていますよ」
倉持は感情を押し殺した営業スマイルで。
幼いククリア女王にそうニッコリと笑いかける。
「そうですか。それは良かった。ボクはてっきり、無能の勇者の烙印を押して街から追放してしまった者が、最強の勇者として大活躍をしてしまったので……。今頃、貴方様のはらわたが煮えくり返っているんじゃないかと心配をしておりました。だから今、こんな祝勝会などさっさと帰りたいと、隅の席で1人でヤケ酒を飲んでいるのかと心配をしたのですけど……。どうやら違っていたようで、安心をしました」
「なっ……!? そ、そんな訳あるはず無いではないですか! コンビニの勇者を街から追放だなんて……。グランデイル王国がそんな非道な事をする訳がありません。彼は、僕たち異世界の勇者を代表する英雄なのですから……!」
倉持は目を見開いて、驚愕の表情を浮かべる。
そして息を吐くように自分の口から出た、白々しい嘘にも。自分で言っていて吐き気がした。
目の前の幼い娘が、ドリシア国の女王であると知っていなかったら。生意気な小娘と、思いっきり引っ叩いてしまったかもしれない。
それくらいに酷い侮辱を受けたと、倉持は感じたからだ。
「そうですか……。彼を追放はしていなかったのですね。では、その事はボクの勘違いだったのでしょう。失礼を心からお詫びさせて頂きます」
ククリアがその小さな頭を、軽く会釈程度に下げる。
そして、すぐに顔を上げて倉持に言葉を続けた。
「でも、という事は……。カディナ自治領でコンビニの勇者様を討伐する為の軍を送った事も。その後、カディナ自治領と国交を断絶してしまった事も……。全て、ボクの勘違いだったという事なのでしょうね。たしかにそうでないと、余りにも『無能』すぎて。グランデイル王国は他国に失笑されてしまいかねないですものね」
途端に、倉持の顔が真っ赤に染まる。
口角が引きつり。プルプルと唇を震えさせて、掠れたような声を絞り出す。
「……く、ククリア様が、何をおっしゃっておられるのか、僕にはまるで分かりませんが……。あまり、憶測だけでお話をされるのは良くないかと思われます。グランデイル王国女王の婚約者として、これ以上の度を過ぎた侮辱は看過出来ませんよ!」
倉持は全身の震えを必死に抑えながら。
冷や汗が大量に流れ出る額を、慌てて拭い始める。
「そうですか……。アッサム要塞攻略戦で、他の勇者を見捨てて真っ先に逃げ出した『不死者』の勇者様は、どうやらご機嫌を害されてしまったようですね。……ですが、ご自身がクルセイス様の婚約者という立場なだけで。グランデイル王国を代表する立場では無い事を、ご理解された方が良いかと思います。それとも先程の発言は、我が『ドリシア王国』に対して宣戦布告をする、という事で良いのでしょうか? カディナ自治領と同じく。私達はいつでもグランデイル王国との国交を断絶する覚悟は出来ていますよ?」
今度は、ククリアが鋭く倉持を睨みつけた。
倉持は『ヒィ……』っと、小さく悲鳴を上げる事しか出来ない。
ドリシア王国の女王であるククリアと、これ以上揉めるのは流石にまずい。
このような宴の席で、外交上のトラブルまで起こしてしまう事だけは絶対に避けなくてはいけない。
それにしても今日は、何と最低な日なのだろうと倉持は下唇を噛み締める。屈辱に耐えて、目の前の幼い少女に頭を下げる事しか彼には出来なかった。
「大変申し訳ございません。グランデイル王国は、決してドリシア王国に対して敵対する意思はございませんので。どうかこの場のご無礼をお許し頂きたく存じます……」
謝罪の言葉を発し、深く頭を下げる倉持。
それを涼しい顔で聞き流したククリアは、興味のなさそうな声で小さく倉持に告げる。
「そうですね。倉持様も今日は『色々と』ご苦労をされているでしょうから。どうか、お疲れをゆっくりと癒して下さいね。不死者の勇者様の今後のご成長を、ドリシア王国は心から期待をしております」
そう言って、ククリアは席を外して立ち去ろうとする。
しかし、去り際に一度振り返ると。
頭を下げ続けていた倉持に、静かに言葉をかけた。
「ボクが貴方に忠告をするのもおかしな話かもしれませんが……。一応、言っておきます。どうか、クルセイス様には気をつけた方が良いでしょう。貴方の婚約者様は、貴方の手に負えるような方ではないと思います。下手をすると、貴方は大変な事に巻き込まれてしまうかもしれません。ボクの忠告を少しでも聞いてくれる気がありましたら、今すぐここから逃げる事をおすすめ致します」
「えっ……? 今、何とおっしゃったのでしょう……」
頭を下げていた倉持が、ククリアの言葉の意味が分からずに、顔を上げて目を白黒させた。
「今日は、貴方にご挨拶が出来て良かったです。いつかまたお会いできたなら、その時は共に魔王と戦う勇者様として。コンビニの勇者殿のお役に立てている事を期待しています。『不死者』の勇者様」
幼い女王は静かに倉持の前から去っていった。
怒り、焦り、不安……。
そんなあらゆる感情を、ククリアに弄ばれたように感じた倉持は、静かに席に腰を下ろした。
とにかく疲れた。
少し休みたい……と、倉持はその場で深いため息をこぼした。
すると――。
祝勝会の会場に、慌ただしく小走りで入ってくる騎士達がいた。その騎士達は倉持の座っている席を囲むと。憔悴している倉持に向かって、こう告げる――。
「『不死者』の勇者である、倉持悠都様ですね。貴方を逮捕させて頂きます。これはグランデイル王国女王、クルセイス様のご命令です!」