Act16:お互いの妹自慢が始まって壮絶な喧嘩に発展するかもしれんぞ?
あくとじゅうろく。
「[ガレオン]さん、この場をお任せしても良いですか?」
戦況が安定してきた頃を見計らって、私はそう切り出した。
相手は救援に来てくれたパーティーのリーダーである[ガレオン]さんだ。
一人だけサバゲーから抜け出してきました、みたいなミリタリーな格好をした人で、ガタイが良くてちょっとだけいかめしい顔つきで、これぞリーダーという威厳がある人だ。
やはり、私がパーティーメンバーに若干なめられているのは、威厳が足りないのか……?
全滅寸前まで行った私のパーティーも彼らの援護のおかげで息を吹き返し、三人居た死体(仮)も既に二人は戦線復帰していて、最後の一人を今[ミント]さんが治療しているところだ。
近場の濠でエネミーの侵攻を抑え込んでいた[ガレオン]さんのパーティーがこちらに来たことで、このエリアのエネミーすべてがこの場に向かってくることになったわけだが、2パーティー合同の総勢十人のプレイヤーで協力して当たれば、決して捌けない状況ではない。
むしろ、単独でもエネミーを抑え込めていた彼らのパーティーが前衛に立ってくれることで、射撃特化の私たちのパーティーは後方支援の本領発揮ができるようになって戦況は好転しているくらいだ。
この状況で仮にも片方のパーティーリーダーである私が抜けることのデメリットはわかっているつもりだが、どうしても、やりたいことがあったのだ。
「どうするつもりだい?」
訝し気な[ガレオン]さんへの返答として、私は空を指さして見せた。
「彼の援護をしたいのです」
彼、というのは上空で『六道窮鬼』と壮絶な戦闘を繰り広げている『デスペラード』使いのことだ。
私たちは、もう何度も彼に救われている。
最初、私たちが全滅寸前までいった『六道窮鬼』の一撃の直後、彼がヘイトを取ってくれたおかげで追撃を逃れられたのも一つ、それから勿論、今まさに『六道窮鬼』のヘイトを単身引き受けてくれているのも一つ、それから、間接的にこの場に飛行型の『屍鬼』を寄せ付けないでいてくれるのが一つだ。
この場に飛行型が現れないのは、偏に『六道窮鬼』本体が暴れまわるのに巻き込まれないようにする習性があるからだ。
『牛頭馬頭』の片方で限界だったのだから、もし飛行型まで現れていたら、間違いなく[ガレオン]さんたちの救援を待たずして全滅していたはずだ。
『六道窮鬼』がすぐ近くで暴れているのはぞっとしない状況ではあるが、ヘイトが上の彼に向いているので、直接踏み潰されることにさえ注意しておけばそう怖いことはない。それにしたって城郭の中に陣取っていれば踏み潰される心配もほぼないのだ。
先ほど、『六道窮鬼』が範囲攻撃の鬼火を爆裂させたときはヒヤッとしたものだが、爆心地はともかく、少し離れたこの場には幾多の遮蔽物に阻まれてそよ風程度の衝撃しか届かなかった。
[ガレオン]さんも上を見上げて、複雑そうな表情を見せた。
「正直、この状況で一人でも抜けるのは辛いが――――俺たちもあの旦那には借りがあるからな」
[ガレオン]さんは後方で治療をしている[ミント]さんを何故か見遣って、ふっと頬を緩めた。
「うし。行ってくれ[子龍]嬢ちゃん。ここはなんとかもたせてみせらぁ!」
「ありがとうございます。では」
許可が出るなり私は城郭の残骸にひらりと飛び乗った。
私のセカンダリは『ジャグラー』であり、これはほぼほぼ『走破力』のためだけに設定しているクラスなのだ。プライマリの『アーチャー』だって鈍重なクラスではないのでアーチャージャグラーとはそれなりに身軽に移動できる組み合わせだ。
半ば崩壊した城郭の壁面を跳びながら、時にクライミングの要領で腕も使いながら、するすると上に登っていく。
下で[ガレオン]さんが「器用なもんだなぁ」と感心している声が聞こえてきたが、まあ私にとっては趣味の延長みたいなものだ。
城郭の上部は『六道窮鬼』の一撃によってえぐり取られるように崩壊しているが、一番高い屋根の骨組みの一部だけが辛うじて残っている。
その一番上に登り詰めた私は、静かに『弓』を構え、矢をつがえた。
レイドが始まって結構な時間が経過している。
青々としていた空模様も、いつの間にか日が傾きつつあった。
幸いにして、私は今太陽を背にしているので射に対する影響は少ないだろう。
まもなく、逢魔が時だ。
別に時間帯で『六道窮鬼』が強くなったりはしないが、夜が来れば否が応にも視界の面でエネミー有利にはなる。
