第百二話 花嫁騎士
「す、凄い……! 何かよく分からない耐久設備がたくさん増えてるぞ!」
「ど、どうしたのよ〜彼方くん! 追い詰められて幻覚でも見ているの〜? お願いだから、正気に戻ってよ〜! 雪山で寝たらすぐに死んじゃうんだからね〜!」
俺が突然、大声で奇声をあげた事に反応して。
玉木が可哀想な者を見るような目をしながら、俺の肩をポンポンと叩いてきた。
「お前は一体、何の話をしてるんだよ。全然違うって! コンビニのレベルがまた上がったんだよ。新しい設備も沢山追加されたから、このピンチを乗り切れそうな良いものがないか探していた所なんだよ」
「ええ〜〜っ! またレベルが上がったの? 私なんて今、やっとレベル3なのに〜! 彼方くんのコンビニだけずるくない〜?」
「いや、それはお前の暗殺者の能力はレベルが低すぎるんだよ……。でも、やっとレベルが3に上がったんだろう? 良かったじゃないか!」
「へへ〜ん、そうなのよね〜! レベルが上がって新しい能力も増えたし。これからはコンビニメンバーの主戦力として私も最前線で活躍をしていくから――って、きゃああああああああぁっ……!」
「うおおおおおおおぉぉっ!! し、しまった……! 今はそんな軽口をしている場合じゃなかった! もうコンビニはとっくに限界だっていうのに――っ!!」
コンビニの外壁に、集中的に浴びせられるミサイル。
そのせいで、壁も天井もズタボロな状態だ。あちこちの壁が思いっきり凹んで、今にも天井が倒壊して建物全体が崩れかねない悲惨な状況になっている。
このままエレベーターも壊されて、地下に降りられなくなったら。
俺達はヘリのミサイル攻撃の直撃を食らって、ここで粉々になってしまうだろう。
「彼方様……」
ティーナが突然、俺の体に抱きついてきた。
可愛い女の子に全力で抱き付かれるのは、俺も嬉しいけどさ。でもこれって、もう人生の終焉が近いから好きな人と最期を一緒に、みたいな悲壮感の漂う抱擁とかじゃないよね……?
……いや、ティーナ。めっちゃ体を震えさせながら、目をつぶっているじゃないか!
ダメだぞ! 俺達にはまだ、やらないといけない事がいっぱいあるんだぞ。だからここで『終わる』訳には絶対にいかないんだからな!
クソッ……! 本当に打つ手はもう何もないのか?
せっかくレベルアップしたのに、この状況を打開できるアイテムを、調べる時間もないなんて……。
俺が必死に新たに追加された能力欄を、目を細めながら確認をしていると。
「ねえねえ、彼方くん、彼方く〜ん!」
「ちょっと待ってくれよ、玉木! 俺は今、新しい能力のチェックで忙しいんだからさ!」
「でもでも……! 外のミサイル攻撃が止んでるみたいなんだけど……」
「えっ、それは本当なのか!?」
俺はふと我に返って、店内の様子を確認してみる。
た、たしかに……。コンビニの外からはミサイルが爆発する音はまだ微かに鳴り響いてはいるけど。
コンビニの外壁に直撃した時に聞こえる、凄まじい衝撃や振動は無くなっている気がする。
「彼方様、外に誰かがいるようです!」
いつの間にかに、俺の体から離れていたティーナが事務所から大声で呼びかけてきた。
すぐに事務所に移動をして、パソコンで偵察ドローンを操作していたティーナの近くに駆け寄る。ティーナの操作するパソコンのモニターには、コンビニの屋上に1人の少女が立っている姿が映し出されていた。
「……この子は、誰なんだ? それにこの超目立つ衣装はまさか『ウエディングドレス』を着ているのか?」
モニターに映る、綺麗な顔立ちの少女。彼女は銀色の美しい髪を、腰の辺りにまで長く伸ばしていた。
そして全身には結婚式で着る、あの純白の花嫁衣装――ウエディングドレスを着ている。
コンビニの屋上に立つ謎の銀髪少女は両手を広げて、コンビニ全体を銀色の球体シールドで包み込んでくれているようだ。
空から降り注ぐ無数のミサイルを、銀色の球体シールドはコンビニに命中する前に、全てガードしてくれている。
「――えっ? もしかして……この女の子が、今回のレベルアップで追加されていた『花嫁騎士』なのか?」
「私の旦那様〜〜! 外のミサイルはぜーんぶ、このアタシが防いでやるから任せてくれよな! うおおおぉぉっ! テメェら、アタシのロケランを食らって全員、死に晒しちまいなよーーっ!!」
ウエディングドレスを着た少女は、清楚な見た目からは全く想像出来ない、まるで地元の不良ヤンキーのような荒い口調で、上空のアパッチヘリの大群に向けて暴言を飛ばしまくっている。
そして白いスカートの中から、おもむろに『ロケットランチャー』を取り出すと。銀髪少女はそれを空にいる黒いヘリに向けて照準を合わせた。
「うおぉらあぁぁぁーー!! 全部、ぶっ飛んじまえよ、このガラクタヘリどもがあぁぁぁーー!!」
コンビニの花嫁騎士が、ロケットランチャーから黒いロケットミサイルを発射させる。
放たれたロケット弾は、飛行機雲のように真っ白な細い線を引きながら、上空のアパッチヘリに向かってグングンと飛んでいき――。
そして……。
”ズゴゴゴーーーーーーン!!!”
