Act4:誰がこんな根暗でコミュ障のパーティに好き好んで入るの?
あくとよん。
昨日のことだ。
「ちょっと素材を集めてきて欲しいんだけど、頼めるか?」
「いいぞ」
友人の言葉に二つ返事で了承を返す。
この男――[†TAKUAN†]から素材収集を依頼されるのは、珍しいことではない。俺も妹もコイツのクラフトスキルには普段から世話になっていることだし、断る理由もない。
「なにが要る?」
「虫系素材だ。レシピの解放が滞っていてね。大量に欲しい」
「つーことは、『皇虫族』か」
「そう。『緑堕の森殿』まで、いっちょ頼むよ」
実質専属で装備を作ってもらっている都合上、[†TAKUAN†]のクラフトレシピ解放率はある程度は把握しているので、どこで行き詰っているのかは予想がつく。
皇虫族はレベル帯30以上の大型虫系エネミーだ。主な出現場所は『緑堕の森殿』というダンジョン。
一度クリアしたダンジョンであるし、俺の現在のレベルからすれば当時よりかは楽に攻略できるだろう。
このゲームでは、ゲーム内通貨を用いてプレイヤー同士が物品の売買を行うことができる。
俺たちのようなプレイヤー(非クラフト勢)が拾った素材を売りに出し、それをクラフターの連中が買ったり、あるいはクラフターの連中がレシピ解放のために作り過ぎた装備を売りに出し、それを他のプレイヤーが買ったりする。
無論、件の虫系素材も他プレイヤーから買うことは可能なのだが、実はこの素材、今めちゃくちゃ高騰している。
「虫系とはみんな戦いたがらないからね。素材の供給は減る一方だよ」
そしてレシピを順当に解放していくと必ず虫系クラフトに行き着くわけで、需要はどんどん増えていき、クラフター連中はみんなそこで足踏みしているというわけだ。『緑堕の森殿』が実装された直後は当然、多くのプレイヤーがこぞって攻略に乗り出したので素材も市場に溢れかえっていた。だがそれも昔の話、今となってはすすんであのダンジョンに行きたがる奴など殆ど居ない。
主な理由は[†TAKUAN†]が言った通り、虫系エネミーとの戦闘を厭うためだ。
なにせ、奴らはとにかく気持ち悪い。
自分の身体より大きいようなムカデ、クモ、カマキリ、などが襲い来るのだ。
しかもそれらと例によって圧倒的にリアルな戦闘を強いられるのである。
これでもかと言うほど生理的嫌悪感を刺激してくるので、虫嫌いのプレイヤーなどは失神しかねない。
「その点、[エッジ]は安心だな。飛んでくるゴキブリを素手で叩き落す男だし」
「言っとくが、俺も普通にキモいものはキモいと思うからな」
思うだけだが。
「だが、そうなると野良には期待できねぇな。少し手こずるかもしれん」
「無理のない範囲でいいよ。急いではいないからね」
よろしくー、と手を振る[†TAKUAN†]に、俺は「期待せずに待ってろ」と答えるのだった。
……。
そして現在。
『大樹の片翼』と言う名の街に俺の姿があった。
『緑堕の森殿』から最も近い位置にある街マップである。
ファンタジー世界におなじみの超巨大な樹木の枝の上に築かれた樹上の街。極力無機的な色彩を排除した木造の街だ。
ゲーム内時刻は夜。街の至る所には松明が焚かれ、煌々と周囲を照らしている。
このゲームの世界はわりと広大なようで、街から街へは普通にフィールドを移動してだと、エネミーとの戦闘も加味して結構な時間がかかる。ただ、各街に存在する『ポータル』を利用すれば一度行ったことのある街へはショートカットで移動できるので、俺も今回は『始まりの街』から直接この『大樹の片翼』へとやってきた。
樹上の街であるこの場所からは遠くの景色が良く見える。
あいにくと今は夜なので、見えるのは遠くの街の明かりと、夜空の月と星明り、それから眼下のフィールドで野営しているらしいプレイヤーたちの焚いた篝火の明かりくらいだ。