夕日に染まる視界には、ビルより大きい黒染めの骨のバケモノである『六道窮鬼』と、それに立ち向かう黒染めの『デスペラード』。
エネミーの腕や『ランサー』クラスの『陣術』を足場に飛び回る彼――[エッジ]さんの戦闘はとても正気の沙汰とは思えないが、それで戦闘が成立してしまっているのだから笑えない。というか笑うしかない。
観戦していた仲間たちが興奮気味にチャットでまくし立てるわけだ。
もし足を踏み外せば落下ダメージだけで下手すれば死ねる高さだというのに、あの人には恐怖心と言うものがないのだろうか。
いや、そんなものを持ち合わせていればそもそも『六道窮鬼』と一騎打ちなどしないか。
「…………」
きりきり、と弦を引き絞り、機を伺う。
援護する、と豪語したところで私程度に大したことができるとは思っていない。
私は至って凡百のプレイヤーで、あんな異次元の戦闘に追従できるスキルなんてない。
『アーチャー』は私の天職だと思っている。
心を凪にして、精神を研ぎ澄まし、狙いを定めるという一種のルーチンがこの上なく性に合っていると感じるのだ。
反射神経は人並みだけど、動体視力には自信がある。
加えて『アーチャー』のクラススキルは『鷹の目』。索敵範囲と視力を強化するスキルだ。
ここからでは米粒に見える[エッジ]さんの一挙手一投足まで克明に捉えることができる。
気負わず、ひょう、と一矢を放つ。
乗せるアサルトスキルは『射雅』。射程距離を強化するスキルだ。
緩やかな放物線を描いた矢は、私の空色のマナで微かな尾を引きながら、[エッジ]さんと『六道窮鬼』の中間くらいの空間を飛び抜けて落ちていった。
なににも当たらず、なんの意味もないような一矢。
気付いて、と私は願う。
「…………!」
願いが通じたのか、[エッジ]さんが私のほうを見た。
ほんの一瞬であったし、彼はフルフェイスのメットを着けているので視線からは判断できないが、彼は間違いなく、微かにこちらに顔を向けたのだ。
彼は私の存在に気付いてくれた、と確信して次の矢をつがえる。
彼を援護する、と豪語した私は、しかしその実『六道窮鬼』を攻撃するつもりなんてさらさらなかった。
考えるまでもなく無意味だからだ。
まず攻撃が届くかどうかが賭けだし、届いたところで十中八九ダメージにもなるまい。
だが、そんな私にも出来ることがある。
『六道窮鬼』ではなく[エッジ]さんを撃つことだ。
正確には、フレンドリーファイヤを『パリング』なり『内力相殺』なりしてもらえれば、彼の『カルマ』を溜める手伝いができると踏んだのだ。
味方からの攻撃で『カルマ』を溜める、と言う行為だが、これを近接職同士でやるのは結構難しいと聞く。
要はシステムに『攻撃』であると判断される必要があるので、例えば『デスペラード』同士がお互いに『カルマ』を溜めるために殴りあったとしても、そこに無意識の手加減とかがあると、システムにそれを見抜かれてしまうらしいのだ。
その点、飛び道具ならば手加減の入る余地がないので確実だ。
もっとも、それは逆に言えば本当にフレンドリーファイアで味方を撃墜しかねないという危険を孕んでいるわけだが。
「くっ……」
矢をつがえ、[エッジ]さんに狙いを定めておきながら、私はそれを中々放てないでいた。
だって、彼はこちらに気付いてくれたかもしれないが、まさか私に撃たれるとは思っていないかもしれない。というか、普通に考えればそんなことは考えないだろう。
もし、私が完全に彼の不意を突いてしまった場合、私の矢は彼に小さいダメージを与え、そしてそれは『六道窮鬼』に決定的な隙を晒すきっかけになることだろう。
私の浅慮が原因で、戦線が崩壊するかもしれないのだ。
だが、『六道窮鬼』にダメージを通そうと思えば『カルマ』は必須のはずだ。
あの[エッジ]さんは類まれな技量で『六道窮鬼』の攻撃をいなしつつ『カルマ』を着実に溜めてはいるが、圧倒的に供給量が足りていない。
じりじり、と焦れる私は[エッジ]さんを注視していたからこそ気付いた。
虚空に展開した陣の上に立った彼が、ほんの一瞬、こちらに手招きをしたのだ。
人差し指だけを『ちょいちょい』と動かしただけだったので、正確には指招きだろうか。
彼はその直後に『六道窮鬼』の攻撃を躱すために跳び退ってしまったので、しっかり確認することはできなかったが、あれは確かに。
ええい、
「信じますからね――――『射雅』!」」
ままよ、とばかりに放った一矢は吸い込まれるように彼へと飛翔し、
――キィン!