大きな爆発音を立てて、見事に空の上のアパッチヘリを1機、撃墜する事に成功した。
「うおっしゃああぁーーっ! ザマァみやがれええッ! このポンコツヘリどもがよおおぉぉーー!」
ウエディングドレスを着た少女は、コンビニの屋上で高らかと中指を立てて決めポーズを披露する。
「一体、何なんだよ? この性格のめっちゃヤバそうな女の子は……!?」
突然現れた謎の破天荒キャラに、俺は困惑してしまう。
……いや、マジで凄く助かったんだけどさ。
今、コンビニは銀髪の少女が展開している球体シールドのおかげで、アパッチヘリからの攻撃をガードして貰っている状況だ。
コンビニの守護騎士であるアイリーンが、攻撃に特化した騎士だとしたら。この花嫁騎士という守護者は、防御タイプの騎士なのかもしれないな。
……まあ、それにしたってガラの悪いヤンキー口調だし。スカートの中からいきなりロケランを取り出すとか、ヤバそうな雰囲気の子ではあるけれどさ。
でも見た目はびっくりするくらいの、超絶美少女である事は間違いなかった。
花嫁騎士のロケットランチャーの反撃によって、一瞬だけ上空のヘリ達は攻撃を止めて、沈黙したかのようにも見えた。
だが……。
”ドシューーーーーーーッ!!!”
間髪を入れずに、また数百発以上のミサイルによる大攻撃を一斉に再開してくる。
「きゃあああああああああーーーッ!!!」
味方を1機撃墜されてしまった、その復讐なのか。さっきよりも遥かに多い大量のミサイルが発射された映像を見て、ティーナが悲鳴を上げる。
ヤバいな……さすがに、こんなに凄まじい数のミサイルが一斉に着弾したら。今のボロボロのコンビニなんて、完全に破壊されてしまいかねないぞ!
「うおおおおおーーー!! だーかーらー、全部ムダだって言ってんだろうがああぁぁーーーっ!! アタシの完全防御結界、『鋼鉄の純潔』は全ての不純な攻撃を弾き返すんだよおおぉぉ!!」
花嫁騎士がコンビニの屋上で、左手を大きく空に向かってかざすと。再びコンビニ全体を囲み込む、銀色の大きな球体シールドが周囲に展開された。
”ズドドドドドドドドドドドドーーッ!!!”