たったそれだけの景色だが、俺は素直に美しいと思う。
ダイレクトリンクを駆使したこのゲームが本当にやりたかったこととは、仮想現実を『実感』することだと言われている。
たぶん開発者はこの『景色』こそを見せたかったのではないかと、たびたび思う。
まだ開発途中のこのゲームはリアルタイムでどんどん世界を広げている。『始まりの街』とその周辺など、今やこの世界のほんの一部でしかない。
俺はこの世界の隅々までを見てみたい。
そして叶うならば、[さや]や[クロエ]や[†TAKUAN†]や他のフレンドたち、それから[アリア]にも、自分の目でこの景色を見て欲しいと思う。
だが生憎と、この世界を歩くにはそれなりの『力』が必要だ。
[さや]がここに辿り着くことはできないかもしれない。
だがいつか、一緒にここに立てる日がくればいい、と俺は思うのだった。
「……感傷に浸ってないで、仕事するか」
なにはともあれ、まずは仲間を募ろう。
不人気ダンジョンとはいえ、行くヤツは絶対に居るのだ。俺と同じ目的のプレイヤーがパーティメンバーを募集しているかもしれない。俺は別にソロにこだわっているわけではないので、こうして[†TAKUAN†]の依頼をこなす時なんかは、普通に現地で野良パーティに加わったりしている。エネミーからドロップする素材は討伐したパーティーメンバー全員が手に入れるシステムなので、奪い合う心配はなく、つまりはパーティを組んだほうが単純に効率が良いのだ。
ウィンドウを開いて周囲のプレイヤーをサーチし、パーティ募集中のプレイヤーだけをフィルタリングする。
「まあ、思ったよりは居るな……」
数件見つかったので順番に募集要項を確認していくが、どうも芳しくない。
野良でパーティメンバーを募集する際には、必ずパーティの目的を記載しなければならない。探す側はそれを見て、自分の目的に合ったパーティを選ぶのだ。
見つかったパーティはどれも『緑堕の森殿』での素材収集でなく攻略を目的としている。
要は、この先のマップに進むために『緑堕の森殿』をとりあえず一回クリアしたいと考えている連中が、助っ人として経験者を募集しているのだ。
攻略パーティは基本的に最深部までの最短ルートを最速で駆け抜けるものだ。道中エネミーとの戦闘は当然あるが、無視できる敵は極力無視して進むのが鉄則である。よって素材掘りには向かない。時間比を考えればソロでやったほうがまだ効率が良くなるだろう。
「お?」
順番に見ていくと、リストの最後の最後でお目当ての募集要項を見つけた。
皇虫族系素材収集します。お仲間募集中――まさにこれを探していた。
リストには近くのプレイヤーから上に表示されるので、この募集を掛けているプレイヤーはだいぶ遠くにいるということだ。そちらに向かって歩を進める。この場で遠隔でパーティに参加することも可能なのだが、俺は一応本人に会ってから参加する派だ。
募集主のプレイヤーネームは[Canaan]。募集要項が日本語なので普通に日本人だろう。
「カナン……約束の地か?」
なんとも洒落た名前だ。
どこぞの漬物の例があるので、アルファベットのプレイヤーネームを見かけるとつい意味を考えてしまう。
パーティの募集を掛けるとき、募集主は自身の情報をどこまで公開するのかを決めることができる。
よほどやましい事情がない限りは、自身のレベルと使用クラスくらいは公開するのが普通だ。逆に言うとそれすら公開していないヤツのパーティに入ろうとするプレイヤーはまず居ない。
ついでに言うと、アバターの性別は公開しないことのほうが多い。特に女性の場合は不埒な目的で参加してくる輩が沸くからである。性別を公開していない=女性となっては意味がないので、男性でも敢えて公開はしないのが暗黙のルールみたいなものでもある。