小気味よいSEを立てて大鎌に弾き飛ばされた。
こちらを見もせずに『パリング』した彼の大鎌に表示される数字は、確かに『II』から『III』に増加している。
「せ、成功した……?」
自分でやっておきながら、信じられないものを見た心地で放心しかけていた私は、次の瞬間瞠目する羽目になる。
[エッジ]さんが、またもや手招きしてきたからだ。
今度は人差し指一本と言わず、文字通りの手招きである。
それが意味するところはただ一つだ。
一発じゃ足りねえんだが?
そう、彼の言葉が聞こえてくるかのようだった。
忘れそうになるが、『六道窮鬼』の壮絶な攻撃をしのぎながら、片手間にそう要求してきているのである。
なんて人だ。
呆れに似た感情が浮かんでくるが、同時に嬉しくもあった。
そんな人に、自分は今、必要とされている!
「ドジって食らったりしないでくださいよ、っと――――『飛燕』!」
マシンガンの如き七連射。
目標の彼がせわしなく動き回っているせいで前半の四矢はあらぬ方向へと消えていったが、残りの三矢はドンピシャだ。
――キキキィン!
続けざまに飛来した三本の矢を、[エッジ]さんはこともなげに、大鎌を回転させて連続で『パリング』した。
「あはは……すっごいなぁ」
銃弾よりは遅いとはいえ、弓矢ですよ?
『パリング』の成功条件は攻撃に対して別ベクトルの迎撃を決めることだ。つまりは、飛来する矢をほぼ真横から叩く必要があるわけだ。平地で一回成功させるだけならまだしも、あんな安定の『あ』の字すらないような足場で、続けざまに三本である。
しかもあの人、飛来する矢を見てすらいない。
自分に向かって飛んでくる矢の風切り音と言うのは意外と聞こえるものだが、もしかしなくても音だけで判断して『パリング』しているのだろう。
もはや、乾いた笑いしか出ないというものだ。
何はともあれ、そこから[エッジ]さんの攻め手は劇的に勢いを増した。
私と言う『カルマ』供給手段ができたことで、攻撃のために『カルマ』を温存する必要がなくなり、移動スキルにも積極的にデスペラードスキルを使えるようになったからだ。
[まほうねこ]さんが伝えてくれる状況によると、どうやら下の戦いも優勢のようだ。
やはり、前衛を務めてくれる人材が居るかどうかは大きいのだろう。その前衛が優秀であるならばなおさら。
あの[エッジ]さんとは流石に比べられないが、[ゆうと]くんや[GOEMON]さんだってじゅうぶんに優秀と表現してよいプレイヤーだろう。
やっぱり、最前線でやっていこうと思ったら、射撃パじゃ厳しいかなぁ、などと余計な思考が過る。
少なくとも、状況次第では前衛に変われるプレイヤーは必要だろう。現状の私たちのパーティーにはそれすらないのだ。皆揃いも揃って射撃専門か、セカンダリにしても魔法職なのだから。
ところで、余計な思考ができるということは、余裕があるということだ。
それは言い換えれば、油断だった。
「え……?」
適切なタイミングで矢を届けられるように、と[エッジ]さんを注視していた私は、彼がこちらに向かってひらひらと手を振っていることに気付く。
手を振ると言っても挨拶的なそれではなく、言うなれば「あっちいけ」とでも言わんばかりの、シッシとぞんざいに手を振る感じだ。
上手くやっていたはずなのに突然邪険にされる意味が分からなくて、私は理由を探して視線を巡らせて、ようやく気付いた。
『六道窮鬼』だ。
そのバケモノじみた頭蓋骨の中で、青白い鬼火が凄まじい密度で収束している。
鬼火の攻撃が来る予備動作だ。
