第四百六十八話 コンビニの勇者にしか見えない存在
「なっ……!? 一体、何を言っているんだ! まさか『叙事詩』の能力を持つ朝霧冷夏が、俺の『心の中』だけにしか存在しない空想の人物だとでも言いたいのかよ?」
おいおいおい……マジで冗談はやめろって! そんなつまらないジョークは今はいらないぞ!
じゃあ、つまり……何か? 俺が今まで何度も直接会って、会話をしてきたクラスメイトの朝霧冷夏は、俺の頭の中だけにしか存在しない――『妄想の人物』だったいう事なのかよ?
……ハッハッハ。いや、マジでそれは笑えないって!
俺はいつの間にかに、自分の心の中だけにしか存在しない空想のお友達とお話をして。自分の孤独の傷を癒すような、ぼっちを拗らせた病的主人公キャラに成り果てていたのかよ。
ああ、確かに自慢じゃないが。俺は友達は多い方じゃないぞ。昔から付き合いのある親友の杉田はいるけど、クラスの中でも俺は帰宅部だったしな。
学校が終わればさっさと大好きなコンビニに立ち寄って、好物の鮭おにぎりを買い食いして帰るような怠惰な日々ばっかりだったさ。
そんな俺が……自分の頭の中に、クラスメイトの中でも割と美少女と評判だった朝霧を、勝手に心の中の話し相手として創造し。まるでVチューバーみたいなデフォルメキャラとして作り上げ、話し相手として活用していたとでも言うのか?
やめてくれよ、マジでそれは有り得ないから!
朝霧は俺に何度も、未来の世界をシュミレート体験出来る『仮想夢』を見せてくれて。帝国領の迷いの森で、ティーナを含む俺の大切な仲間達全てが、虚無の魔王カステリナによって惨殺されてしまう最悪の未来から回避させてくれたんだ。
あの時に朝霧の能力によって、仮想夢を俺は何度も見せて貰えてなかったら……。
俺の仲間達は、パーティーの中に潜入してきた黒髪のアリスによって、みんな惨殺されてしまう最悪な未来しか待ち受けていなかった。
いわば朝霧は、俺にとって『命の恩人』とも言えるような存在なんだ。
確かにアイツは、いっつもミステリアスな雰囲気をまとってクスクス笑ってばかりいるし。俺を挑発してきたり、からかう態度ばかり取ってくるけれど……。
いつだって俺を、未来に待ち受けている恐ろしい危機から救い出してくれたんだ。
帝国領からコンビニ共和国に戻ってきた俺に、コンビニの大魔王に仕える敵のチョコミントの騎士のパティが襲撃してくる事を事前に教えてくれたり。
つい最近も、グランデイル王都に巨大コンビニ要塞が襲撃してくる事と。暗殺者と化したハサミの勇者の新井涼香の真の能力を、繰り返す仮想夢の世界を見る事で事前に俺は知る事が出来た。
今まで何度も悲劇に陥るはずだった、不幸な未来を回避出来たのは……全部、俺だけの専用女神である朝霧冷夏のおかげなんだよ!
だから断じて、朝霧は俺の頭の中の『妄想の人物』なんかじゃない。
いつもだってすぐ近くに居てくれて、常に『俺の物語』をクスクスと笑いながら読み続けている変態ストーカーの読書家でもあり。俺にとっては大切なパートナーみたいなものなんだからな!