このゲームの特性上ネカマは絶対に存在できないだけあって、他のオンゲに比べていわゆる『出会い厨』みたいなやつらの生息数が多い。無論、男性の側だけでなくて女性の側にも言えることではあるのだが。
この[Canaan]というプレイヤーはその辺を別段気にしないのか珍しく性別も公開していて、それによるとレベルは35、女性で、使用クラスは『ガンナー』、セカンダリに『ウォーメイジ』だ。
アバターのコモンレベルが20を超えると『セカンダリークラス』と呼ばれる二つ目のクラスを選択できるようになる。一つ目のクラスは正式には『プライマリークラス』と呼ぶべきだが、一般的に一つ目のクラスはクラス名だけで呼び、二つ目のクラスを『セカンダリ』とか『サブ』などと呼んだりする。
これらのクラスは抜刀状態ならば好きなタイミングで切り替えが可能だ。
『ガンナー』は銃使いのクラスで、中距離から遠距離戦を得意とし、高火力・範囲攻撃・味方へのバフ・エネミーへの状態異常付与となんでもこなす万能職だ。しかも近接戦闘もそれなりにこなす。強力なクラスだが余程上手いプレイヤーじゃないとほぼ確実に持て余す。
セカンダリの『ウォーメイジ』は[†TAKUAN†]と同じクラスで、『戦杖』(ほぼ鈍器)を駆使して戦うクラスだ。強みは何と言っても自分自身へのバフの重ね掛けによる超強化からもたらされる一撃の破壊力だ。一応は魔法職なので回復魔法が使えるのも地味に優秀な点だ。
ガンナーメイジというクラス構成から察するに、この[Canaan]というプレイヤーはかなりテクニカルな戦闘スタイルを好むようだ。一人でなんでもできるクラス構成はともすれば器用貧乏になりやすいが、上手いプレイヤーがちゃんと使いこなせば、これほど頼りになる味方は居ない。
余談だが、俺のセカンダリは初期近接職の『ウォリアー』である。
ブレイカーウォリアーとかいう近接一辺倒の脳筋ビルドなので、殴る蹴るの暴力以外は何もできない(誇張表現あり)。
「……あれか」
ほぼ街の反対側まで来て、ようやく目当ての姿を見つけることができた。
広場になった空間の隅に丸太のベンチが置かれていて、そこに[Canaan]は腰かけていた。
遠目からはなんかふさふさした茶色の塊が鎮座しているように見える。
どことなくぼんやりしていて、こちらには気づいていなさそうだった。なんか、目を開けて寝てるんじゃないかってくらい微動だにしないが、大丈夫なのか……?
離席中のアイコンが出ていないので中身が居ることは間違いないのだが。
アバターの種族は『ワービースト』のようだ。焦げ茶色の頭髪の上には同色の犬耳がちょこんと乗っかっていて、臀部からはふさふさの尻尾が伸びている。伸びているというか、ベンチの上にだらーりと文字通り伸びているのだが。欠片も躍動感がない。
獣耳と尻尾は言うまでもなく見せかけだけのもので、触覚等があるわけではない。アクセサリーのようなものだ。ただしちゃんと動く。感情に応じて自然と表情が変わるのと同じことだと思えば大差ない。
ベンチの上に身体を丸めるように座っているのでわかりにくいが、たぶん背はそんなに高くない。身に纏うのは厚手のジャケットと、脚がむき出しのホットパンツだ。全体的に茶色っぽくて、ガールスカウトを思わせる活動的な服装に見える。
焦げ茶色の長髪は大振りのバレッタで適当に一纏めにされているのだが、とにかく毛量がすごいので、全体的なシルエットはなんだか無性にもふもふしている。
両腿のホルスターには二丁拳銃。『ガンナー』クラスの装備である『双銃』だ。
まずは話しかけてみるか、と近寄っていく俺は、しかし途中であることに気付いた。
よく見ると[Canaan]の口がわずかに動いている。
な、なんか言ってる……!