なんたる迂闊。
[エッジ]さんの援護ばかり気にしていて、肝心のエネミーへの注意が疎かになっていた。
口腔に鬼火を収束しているということは、来るのは直射砲か誘導弾だ。
前者ならば狙われるのは確実に[エッジ]さんだから、言い方は悪いが私が慌てる必要はない。
だが後者ならば、彼の援護をしている私は確実にターゲットの一つに入っているだろう。
そして、このタイミングで撃ってくるということは十中八九誘導弾で、一番厄介な[エッジ]さんと、そのサポートをしている羽虫をもろともに潰しに来たのだろう。それがわかっていて、彼は私に『逃げろ』と伝えてくれていたのだ。
「ああもうっ」
顎が外れそうなくらいに開かれた『六道窮鬼』の顎門から、莫大な規模の鬼火が放たれる。
それは火焔の奔流となって『六道窮鬼』の眼前の空間を蹂躙し、そこから無数に枝分かれして、まるで傘を広げる大樹のように戦闘エリアの方々へと散っていく。
まるきり流星群――天災規模の攻撃だった。
ターゲットは戦闘経過から判断した脅威度に基づいて決定されているので、当然[エッジ]さんには最も多くの弾が降り注ぎ、レイド開始時から多くの『屍鬼』を屠ってきた私と[ガレオン]さんのパーティーの元にも少なからず。
そして、言うまでもなく、私個人を狙った弾も、ある。
真っ当に対応するには遅きに失した。
私の耐久力では、直撃を受ければ即死できる。
「こんなの、一度でじゅうぶんなのにぃ!!」
手段を選んでいる余裕なんてない。
やけくそ気味に叫んで、私は本日二度目となる城郭からのダイブを敢行するのだった。
◇◇◇
(なんとか避けてくれたか……?)
なんかヤケクソっぽく飛び降りた『アーチャー』の女性の姿を視界の端で捉え、俺はとりあえず安堵した。
あそこに登る能力があるのだから、飛び降りても死にはしないだろう。
彼女の援護のおかげでだいぶ助かっていたのは事実だから、俺の援護をしたせいで死なれては申し訳なさすぎる。
そんな思いは適当に仕舞っておいて、俺は自分自身に差し向けられた鬼火の誘導弾を見据える。
一つ一つが人間大で、サイズが大きいせいで遠目からは弾速が緩やかに錯覚しがちだが、実施の速度は先程までの援護の矢の飛翔速度と遜色ないくらいだろう。目測を誤ると即座に直撃しかねない。
だが、まあ、だからなんだというわけでもない。
俺にとっては脅威でも何でもない。
セカンダリの『ランサー』のクラススキルで虚空に展開した『八卦地顎陣』に立った俺は、尋常に腰を据えて大鎌を構えた。
前方から飛来する複数の誘導弾に対して、タイミングを合わせて真横からぶったたくように大鎌を打ち込んでいく。
小さな矢を『パリング』することを思えば、こんなのは的がでかくなってやりやすくなっただけだ。
相手が火の塊であり、実体がないので、確実に『芯』を捉えて攻撃しないと『パリング』が発動しないのは注意が必要だが。
降り注ぐ鬼火の雨を片っ端から『パリング』してやると、瞬く間に『カルマ』が最大まで溜まった。
鬼火を放った『六道窮鬼』は術後硬直ですぐには動けないはずだ。
この好機を逃す手はない、と跳躍しようとした俺は、PSIの表示を見て寸前で踏み止まった。
「蒼月!会長!?」
PSIに表示されたパーティーメンバーの二人のHPがいきなり減少したからだ。
会長こと[Re:synchronicity]のHPは一割程度が削れただけだったが、蒼月こと[Blue Moon]のHPが一気に八割がたごっそり減った。
タイミングを考えれば鬼火を食らったのか?