「ハァ……ハァ……ハァ……」
呼吸が荒くなり、心拍数が急上昇して。体中に高温の血液が猛スピードで循環していくのが感じられた。
急激な体調の変化についていけずに、俺はその場に片膝をついて座り込み。右手で胸を強く押さえながら、必死に深呼吸を繰り返す。
「――少しは、落ち着きましたか? コンビニの勇者さん」
目の前にいる本物の女神様であるアスティアが、冷静な口調のまま玉座の上から俺に問いかけてきた。
「ああ。俺の心はいつだって落ち着いているさ。俺に仮想夢を使って未来を予知させてくれる朝霧冷夏は、やっぱり現実にいる実在の存在で。アイツは俺にとって、大切なクラスメイトの一人なんだという事を改めて再認識出来たからな……!」
「……なるほどね。新しいコンビニの勇者のあなたには、『未来を予知出来る』真なる能力が秘められていたという訳なのね? それであなたは、今までこの世界で自分の身に降りかかる数々の困難を『先の未来を知る』事によって回避してきたのね。もしそうだとしたら、納得のいく事も多いわ。そうすると1万年前の過去の世界に時間干渉が出来たのは、未来予知の能力から派生した進化版の能力による効能という事かしら?」
「だからそれは全て、俺の能力じゃないと何度も言っているだろ! 全て『叙事詩』の能力を持ち、俺の物語だけを外部から本を読むように知る事の出来るクラスメイト、朝霧冷夏がもたらす能力の恩恵を今までずっと俺は受けてきたんだ!」
「――そう、よく分かったわ。あなたは自分の持つ未来予知の能力の事を『朝霧冷夏』という、固有のクラスメイトの名前を付けて。擬人化された自分の能力と話をしながら、今までその奇跡の力を無自覚に行使してきたという訳なのね」
「なっ? 擬人化された能力だって……?」
俺の焦りと心の動揺を見透かしているかのように。女神アスティアは、ゆっくりとチェスで俺にとってのキングを追い詰めていくように、冷静に話を詰めていこうとしているのが分かった。
「慌てなくていいわ。ゆっくりと、そして少しずつ思い出していきましょう。最初の質問に戻るけど、もう一度あなたに問いかける事にするわね? あなたの言う――その『朝霧冷夏』という人物は、今までにあなた以外の人間に存在を認知された事はあるのかしら?」
「あるさ……! そうだよ、朝霧は俺以外の人間の前にも姿を現した事がある! 確か……今はもう亡くなってしまったけれど、カルツェン王国に身を寄せていたクラスメイトの川崎と佐伯の2人の前にも姿を現した事があると、朝霧は過去に言っていたぞ」
「その2人はもう、この世から亡くなっているのでしょう? しかもそれを唯一証言しているのが、あなたの心の中にしか存在しない人物だけというのなら、話にならないわね。死人に口なしだもの。いくらでも真実をねじ曲げられるし、空想も妄想も織り交ぜられるわ」
「……いや、川崎達はそうかもしれないけど。他に確かな証人がいるのを今、思い出した! 魔王領にいた時に、巨大コンビニ要塞に乗って襲撃してきたレイチェルの魔の手から、コンビニの守護者であるアイリーンが俺を救ってくれたんだ。その時にアイリーンは俺に言っていた。黄色い服を着た女性に会った記憶がかすかに頭の中に残っていて、その人物が俺達に転移石の場所を教えてくれたと証言してくれたんだ……!」
俺は必死に朝霧の存在に関連する記憶を、脳内のハードディスクから引っ張り出し。
アイリーンが直接、朝霧冷夏に遭遇していたという記憶をようやく思い出す事に成功した。
そうだよ! アイリーンが朝霧に直接会って。これから俺達の身に危機が訪れるという事を、朝霧から教えて貰ったと証言してくれてたじゃないか。
つまり……やっぱり朝霧は俺の心の中の妄想の存在なんかじゃないって事なんだよ。
「……その証言は興味深いわね。でもコンビニの守護者は、能力者であるコンビニの勇者と精神的な繋がりの強い存在よ。能力者であるあなた自身が、自分に仕える守護者にそういう記憶を見せたいと願えば、そのイメージを彼女に送り込む事も可能でしょうね。それにその守護者も、朝霧という人物に会った記憶は曖昧だったと証言しているのでしょう? つまりそれは、そういう事なのよ」
「……そ、そんな……事が……!?」
俺の口の中は、水分を失って砂漠のようにカラカラに乾ききっていた。
女神アスティアの話す内容は全て、理にかなっているように思う。
突き詰められていく事実を、朝霧が存在する事を必死に守ろうとしている俺自身も……心のどこかで認めてしまっていた。
そもそも、どうして朝霧の持つ『叙事詩』の能力は、俺の物語だけを読む事が出来るんだろう?
なぜ俺の過去と未来の物語を、まるで本を読むように外部から朝霧は読む事が出来たんだ? 俺と朝霧には一体、過去にどんな接点があったというんだよ? そうさ……何も無かったじゃないか。
今までずっと、クラスの中で俺とは疎遠だった朝霧が……異世界に渡った途端に、どうしてコンビニの勇者である俺だけの物語を知れる能力を手に入れたんだ? それはあまりにも、不自然過ぎるんじゃないのか?