「…………いち時間たった……どういうことなの…………なんで誰も来ないの……?」
お、おう……。
どうやらあの茶色の塊は一時間も前からパーティ募集をかけていたらしい。
メンバー募集中のパーティの現在人数は確認できるので、誰も参加していないのは理解していたが、まさかそんなに前から待ってたとは。
よく心が折れなかったな……。
「おかしい…………バカしかいないのか…………いま虫系素材がいくらすると思ってるの…………おいしい金策なのに……今しかできないのに」
言ってることはだいたい同意するけど、なんか怖いんだが。
一心不乱に目前の地面を見詰めながら、まるで呪詛でも吐くかのように淡々と紡がれる言葉。感情とともに動くはずの『ワービースト』の耳と尻尾は先程から微動だにしていない。
つまり彼女は『無』だ。
恐ろしいことに『無』から呪詛が生まれている。
「しかもこちとら女の子だぞ…………どうした男ども…………こいよ……いつものサルみたいな欲望はどこいったの…………女の子が、ひとりで……待ってるんだぞ…………ぐすっ」
うわぁ。ちょっと泣きが入ってる。
というか、そのために性別を公開していたのか。
たぶん、最初は普通に非公開で募集掛けて、あまりにも誰も来ないから苦肉の策で公開にしたんだろうなぁ……。
微動だにしていなかった犬耳がへにゃりと倒れた。わりとガチで泣きそうらしい。
「いや、ないわ…………自分のこと女の子とか、ないな……これはない…………誰がこんな根暗でコミュ障のパーティに好き好んで入るの?…………バカなの?…………死ぬの?…………あぁー……死にてぇー……」
なんかもう、あらゆる意味で聞いていられないので思い切って声を掛けることにする。
[Canaan]が座る目の前に立って、一言。
「もしもーし……?」
ちょっとばかり腰が引けていた俺を、どうか責めないで欲しい。
◇◇◇
今、フレンドが欲しい。切実に。
『大樹の片翼』でパーティ募集を開始してから小一時間、自分はそんなことばかり考えていた。
フレンド召喚という魔法さえ使えたならば、こんなところで一人ぽつねんと座っていなくても済んだはずなんだ。ちょっとフレンドリストを開いて、暇してそうな人にチャットを飛ばして、「今暇?ちょっと手伝ってほしいんだけどさぁ」とお願いすればあら不思議。あっという間に五人パーティ(満員)の出来上がりである。
でも残念ながら自分にその魔法は使えない。
何故なら、自分のフレンドリストには誰の名前も載っていないから……!
引っ込み思案でビビりで人見知りの自分のことだから、他のプレイヤーに自分からフレンド登録を申し込むことなんて天地がひっくり返ってもできない。そんなつまんないやつだから、誰かに登録を申し込まれることもない。
アバター越しなのになにをビビる必要があるのかと言う人も居るかもしれないけど、自分はむしろそれが怖い。
だってアバターって仮面みたいなもんだ。ビビりの自分でも、黙ってれば見た目だけは平然としているように見せかけられるように、他人がアバターの裏で何を思っているのかなんて知りようがないじゃないか。
まだしも、リアルで直接対面していたほうがわかりやすくてマシだ。
ちゃんとリアルでは友達も居るんだよ?
仲の良い同級生の女の子が三人だけ居る。
それを多いと捉えるか少ないと捉えるかは人それぞれだと思うけど、自分は、仲良しだと胸を張って言える相手が三人も居れば、それは贅沢なくらい幸せなことだと思っている。
リアルでは彼女らといつも一緒に居ると言っても過言ではない。
でも、だからいっつも最終的には同じ考えに行き着いてしまう。
みんなで一緒にゲームやれたら楽しいだろうなぁ……。
自分はこのゲームが大好きだ。
友達と『好き』を共有出来たら最高なんだと思うけど、自分自身がちょっと常軌を逸した入れ込み様だと自覚しているんで、同じゲームをやっても温度差でみんな引いてしまうと思う。
だけどどうしてもそんな日々を夢想してしまうのは止められない。
そもそも、勇気を出して誘ったら始めてくれるだろうか?