だが会長は『神託』で俺のステータスを引き上げてくれているが、そうであるがゆえに戦闘には参加していないし、蒼月に至っては今のところ何もしていないはずで、『六道窮鬼』に狙われる理由がない。
耳元に手を翳し、インカムの魔法陣を展開して会長に繋ぐ。
「会長!」
『すまない[エッジ]くん。鬼火を食らった。おそらく純然たる流れ弾だろう。そのせいで反応が遅れたようだ』
「蒼月は無事ですか?」
『ああ。私を庇って鬼火を受けたが、セカンダリが『プリースト』だったのが幸いしたな。私のほうはちょっとした落下ダメージを受けた程度だ。大事ないよ』
ひとまずは大丈夫そうだ。
『プリースト』は魔法職として魔法防御力にも秀でているので、おかげで蒼月は鬼火に耐えられたのだろう。直撃に対して防御が間に合ったのか、あるいは余波だから助かったのかは定かでないが、なんにせよ『プリースト』なのだから自力で回復するだろう。
などと言っているうちに、表示された蒼月のHPは既に最大値まで回復していた。
ついでに会長も。
『だが、状況は良くない。小天守から叩き落されたせいで、雑魚エネミーに見つかった』
「俺が行きましょうか?」
『窮鬼を連れて、かい? よしてくれたまえ。どの道時間の問題だったのだ。少し予定が早まったと思って、味方との合流を目指すよ』
確かに、エネミーの損耗率から見てそろそろ大型『屍鬼』による空挺が始まるらしいので、そうなれば結局同じような状況に陥っていたかもしれない。
俺が『六道窮鬼』のヘイトを持っている以上、会長は連れて来てくれるなと言っているが、そうだとしてももしもの場合は救援に行かざるを得ないだろう。なにせ、一時的にでも会長の『神託』が消えるような事態になれば、その時点で詰んだも同然だ。
心配は尽きないが、だが他人を心配していられるほど余裕のある状況でもない。
援護してくれた『アーチャー』が戻ってきてくれるかはわからないが、足場がぶっ飛んだ以上すぐには無理だろう。
加えて、じきに日も落ちる。
『そろそろ、肉眼でキミの雄姿を見たいと思っていたところだ』
「見えますか?」
『そのために、今近付いてる。だが昏くなってきたからな。鬼火とマナの光でキミたちの位置関係くらいはここからでも見えているぞ』
なるほど。
流石に、エネミーから逃げながらカメラドローンの映像を確認する余裕はないか。
彼女から肉眼で俺が見えるということは、たぶん俺のほうからも会長の橙色のマナの輝きは見えるのだろう。振り返って探すわけにはいかないが。
『そら。窮鬼が動き出したぞ』
「わかっていますよ」
鬼火の術後硬直を逃したのは痛いが、過ぎたことを悔やんでも仕方あるまい。『カルマ』は満タンなのだから、結局は近寄って叩き込んでやるだけの話だ。
『六道窮鬼』が横薙ぎに腕を振り抜いてきたのは、ちょうど足場にしていた『八卦地顎陣』の効果時間が終わるくらいのタイミングだった。
俺はタイミングを計って、敢えて『六道窮鬼』の腕に接近する方向に跳躍する。
『パリング』をするのであれば自分から突っ込んだほうがやりやすいからだ。
『――――ん?』
その時、繋がったままになっていたインカムから、会長の訝るような声が。
『六道窮鬼』との戦闘にも慣れてきて、俺の注意力が散漫だったのかもしれない。
あるいは、遠くから戦況を伺っていた会長だから気付けたのかもしれない。
『違うッ!腕はブラフだッ!――――――砲撃が来るぞ!!』
会長の叫びを聞いて、俺はようやく失敗を悟った。
もはや条件反射のように機械的に『六道窮鬼』の腕を『パリング』しつつ、視線をヤツの顔面へと向けると、その口腔内には先程と同じく収束する鬼火の激烈な輝きが燈っていた。
鬼火を連続で使ってこない、なんて誰が決めたんだ。
『パリング』を成功させたせいで、俺の身体は空を泳いでいる。このまま足場を作って空中機動を行うつもりだったが、どう考えても『六道窮鬼』が砲撃を放つほうが速い。
思考が目まぐるしく回るせいか、顎門を開く『六道窮鬼』の挙動がスローに見える。
直射砲とやらが大鎌で横から叩ける規模の攻撃であれば『パリング』できるが、望み薄だろう。
『ランブルアクセル』ならば空中で使えるが、直進できないあれの移動量ではとても回避しきれるとは思えない。焼け石に水だ。
となると最早、取り得る手段は『内力相殺』しかない。
だが、会長も言っていたように、おそらく相殺したところで致命傷は免れないだろう。