いや、朝霧は確か……俺以外の人物の過去と未来も見る事が出来るとは言っていたような気がする。
でもきっと朝霧にとって、俺の物語が一番興味深くて面白かったからこそ、俺にしつこくつきまとって来ていたに決まっているんだ。アイツはそういう性格の奴だからな。
だってそうでないと、何もかもがおかしな事だらけになってしまうじゃないかよ……。
俺は乾いて動かなくなった唇を必死に動かして、女神アスティアに対して最後の反論を挑む事にした。
「……だいぶ前の話になるけれど、朝霧はグランデイルの王都を離れた際に、クラスメイトの水無月にメッセージを残して街から消えたんだ。その水無月はもう亡くなってしまったけど、その事を玉木も水無月の口を通して聞かされている。つまり……朝霧冷夏が、確かにこの世界に存在していた事だけは確かなんだ」
「では、その時点まではあなたの心の中で作り上げた人物ではなく。本物の『彼女』が生きていたのでしょう。そして人知れず……その人物はこの世界で死亡してしまったか、行方不明になってしまった。あなたはその事を認める事が出来ず、次第に居なくなってしまったその女性について『妄想』を始めていたのよ。朝霧という女性の能力は、きっとこういうものであり。自分の事を陰から見守ってくれているんだ……ってね」
「ち……が……う……。朝霧は、朝霧冷夏は……決して俺の心の中にだけいる妄想の存在なんかじゃない……」
「あなた自身の心の中の悲鳴が、きっとその人物を作り上げたのね。この残酷な世界の中で、どうすれば大切な友人や、恋人を失わずに済むのか? あなたは自分自身に隠された真の能力『未来が分かる予知』を何度も頭の中で繰り返して。あなたの周りにいる人々が不幸な運命に落ちないように、そして最悪な未来を回避出来るようにと常に守り続けていたのよ」
女神の言葉が、鋭いハサミの刃のように。
俺の心の中に築き上げていた最後の防波堤の壁を、ズタズタに引き裂いていくのが感じられた。
俺の中で急速に、朝霧冷夏という人物についての虚像が崩れ落ちていくのが感じられた。
ついさっきまで、一緒に女神の試練を受けていたはずの朝霧の言動も、少しずつ色褪せた記憶として俺の心から消失していくようにさえ感じる。
「コンビニの能力には、能力者の周囲にいる人々の願望を実現させる能力があると聞いているわ。そして実は、隠されたもう一つの能力も存在していたのよ。それはコンビニの勇者本人の願望を叶えるという、真なる能力なの。それがあなたにとっては、自分の大切な友人達に訪れる未来の危機から救いたいという『未来予知能力』だったのね」
「…………」
「あなたは常に、自分の身にこれから起きる未来の危機を回避して。最善と思われる選択肢を選んで前に進んできたの。そこにあなたの言うような、女性の存在は全く無かった。だってあなたはいつだって、自分の意思で未来の分かる予知夢を繰り返し頭の中で見て、望む未来を選択しながらこの世界で生きてきたのだから」
「――もう、やめるんだッ!! 俺は朝霧の能力によって、未来の分かる『仮想夢』を見させられてきたんだ。決して俺が自分の意思と自分の能力で、未来を選択してきた訳じゃない!」
絶叫する俺の顔を冷静に見据えて、女神は俺の境遇に同情するように優しく語りかけてくる。
「おそらくあなたの頭の中にいる人物は、今……コンビニの大魔王と成り果てた、もう一人の秋ノ瀬彼方を操っているピンク色の髪の守護者――『レイチェル』と同じような存在なのは間違いなさそうね」
「何だって……? レイチェルが、コンビニの大魔王を操っているだって……?」
女神アスティアが語る、驚きの新情報に……俺は思わずその事を聞き返してしまう。
あの残酷な性格をしている敵のレイチェルが、まさか元々はコンビニの勇者であったもう一人の俺。秋ノ瀬彼方の『頭の中』にいた妄想の人物だというのか……?
「私はコンビニの勇者の心の中には、『何者か』が存在しているという事までは分かっていたの。でもそれがどういう存在で、どのような人物なのかまでは特定出来なかった。そしてこの事は、私の親友である玉木にもまだ話していない内容だったの。今日、あなたと直接会って話してしみて。私の中の推測は確信に変わったわ」
「待ってくれ……! 勝手に一人で納得をして、話を進めないで欲しい。敵のレイチェルがコンビニの大魔王を操っているというのは、どういう事なんだ? そしてコンビニの勇者の心に『誰か』がいるというのは何なんだよ!」
俺が必死の形相で、コンビニの勇者についての真相を突き止めた様子の女神アスティアに、その事を問い詰めようとすると――。
””ズドドドーーーーーーン!!!!””