コンビニに向かって撃ち込まれる数百発のミサイル。その全てを花嫁騎士が銀色のシールドでガードする。
いや、マジで……! 花嫁騎士の防御シールドの性能は、本当に凄まじいとしか言いようがない。
コンビニの屋上で、1人でテンションを上げながら怒声を発し続けている銀髪少女は、白いスカートの中からもう1つのロケットランチャーを取り出した。
両方の手にそれぞれロケットランチャーを構えた少女は、1発ずつ連続でロケットミサイルを上空のヘリに向けて発射させていく。
どうやらロケランのミサイルは、無限に補給される仕組になっているらしい。おそらく弾切れを起こす、という概念がないのだろう。
美しい花嫁騎士は、両手に持ったロケットランチャーでロケット弾を発射させては、空の上のアパッチヘリを正確に、そして確実に撃墜していく。
一見すると数百機を超える攻撃ヘリと、単発仕様のロケットランチャーを抱えた銀髪少女との勝負は、こちら側が不利なようにも見える。
でもこの場合――敵の物理攻撃を全て無効化してしまう、花嫁騎士の防御シールドの性能の方があまりにも優秀過ぎた。
時間が経てば経つほど、アパッチヘリ側の損害は増大していく。そしてそれとは対照的に、銀髪の花嫁は無制限に使用できるロケットランチャーを駆使して、ヘリの撃墜数を確実に増やしていった。
おおよそ5分ほど、ミサイルの撃ち合いによる両者の応酬は続き……。
コンビニ側の損害は、花嫁騎士が登場して以降は全く無いのに対して。上空を埋め尽くしているアパッチヘリの大群は、約100機ほどが花嫁騎士のロケットランチャーで撃墜されて、その数を失っていた。
花嫁騎士の展開する銀色の球体シールドを破壊出来ない以上――アパッチヘリ達に、勝ち目はもう無い。
むしろこのまま、ミサイルの撃ち合いを続けていたら。先に全滅するのは上空にいるヘリ達の方だろう。
それを悟ったのかどうかは、分からないが。空にいるヘリ達はコンビニへの集中砲撃をやめて、一斉に急旋回を開始する。
そして猛スピードで、北の空へと引き返していった。
「ふぅ……」
思わず、安堵の息が口から漏れる。
安心してその場にペタンと俺は座り込んだ。正直、まだ耳の奥がジンジンと痛むくらいだ。
直接ミサイルの攻撃を食らった訳ではないが、もの凄い轟音がずっと近くで鳴りっぱなしだったからな。
「――か、彼方くん! エレベーターが動くようになっているわよ!」
突然、紗和乃が大声を出しながら事務所に駆け込んで来た。
どうやら、エレベーターがやっと復旧したらしい。
コンビニには自動修復機能がある。花嫁騎士が敵の攻撃を全て防いでくれていた間に、コンビニの外壁や内部の修復がだいぶ進んでいたのかもしれない。
「よし! それなら急いで香苗を連れて、エレベーターで地下に向かってくれ。小笠原とみゆきの治療を頼むよ!」
「了解よ、美花ちゃんを連れて地下に向かうわね!」
俺はティーナと一緒に、いったん倉庫のエレベーターの前に戻る。
紗和乃は、香苗を連れて倉庫に到着したエレベーターに飛び乗ると。そのまま地下へと向かっていった。
気絶している杉田は、特に目立った外傷も無かったのでいったん倉庫にそのまま眠らせておく事にした。
なのでコンビニの地上部分には今、俺とティーナと玉木。そして、アイリーンと眠っている杉田の5人が残っている状況だ。
全員が無事にある事に感謝をしつつ、一度コンビニの店内を見回りながら、ミサイル攻撃による損傷箇所の確認をしていると――。
「よっしゃあああーーっ!! 私の旦那様ーー! 敵はぜーーんぶアタシが追い払ってやったぜ! へへーんだ! さぁさぁ、アタシに素敵なご褒美をおくれよーっ!」
コンビニの入り口から銀色の髪の美しいウエディングドレス姿の少女が、店内に駆け込むように入ってきた。
体がめちゃくちゃ細いのに、よくあんな大きなロケットランチャーを両手で軽々と持っていたな。実際に間近で見た花嫁騎士の少女の外見は、かなり細身だった事に驚く。
瞳の色は、綺麗なブルーの色をしている。
全身に大きなウエディングドレスを着こんでいるけど、思ったよりもその身長は大きくなかった。どちらかと言うと、小柄な体格をした女の子だ。
ヤンキー口調のまま、猛烈な勢いで走り込んできた花嫁少女は――そのまま真っ直ぐ俺の方に向かって、全力で駆け寄ってくると。
むにゅ……。
突然、飛びつくように俺は少女に抱きしめられ。
……気付いたら、いつの間にかにお互いの柔らかい唇と唇がピッタリとくっ付いていた。
(え、ええーーーっ!?)
何なんだよ、この柔らかい唇の感触は!? あっ、これはヤバいぞ……!