理音さんはきっと始めてくれるな。
あの子は大抵のお願いは「しょうがないですね」って言いながら聞いてくれるから。
でも良くも悪くも自律心が強くて冷静だから、どんなに面白いゲームにもきっと熱中したりはしないんだろうな。
ミクはきっとはっきりと「いやよ!」って言うな。
でもあの子は人一倍寂しがりやだから、きっと自分以外の三人が同じゲームを始めたら我慢できずに参加してくると思う。
で、ゲーム自体もわりと好きみたいだから、始めさえすれば案外コロッとはまっちゃうのかもしれない。
千瞳はどうだろう?
元気で快活にはっきり意思表示する子だけど、実はあの子が一番読めない。
あっさり始めてくれそうな気もするし、笑顔で断られる気もする。
おそらく、鍵は千瞳だ。
彼女を口説き落とせるかどうかにすべてがかかっている。
なんて、いつもそんなようなことを考えているが、実行には移さない。
何故なら自分はビビりだから。
無理に誘った結果嫌われちゃったらどうしよう、とか考えると二の足を踏んでしまうんだ。
それはともかくとして、事実としてこの場には自分以外の誰も居ないんだから、少なくとも今は一人でやるしかないんだ。
実のところ、フレンドが居なくて困っているかと言うと、基本的には困っていない。
そりゃあ、気軽に協力できる相手がいたほうが色々と楽なのは疑いようがないけれど、別に非フレンドのプレイヤーとだってギブアンドテイクで協力することは多々ある。
ほんとにソロで活動するならば自分独力である程度なんでもできるようになる必要があるが、どうせ、そうでなくとも一通りの要素には手を出さないと気が済まないのが自分なんだ。実装されているクラスは上位職以外はすべてある程度は触っているし、クラフトも最低限、どのクラスでも汎用的に使えるアクセサリーのレシピくらいは解放するようにしている。最終的に行き着いた『ガンナーメイジ』というクラス構成はずば抜けて対応力が高いので、ソロでも大抵の状況はどうにかなる。
そう、基本的には困らないんだ。
でも自分のプレイスタイルは基本的の範疇を少しばかり逸脱し始めているんで、最近ちょっと困っている。
困った結果、こんな場所に居る。
はっきり言おう。
お金がない。
原因はクラフトだ。
武器や防具、衣服の類は最初から自分でレシピ解放するつもりはなくて、クラフト勢に依頼を出して済ませていたんだが、かといってクラフトと言う要素に全く触れないのは我慢できなかったんで、せめてアクセサリーの類だけは自分でレシピ解放しようと思い立ったわけだ。
それが間違いだった。
レベル帯が低いうちはどうとでもなったんだけど、レシピが進むとだんだんと要求素材量がえげつない数になってきた。
大抵は自分でエネミーを狩って集めているんだけど、そこに使える時間にも限りがあるわけで、最近はもっぱらレアな素材だけは自前で調達してそれ以外の雑多な奴は他プレイヤーから買うようにしていた。
そして気づけばお金がない。
お金で時間と手間をショートカットしているのでもとより赤字は覚悟の上なんだけど、それにしたって自分の予想よりも遥かに出費が嵩んでいた。素材一個の値段は二束三文もいいところだけど、なんせ数が数だ。
じゃあクラフトやめればいーじゃん、と思ったアナタ。
まったくもって正しい。
ぶっちゃけ自分もそろそろ潮時かなと思っている。
でもせめて、今やりかけているレシピの解放だけはしっかり終わらせないと気が済まないんだ。我ながらめんどくさいやつだが、中途半端で投げ出すことはできない。手を引くにしてもキリの良いところで、だ。
ならばどうするのと独りで考えた結果、金策するしかないという至極当然の結論に至る。
んでネットで情報収集して目を付けたのがコレ。
――いま、虫系素材が熱い!