つまり、
「死ん――――」
俺の視界が、鬼火の青白い光に満たされる。
◇◇◇
その瞬間、私にできることは何もなかった。
エネミーからの逃亡途中の城郭の上。遠く見える『六道窮鬼』の頭部の鬼火が輝きを強めていることに気付いて[エッジ]くんに注意喚起したところまでは良かったが、それは絶対的に遅すぎたのだ。
せめて、彼が腕を『パリング』するために動く前に伝えられれば違っていただろう。
だが、彼は既に動いてしまっていて。
彼がどれほど優れたプレイヤーであったとしても、空は飛べないのだ。
彼が鬼火の奔流に飲み込まれるさまを見ていることしかできないはずだった私は、それでも何かできることはないのかと探し続けていた。
視線は釘付けのまま、思考だけが空転し続け。
だからこそ。
その時、唐突にPSIに届いた『その要請』を、ほとんど反射的に承認していた。
◇◇◇
『――――下から撃つ。上手く使え』
唐突にインカムから響いた『知らない男』の声に、だが俺は反応した。
『六道窮鬼』の鬼火が放たれるより刹那の差で速く、直下の城郭から漆黒のマナが迸った。
人間一人くらいなら飲み込めそうな、極太の砲撃だった。
謎の声の宣言通り、その砲撃は俺のアバターを真下から直撃し、そのまま飲み込まんとする。
俺は咄嗟に『内力相殺』を合わせ、緋色のマナを撒き散らして漆黒の砲撃に反発する。
結果として、俺のアバターは更に上空へと吹っ飛び、直後、俺が居たはずの空間が鬼火の奔流に蹂躙された。
逢魔が時の空をその瞬間だけ白に染め上げるほどの、狂気的な輝き、圧倒的な規模、そして莫大な熱量。
空中の俺を狙い撃った鬼火の砲撃は、的を外し、そのまま空の彼方まで一条の帯となってぶち抜いていく。
あれがもし、地表に放たれていたらと思うとゾッとする。
その状況を回避できただけでも、俺が死に掛けた意味はあったかもしれない。
同時に、たった一個人にあんな天災みたいな攻撃を使ってくるとは、どうやら『六道窮鬼』は俺の存在を余程腹に据えかねているようだ。
俺を救った黒い砲撃。
たぶん、見たことのないスキルだったが、と言うことはおそらく『ガンスリンガー』のアサルトスキルだろう。
俺の窮地を見て取ったどこかの誰かが、助太刀してくれたようだ。
もし『内力相殺』が失敗していれば、二つの砲撃によるクロスファイアに飲み込まれて蒸発していたであろうことは、気にしないことにしよう。
結果オーライだ。
それなりにダメージも通ったが、鬼火に比べれば掠り傷だろう。
展開しっぱなしのインカムから別の声が聞こえてきた。
今度は、少しだけ舌足らずな、幼い少女じみた声音だった。
『わたしたちが道をつくります』
「ん?キミは――」
『犬のおねーさんみたいに、上手にできなかったらごめんなさい』
その言葉を皮切りに、地上から複数の飛翔物が放たれた。
風切り音を立てて回転しながら現れたのは、どうやら『投剣』のようだった。
その投剣の影を追うように連続して銃声が轟き、俺と『六道窮鬼』の頭部との間をつなぐように、投剣を空間に縛り付ける。
『バインドバレット』だ。
道をつくると言ってくれた幼い声の主が、おそらく投剣の使い手で、それをクレー射撃のように寸分たがわず狙撃してのけたのが、先の漆黒の砲撃を放った『ガンスリンガー』の男だろう。
「道、ね……」
ここまでお膳立てしてもらったら、乗らないわけにはいくまい。
バインドされた投剣の並びはお世辞にも綺麗とは言い難いが、無理じゃない。
俺の目には、既に取るべき軌道が見えていた。
まず、最初の一つが既に俺の落下軌道から外れているので、俺は迷わず『ランブルアクセル』を発動。
強制的にトルクを与えられ、俺の身体は高速で回転しつつ、軌道を跳ね上げる。
回転する視界の中、宙に浮く投剣と交差する一瞬を逃さず、蹴りつけて『虎牙輪転』へと繋ぐ。
『虎牙輪転』の進行方向は『入り』の時に踏み込んだ方向だ。
『ランブルアクセル』の発動中に方向を精密に決めるのは流石に無理なので、大雑把に次の投剣の方向へと飛び、誤差はさらに『ランブルアクセル』を重ねることで強引に修正する。
これだけ視界が回転してしまえば、俺自身がどちらに向いているのかなんて殆ど把握できていない。
どうせ、目で見て判断できる速度域の話ではないのだから、信じるのは、自分の直感と三半規管だけだ。
俺の直感が導き出した軌道に、アバターを乗せるだけ。