突然、グランデイル王城の謁見の間に、地震のような大きな揺れが生じて、地響きが鳴り響いた。
広間に置かれていた立派な騎士の彫像が倒れ。天窓に張られていた豪華なステンドグラスが次々に割れて、赤い絨毯の上に落ちてくる。
――何だ……!? もしかして、城の外で何かが起きているというのか?
「……どうやら、コンビニの大魔王が巨大コンビニ要塞を操り、再びグランデイル王国に再侵攻をしかけてきたようね。もう、時間はあまり多くは残されていないわ。新しいコンビニの勇者の秋ノ瀬彼方さん、あなたに私から最後のお願いがあるの」
「俺に、最後のお願いだって……?」
「ええ。玉木は私を守ってくれると約束してくれた。私は本当に良い親友に恵まれたと思う……。私がこのグランデイル城の中で最後の『儀式』を行っている間、玉木はコンビニの大魔王と、その背後で巨大要塞を操るレイチェルに最後の戦いを挑むつもりなの」
「枢機卿が最後の戦いを挑むって、それは相手と刺し違える覚悟だという意味なのか?」
「……そうね。本当は、私がこんなお願いをあなたにする立場にないのは分かっているの。でも、このお願いはあなたにしか出来ないから、頭を下げてでもお願いさせて欲しい。新しいコンビニの勇者さん、どうか……あの子を、私の親友の玉木を助けてあげて欲しいの」
女神アスティアは玉座から立ち上がると、その場で俺に向かって深々と頭を下げた。
「あの子を……玉木を、巨大コンビニ要塞に心を飲まれてしまった『最愛の人』にもう一度会わせてあげて欲しい。強大な力を持ったレイチェルを倒すには、真なる能力に目覚めた新しいコンビニの勇者の力が必要なのよ……」
女神アスティアは、本当に心から俺に頼み込むように床に膝をつきながら頭を下げ続ける。
そしてそんな女神の姿を見つめていた俺の意識は、グランデイル王城の謁見の間から次第に遠のき始めているのが分かった。
「もう、時間みたいね。後の事は全部よろしくお願いするわね、新しいコンビニの勇者さん。私は最後まで私の信じた道を歩む事にするわ。だって例え何があっても、どんなに時間がかかっても、彼にもう一度だけ会うと決めたのだもの。会って……そして私の想いを伝えて、それで『終わろう』と心に決めて生きてきたのだから……」
耳の奥に、女神アスティアの放った最後の言葉が聞こえてきたのと同時に――。
俺の体はいつの間にかに、野外の草むらの上に放り出されていた。
「えっ……? ここは……?」
目の前に広がる光景は、赤い絨毯の広がっていたグランデイル王城の謁見の間ではなく。強い横風が吹いている、緑色の草原の上に俺は一人で立っていた。
どうやら瞬間移動のような魔法によって、俺の体はグランデイル王城の外に強制的に放り出されてしまったらしい。
ここがどこなのかを確認しようとした俺の耳に、よく聞きなれた玉木の猫撫で声が聞こえてくる。
「彼方くん〜〜! 良かった、ここに居たんだね〜!」
「玉木……? それじゃあこの場所は、グランデイル王都の近くという訳なのか……」
玉木達は女神の呼びかけに応じて王城に入った俺の帰りを待って、王都周辺の場所で待機していたはずだ。
という事は、ここはどうやらグランデイル王都の北側に広がっている草原地帯という事になりそうだ。
正気を取り戻した俺の耳には、俺の事を呼びかける玉木の声とは別に。大地を揺るがす、大きな地響きのような轟音が断続的に遠くの方から聞こえてくるのが分かった。
「あれは――そうか……。女神アスティアが言っていたように、また巨大コンビニ要塞がこちらに戻ってきたという訳なんだな……」
まだここからは、だいぶ距離があるみたいだけど。
この地響きの音は――間違いない。
巨大コンビニ要塞を操るレイチェルと、コンビニの大魔王であるもう一人の秋ノ瀬彼方が、ここに再び向かって来ているんだ。
つまり俺は、とうとう最後の決着を……やはりこのグランデイルの地でつける事になりそうだった。
5000年前にこの世界に召喚された、過去のコンビニの勇者と――今、この世界を生きている新しいコンビニの勇者である俺が、最終決着をこの地でつける。
そしてこの世界で起きた過去の因縁の全てを、この地で俺自身が『終わり』にしないといけないんだ。