自分も普通に虫とか嫌いだけど、幸いにして身が竦んだりするレベルではない。過去にクリアしたダンジョンだから内部構造もエネミーの能力も覚えている。あの頃からレベルも上がって、適正レベルよりも3レベルも高い。余裕だ。
ただガンナーメイジは万能である辺面、咄嗟の爆発力に欠ける。高火力スキルもチャージ時間が必要なタイプなので、一度劣勢に立たされると自力で巻き返すのが難しいクラスだ。逃げる分にはどうとでもなるけど素材掘りなんだから倒さなくては意味がない。そう考えると誰かとパーティを組む必要はあるだろうが、こんなおいしい金策なんだから、同じことを考えているプレイヤーが居ないわけがない。
適当なパーティに入れてもらおう、などと軽く考えて『大樹の片翼』まで来たのだけど……。
――攻略パーティしか募集してない…………だと?
という非情な現実が待ち受けていた。
またしても誤算であった。
どうやら自分の予想よりも遥かに、世間一般のプレイヤーたちは資金繰りに困っていないし、虫系エネミーとの戦闘は嫌いだったようだ。
そして極めつけは、どうやら世間一般のプレイヤーたちにはフレンドが居るのが普通らしいんだ。
要するに、ここに素材掘りに来るようなプレイヤーは最初からフレンド同士でパーティを組んでやってくるので、わざわざ野良の募集なんてしないんだ。俗に言う『固定パーティ』というやつだ。
ここで「しかたない。別の金策でも考えるか」となればまだ軽傷で済んだんだろうけど、またもや自分の悪い癖が顔を出した。
やると決めてここまで来ちゃったんだから、都合悪いんでやっぱなしで、なんてのは自分で自分が許せないんだ。
募集がないなら自分でやるまで!
とパーティ募集を掛けたのが今から一時間くらい前の話。
どうせすぐに第二第三の自分が現れてパーティに加わるはずだ、という淡い希望は粉々に粉砕され、いまだに参加ゼロ人だ。人は来たけどパーティには参加してくれなかったとかならまだ救いがあったが、誰一人として他プレイヤーを見かけてすら居ない。
最終手段である『性別公開』まで使ってこのざまだ。
なお募集主が女性プレイヤーだと、男性プレイヤーだった場合の2.7倍早く定員が埋まるという運営調査の統計的データがある。
理由はプレイ人口の男女比だ。
ただしその場合、集まったプレイヤーの質はお察しとなる諸刃の剣でもある。
こうなったらもう意地である。
負け(?)を認めてなるものか、という自分との戦いに他ならないんだ。
30分を過ぎたあたりで最終手段を解禁したが、そこから10分過ぎたあたりで腹が立ってきて、さらに10分経ったあたりでどうでもよくなってきて、今となっては『なんでこんなことしてるんだろう』と今更過ぎる疑問が頭を過り、口からはこの世の理不尽に対する呪詛を垂れ流すだけの不毛な置物と化している。
自分でも何を言ってるのかさっぱりわからなくなってきたころ、
「もしもーし……?」
眼前から聞こえた声にハッとして顔を上げる。
そこに居たのは一人の男性プレイヤーだった。黒を基調とした格好をしていて、かなりガタイが良い。手足に装備した打甲から、おそらくは『ブレイカー』クラスの使い手であることが分かる。
「っ!………………だれ?」
咄嗟に口をついて出たのはそんな問いかけだった。
自分のアホさにあきれる。
プレイヤーネームは表示されているんだから、彼が[エッジ]さん以外の誰かであるはずがない。
「い、今のなし、で……」
「はぁ……?」
「なにか、よう…………ですか?」
なんとかそれだけ訊き直す。
ビビりの人見知りが顔を出して、ぼそぼそと呟くような口調になってしまうのはいつものことだった。
[エッジ]さんという男性プレイヤーは、そんな自分の姿に一瞬苦笑めいた表情を見せたが、特に何も言及しなかった。
「パーティの募集を見てきたんですが」
「えっ……?」
素で驚いてしまった。