やり方は、身体が理解している。
果たして、磨き抜かれた感覚は、正しく俺の身体を『六道窮鬼』の眼前まで辿り着かせる。
「――待たせたな!!」
今度こそ、『六道窮鬼』は鬼火の直射砲を撃った術後の硬直から抜け出せていない。
俺のほうもここまでの移動でSPをほとんど使いつくしてしまったので、即座にスキルを繰り出せない。
仕方ないので、移動中は消していた大鎌を呼び出すことはせず、無手のまま『六道窮鬼』の頭部に着地する。
そうして振り上げるのは、俺の最も信頼している武器だ。
「最初から、こうしておけば良かったかもな!」
振り上げた打甲にマナの輝きが宿る。
繰り出すのは、マウントポジションから打ち下ろしのアサルトスキル『穿皎撃』だ。
使用状況が限られる代わりに、威力だけは折り紙付きだ。
「からの――」
飛距離を稼ぐために移動に盛大に使ったので、残りの『カルマ』は『II』しかない。
示し合わせたように、『穿皎撃』の強化に必要な『カルマ』もまた、二つだ。
手持ちの『カルマ』と引き換えに、振り被った俺の拳が更なる光を纏い、強靭な輝きを放つ。
「『牙王撃』!!」
俺が振り下ろした鉄拳が『六道窮鬼』の黒染めの頭蓋骨を強かに打ち、ついに、その表面に深々と亀裂を刻みこんだ。
◇◇◇
[エッジ]くんの一撃を見届けたようなタイミングで、インカムから広域チャットが届く。
『――『Eisen Flugel』の[ガルム]だ。パーティーリーダー各位に『レギオン』を要請する』
『レギオン』という戦力単位がある。
このゲームの戦力単位とは、最も小さいものが『プレイヤー』。いわゆるソロと言うやつだ。
プレイヤーが二人から五人まで集まって徒党を組んだのが『パーティー』。
その上、二つから六つのパーティーが徒党を組んだ最大三十人からなる単位が『レギオン』。
そして最上位、上記のすべてを内包できる上限人数のない戦力単位が『ユニオン』となる。
あの一瞬。
[エッジ]くんにむけて鬼火が放たれる間際に私のPSIに届いたのが、まさにかの[ガルム]というプレイヤーからの『レギオン』参加要請だったのだ。レギオンメンバーとなればパーティーと同じくインカムで遠距離の会話ができるので、おそらく、[ガルム]は[エッジ]くんに援護の砲撃を放つ前に警告を入れるべく、先んじて私だけに要請を飛ばしてきたのだろう。
私が[エッジ]くんのパーティーリーダーであるとどうやって判断したのかわからないが、今となっては些事だろう。
結果的に[ガルム]の判断と行動は極めて有効で、[エッジ]くんは絶体絶命の危機を脱した。
「すまないね。蒼月くん。勝手に『レギオン』を受けてしまった」
『いえ。正解だったみたいですし、構いませんよ』
基本的にプレイヤーが徒党を組むことにはメリットしかないが、こと『ユニオンレイド』では少しだけ話が違う。
イレギュラーエネミーを討伐した時にドロップする激レア素材は、とどめをさしたプレイヤーが所属しているパーティーの参加者全員が手に入れることができるが、そのパーティーが更にレギオンを組んでいた場合は、レギオンに参加している各パーティーのリーダー全員に与えられるのだ。
要は、これでもし[エッジ]くんが『六道窮鬼』にとどめをさしたとしても、彼と蒼月くんに素材は入らず、私と[ガルム]を含む各リーダーだけが素材を手に入れるのだ。
『それに[ガルム]って言ったら、ちょっとした有名人ですよ』
「ああ」
四大クランの一角である『Eisen Flugel』は、その巨大な構成人数を管理するために幹部級の役職が設けられていると聞く。
便宜的に『部隊長』と呼ばれている幹部プレイヤーの一人。それが[ガルム]だ。
四大クランの有力プレイヤーというのは、ストーリーレイドとか季節イベントの際に公式が配信しているライブとかにゲスト参加しているような連中なので、それなりに有名人が多いのだ。
『EF』で言えば、四人存在する『部隊長』の中では[ガルム]は副団長兼任の[Olivier385]の次に外部への露出が多い人物だ。
私も何度か動画で見かけたことがあるが、性格は真面目で実直、卓越した『ガンスリンガー』で、同じく『EF』に所属しているらしい妹を溺愛している、若い男性プレイヤーというのが一般に知られている人物像だろう。
『なんか、[エッジ]先輩とめちゃくちゃ気が合いそうな人ですよね(´-ω-`)』