今、脳みその一部が溶け出して、鼻の穴からこぼれ落ちそうになってる気がする。
俺は慌てて、花嫁騎士の少女の体を引き離そうとするが……。少女は俺の全身にピッタリとくっ付いていて、なかなか離れてくれなかった。
「やった〜〜! むにゅむにゅ。アタシはダーリンの最高の花嫁なんだからねー! これからは毎晩、アタシがダーリンには寂しい思いをさせないから、安心してくれていいんだぜーーっ、へへへっ!」
キスをしながら、器用に口を動かして喋り続ける花嫁騎士の少女。
そんな突然の光景を見た、コンビニのみんなは……。
しばらく目をパチパチとさせながら、唖然としてその様子を見つめていたけれど。
だがすぐに、激昂して怒号を飛ばしてきた。それもなぜか被害者である『俺』だけにだ。
「か、か、彼方く〜ん!! 一体、何をしているのよ〜っ! それはさすがに犯罪よ、絶対に許されないわよ! 一発アウトで刑務所行きなんだからね〜!」
玉木の怒鳴り声が耳に聞こえてきたが、力の強い銀髪少女の圧力に、俺は抵抗する事が出来ない。
だって、引き離そうにも。全然、この子が離れてくれないんだよ!
これは、マジで不可抗力なんだって!
俺みたいな無能な勇者には、どうする事も……。
”ヒューーーーーーゥ”
……その時。コンビニの店内の温度が、一気に氷点下にまで下がったんじゃないかと思えるくらいに。
急に冷気が店内の全てに充満したような錯覚が、俺には感じられた。
凄まじい冷気を発生させている発信源は――当然、ティーナさんだ。
ゾンビのような白い目をして、下を向きながらゆっくりとこちらに近づいて来たティーナは。
ベリベリッ――!!
「むごっ……!?」
いとも簡単に、俺の体からウエディングドレスの少女を引き離すと。そのままコンビニの床に、花嫁騎士の体を力づくで押さえ付けにかかる。
「ティーナさん……?」
花嫁騎士の体を、床に無理矢理押さえ付けて固定させるティーナ。一体これから何をするのかと、コンビニの中の全員がティーナの様子を静かに見守っていると。
突然、ティーナは少女の着ている大きなウエディングドレスのスカートの中に、おもむろに手を突っ込んだ。
「えええっーーっ!?」
俺だけではなく、その様子を見ていた全員が。
ティーナの突然の行動に驚愕した。
ティーナは花嫁騎士のスカートの中を漁り、その中からロケットランチャーを取り出すと。
そのままロケットランチャーを銀髪の少女の口の中に突っ込む形で無理矢理に詰め込んで、ロケット弾の発射ボタンに指をかけようとしていた。
「ティーナ! それはさすがにマズイって……! いったん止めるんだ!」
「ティーナ様、どうかお気をたしかに!」
「ティーナちゃん〜! 気持ちは分かるけど、ここではまだダメよ〜! 後で、落ち着いたら2人で仲良く一発ずつ、ミサイルをこの子の体の中に発射していこうね〜!」
玉木だけが、よく分からない事を言っているみたいだが……。とにかくだ! 俺とアイリーンは全力でティーナの体を、床に押さえ付けている花嫁騎士の少女の体から引き離そうと試みる。
だが、全然離れてくれなかった。
――な、何て凄まじい力なんだよ!?
それと、さっきからずっと無言でロケランを少女の口に突っ込もうとしている姿が、めっちゃ怖いです! ティーナさん!
正直、花嫁騎士の子よりもティーナさんの方が強い力を持っているんじゃないのか?
実際、床に押さえ付けられている花嫁騎士は、上から押さえつけているティーナの体を引き離す事が出来ずに、バタバタと床の上で足をばたつかせている。
目には涙を浮かべて、『うー、うー!』と苦しそうに唸り続けていた。
……そんなこんなで、俺とアイリーンはティーナの体を、花嫁騎士の少女から引き離す事に時間を費やし。
しばらくして、何とかティーナを銀髪少女の体から引き離す事に成功した。
その後、冷や汗を垂らしながら。ティーナに対して怯えるような目線で見つめていた新参の花嫁騎士が、改めてその場に立ち上がると。
俺達全員対して、自己紹介の挨拶をしてくれた。
「ひぃぃーーっ、マジでこえー思いをしたよ。アタシは花嫁騎士のセーリス・ノアって言います! マイ・ダーリンとコンビニを守る『盾』の役目を務める騎士なんで、よろしく頼むぜ! あっ、そこの金髪の怖い女の子だけは、ちょっと苦手なんで。これからは、お手柔らかにお願いしまーす!」