いや普通に考えて『大樹の片翼』のこんなすみっこにわざわざ訪れる用事なんてあるわけないから、自分のパーティ募集を見て来てくれた人に決まっているんだけど。
すみっこに居る理由は察してくれると嬉しい。
「入ってくれる、の…………?」
「あなたがもし良ければ、ですけどね」
かなりどんくさくて素っ頓狂な会話をしていると自分でも思うけど、[エッジ]さんは気分を害した様子もない。
だが、自分はこれまでの一時間にもおよぶ孤独との戦い(自爆)によって、すっかり疑心暗鬼に陥っていた。
「目的は、なに…………?」
この人は男性プレイヤーだ。
そして、自分はパーティ募集の際に最終手段(性別公開)を使ってしまっている。
つまり、この人は女性プレイヤーがパーティ募集をしていると知ったからこそこの場に現れた可能性がある。
となれば『目的はお前の身体でござるよ。ドゥフフ』などと言い出しても不思議ではない(真顔)。
「目的? もちろん素材収集ですが」
「私と同じ……なの……?」
「そうでなければこの場に来ていないと思うんだが……」
なんだか[エッジ]さんの視線に諦観が混じり始めた気がする。しかも口調も心なしかぞんざいになってきてる。
自分はあの目を過去に見たことがある。
間違いなく『なんかやべぇヤツに話しかけちゃったなー』と諦め交じりに後悔している目だ。
あわわ。待って欲しい。自分が大体の場合において若干やばいやつなのは自覚しているけど、今は特別本調子じゃないだけなんだ。
普段はもうちょっとやばくないやつなんだ!
「で、結局俺はパーティに入れてもらえるのかな?」
「あっはい」
了承しちゃったー!?
まさかこの流れで訊いてくるとは思っていなかったから、つい勢いでオーケーしてしまった。
やっぱり人違いでした、とか言ってそそくさと離れていくパターンで来るとばっかり思ってたから。
[エッジ]さんがパーティ加入申請を出してきたみたいで、PSI(Pre-conscious Structured Interface……いわゆる『脳裏のアイコン』)に確認ウィンドウが点灯する。もはや「やっぱなしで」とは言えないんで、内心びくびくしながらも申請を受理。
[エッジ]がパーティに加わりました、とシステムログがPSIに表示されたのを確認すると、条件反射的に彼のステータスを確認する。一瞬前までの動揺が嘘のように鎮まり、スッと思考が冷える。戦闘中に背中を預ける相手なんだから、その能力を確認するのは当然のことだ。これでスキル構成がめちゃくちゃだったり装備がヘボかったりしたならば、こちらもそのつもりで戦闘を構築する必要に駆られるんだから。
見れば、眼前の[エッジ]さんもこちらを見たまま黙り込んでいる。
傍目には二人そろっていきなり黙り込んでしまったように見えるだろうが、互いにPSIで相手のステータスを確認しているだけである。
とりあえず、この点を疎かにしていないというだけで、一定の信用には足る。
さて、その彼のステータスであるが。
レベル38のブレイカーウォリアーと言うことは、少なくとも雑魚ではない。ウォリアー主体でセカンダリにブレイカーと言う構成ならばよく見かけるが、逆は珍しい。ブレイカーの武器である打甲は全クラス中でぶっちぎりにリーチが短いんで、ほとんどのエネミーに間合いの面で不利を強いられる『難クラス』なんだ。ただ、クラスレベルによるステータス補正の値は近接特化なので、プライマリが近接クラスならば、ブレイカーは使えないけどとりあえずセカンダリに設定しておくというプレイヤーは少なからず居るわけだ。
アサルトスキルの解放率を見るに、どうやら熟練したプレイヤーだ。というか、ブレイカーのクラスレベルが25もあるってことは、たぶんこの人、古参のプレイヤーだ。クラスレベルは15超えたあたりからは上げるのに極端な根気を強いられるんで、クラスレベルが高い人は大抵そのクラスをずっと使い続けている古参プレイヤーの類だ。