「どうかな。お互いの妹自慢が始まって壮絶な喧嘩に発展するかもしれんぞ?」
『ああー。ありそう』
ちなみに[エッジ]くんの自慢の妹君のことは、私は話に聞いているだけで交流はない。彼とともにいる姿(無論ゲーム内でのことだ)をちらっと何度か見かけたことがあるかな~程度の認識だ。
などと言っているうちに、先程[ガルム]が飛ばしたレギオン参加要請に続々と承認が返ってきて、私たちのPSIに表示されるプレイヤー名が爆発的に増大した。
流石に[ガルム]のネームバリューが効いたのか、あるいは現状最もとどめに近い位置に居る[エッジ]くんのおこぼれに預かろうとしたのか、私の知るなかでもかなり迅速にレギオンの定員がそろったように思える。
もっとも、私のパーティーが三人しか居ないので、厳密には定員ではない。我々以外のパーティーはすべてフルメンバーなので、レギオン参加プレイヤーは総勢28名だ。
[ガルム]が戦況を見て、腕が立つと判断したパーティーを選んで要請を飛ばしているだろうから、表示されるプレイヤーは誰も彼も最前線慣れしてそうな一線級のレベルの持ち主ばかりだ。
一番派手にやらかしている[エッジ]くんが一番レベルが低いというのだから、少なからず妙な感じだ。
『各位の協力に感謝する』
あまり感情の乗らない平坦な声音で[ガルム]が告げる。
一拍置いて、彼が各パーティーに指示を出し始めた。
『……[子龍]のパーティーはもう一度[エッジ]の援護に動いてくれ。彼に『カルマ』を与える必要がある』
『了解です』
『今[子龍]嬢ちゃんと一緒に居るが、俺らはどうすんだ?』
[ガルム]の言葉は特に対象を指定しない『オープンチャット』で発信されているので、その会話はレギオン参加プレイヤーの全員が聞こえる。相手を選んで発信することももちろんできるし、受信側も相手を選んで受け取ることができる。全員が一斉にしゃべっている状況でも、聞きたい人の声だけを選んで聞くこともできるというわけだ。
と、そこで聞きなれた声が会話に割り込んだ。
『横からすまんが、一つ頼みがある』
どよめくような驚愕の気配が伝わってくる。
それもそのはず、おそらくレギオンに参加している誰の目からでも、今まさに『六道窮鬼』の両腕を掻い潜って壮絶な空中戦を繰り広げている彼の姿が見えているだろうからだ。
言うまでもないが、話に割って入ってきたのは[エッジ]くんだ。
『六道窮鬼』の拳を『パリング』しながら、平然とチャットに参加してきているのだから、驚かないほうが無理だ。
そこに、同じく平然と返答するのが[ガルム]だ。
『聞こう』
『俺をこのまま戦わせておくつもりがあるなら、俺のパーティーを守ってやってくれ』
『『神託』だな』
『ああ』
[エッジ]くんの提案は願ってもない、というか私のほうから言おうと思っていたことだ。
もともと、大型『屍鬼』の空挺が始まれば小天守に隠れていることもできなくなるかもしれなかったので、状況によってはプレイヤーの人口密度が高い場所に移動してちゃっかり守ってもらおうかと考えていたのだ。
こちらからレギオンを持ち掛けるつもりは全然なくて、他のプレイヤーを囮にして生き残ろうと思っていただけである。
こうして図らずもレギオンに参加することになった以上、堂々と護衛を要請するのは当然の権利だ。
こちらは対価として[エッジ]くんの規格外の戦闘力を提供しているのだから。
[ガルム]は特に考えるでもなく、当然のように了承した。
『もとよりそのつもりだ。――と、いうわけだ。[ガレオン]のパーティーは後退して[Re:synchronicity]のパーティーと合流してくれ』
『そのままええと、そのシンクロさんを守ればいいんだな?』
すみませんね、言いにくい名前で。
『そうだ』
『そういうことなら任された。待ってろすぐ行く!』
マップに表示された[ガレオン]氏のパーティーが迅速に移動し始めたのを確認して、私もそちらに向かって進路を修正する。
「聞いての通りだから、蒼月くん、もうひと頑張り頼むよ」
『がってん!(`・ω・´)ゞ』
「いつも思うのだが、キミ、その顔文字どうやって入力しているのかね?」
『企業秘密です(´-ω-`)』
あくとじゅうろく。えんど。
本日の企業秘密。
子龍「嬢ちゃんって歳でもないのですが……」
ガレオン「つっても俺よりは年下だろ?」
子龍「(ごにょごにょ……)」
ガレオン「タメかよ!?」
子龍「アラサーって言うなぁ!!」