装備は一線級と呼べるほどではないけど、『緑堕の森殿』を相手にするならば十分の性能はある。セカンダリの大剣は虫系特効の火属性の武器を選んでわざわざ装備しているんだろう。
だが、このクラス構成では前衛を張る以外の選択肢は存在しないと言っていい。
なら、
「……前衛、任せる…………私は援護…………」
それでいい? と彼の顔を伏し目がちに見上げると、彼は当然のように「了解した」と頷いた。
戦術的な判断からの提案なのに、こう言うと「楽をしようとするな」とか「寄生するつもりか」とかって言い始めるプレイヤーも少なくないんで、なんと言われるか心配だったんだが、杞憂だったみたいだ。
『緑堕の森殿』の皇虫族の特徴として、奴らは非常に縄張り意識が強い設定で、必ず単体でしか出現しないし、皇虫族との戦闘中に他の個体が乱入してくることもない。必ず数の優位に立てるんだから全員で攻撃に参加するべきだ、とにわかプレイヤーは言いがちだが、皇虫族相手に数で攻めても然したる意味など無いということを理解できていない奴がほんとに多い。
『単体でしか出現しない』というデザインの意味するところを、少しでも考えたことがあるのかと言ってやりたくなる。
それはともかく、エネミーが単体でしか出現しないんなら、そもそも複数人で攻撃してもターゲットを取り合うだけだ。しかもこのゲームにはフレンドリーファイア(味方誤射)がある。今回、自分でも彼でも単体火力は十分持っているから、どちらかが攻撃に徹して、もう一人は援護に徹したほうが効率がいいに決まっている。
であれば役割分担は自然と決まる。
もちろん、援護役の自分のほうが結果的に楽をすることになるのは厳然たる事実だけども。
「まだメンバーを募集するのか?」
「もぅ無理……」
一時間待ってようやく一人だぞ?
定員揃うまで待って居たら夜が更ける。
「一人くらいならフレンドを呼べるが」
「…………いい」
ふるふると首を振ると[エッジ]さんは「そうか」と頷いた。
数合わせにフレンドを呼ぼうか? って一度でいいからそんなセリフを言ってみたいもんだ。
「まあ、皇虫族相手に人数揃えてもしょうがねぇしな」
「…………ん」
言うまでもなく、ほんとは頭数は多いに越したことはない。
欲を言えば前衛がもう一人居れば交代で戦闘できるんで、[エッジ]さんの負担を減らすことができる。
それがわからない彼ではないはずなので、たぶんこっちに気を使っているのだろう。
やばいやつをこれ以上刺激しないようにしている、とも言える。
「じゃあ、行くか」
そう言って、[エッジ]さんはおもむろにこちらに右手を差し出してきた。
失礼にもベンチに座りっぱなしだった自分は思わずキョトンとして、その右手をまじまじと凝視する。
「今更だが、[エッジ]だ。よろしく」
あ。手を握ればいいのか……!
あわあわと内心慌てながらその手を取る。
ガントレットに覆われた武骨な手は自分の倍くらいの大きさがありそうだった。そのまま彼が僅かに手を引くので、力に逆らわず引っ張られるようにしてベンチから降り立つ。
あれ。ここからどうすれば良いんだろう……?
棒立ちで握手しながら硬直しているという間抜けな状態だ。
[エッジ]さんはなにも言わず、というかなにかを待っている様子だった。
と、ようやく彼の名乗りに返事をしていないことに気づく。
「あの…………[Canaan]……です」
よろしく、という言葉は蚊の鳴くような音になってしまったが、[エッジ]さんは嬉しそうに男くさい笑みで「おう」と返してくれる。
自分の背ではようやく本来の役目を思い出したかのように、尻尾が元気にぱたぱたと揺れていた。
あくとよん、えんど。
本日の楽屋ネタ。
エ「初対面の相手には心の中で話しかけるくち?」
犬「(……ファミチキください)」
エ「!?」
2020/6/28 地味に修正




