Act10:レベルが足りねえなら、レベリングするだけだろ
あくとじゅう。
友達のカナにこのゲームを始めたことを打ち明けた、その日の夜。
わたしは早速、ゲーム内で彼女と待ち合わせをしていた。
場所は『始まりの街』の一角。『ポートサイド』と呼ばれる港湾区画、遊歩道途中の臨海広場だ。
わたしがこのゲームを始めた日、ひとりでぽてぽてと歩いていた場所である。
リアルの時刻は夜だけど、ゲームの中では早朝だ。
紺碧の海を臨むわたしの視界には、うっすらと朝靄の白がかかっていて、さっきようやく空が明るくなり始めたくらいの時刻だった。
「はぁー……」
吐いた息が白く煙る。
あらためて、本当に現実みたいなリアルさに感動する。
息を呑んだり、ため息を吐いたりできるように、わたしたちのアバターは疑似的に呼吸すらもしているのだ。
早朝の『始まりの街』はちゃんと肌寒いし、非公開のアルゴリズムによって決定するらしい日ごとの環境条件の設定次第では、こうやって息が白くなるほどに冷え込んだりもする。
とはいってもリアルは良い時間なわけで、プレイヤーの多い場所に行けばいつも通りの喧騒が迎えてくれることだろう。
ゲーム内の朝の静謐をちょっと感じてみたくて、ひと気のないこの場所を待ち合わせに指定してみたのだ。
同じことを考えているプレイヤーもちらほら居るみたいで、『ポートサイド』に点在するプレイヤーたちは皆思い思いに朝の空気感を楽しんでいるようだった。
海に向かってカメラを構えてみたり(※SS勢)、ゲームの中なのにベンチで転寝してみたり(※放置勢)、新聞のようなものを広げてみたり(※ロールプレイ勢)。
わたしには、それらが意味がある行為なのかはわからないけど、わたしが息を吐いてみたくなったみたいに、なんとなくやってみたくなる気持ちはわかる。
「…………そろそろかな?」
リアルの友達であるカナこと[Canaan]とは普通にゲーム外で連絡を取り合えるので、十分ほど前に『今から向かう』と連絡を受けている。
でも、折角こんなにリアルな仮想現実に居るのに、外で連絡を取りながら、というのは無粋が過ぎるので。
[Canaan]には集合場所だけ教えて、あとはお互いに連絡を取らないことにしている。
朝靄の中をどこぞへと出港して行く船の姿をぼんやり見守っていると、背後から声が。
「…………[アリア]、来たよ」
振り向くと、わたしよりも少しだけ背の高い女性アバターの姿。
プレイヤーネームは[Canaan]――まあ、見るまでもなく声と口調で即座にわかっていたのだけど。
お互いのアバターの名前以外は殆ど教えあっていなかったので、思わず、まじまじと観察してしまう。
[Canaan]の服装は、大人しくて目立つことを嫌うリアルの彼女とは打って変わって、かなりアグレッシブな印象だ。少なくとも、そんなおみ足が剥き出しのホットパンツなんて、リアルで穿いている姿は見たこともない。てか、たぶん持ってない。
わたしの『スカウトポプシー』の超ミニスカートも大概だけど、[Canaan]も同じくらい肌寒そうだ。
それから、焦げ茶色の頭髪を頭の上のほうで結わえているのだけど、髪質がすっごい癖っ毛で、なおかつ毛量がすさまじいので、シルエットがすっごいもさもさしてる。もしかして、ロングヘアーに憧れでもあったのかな?
わたしも、リオのさらさらロングストレートには少なからず憧れめいたものがあるけど。
で、なによりも目を惹くのが『犬耳』の存在だ。
頭の上にちょこんとのっかる犬耳が、時折ぴくっと動くのがたまらなくキュートだ。
なんか、ものすっごくキャラが立ってる。
圧倒的な個性を感じる……!
「ううむ……なんか、見た目だけでも既に『やり込んでる感』を感じますねぇ」
「最初に言うこと、それなの……?」
[Canaan]の犬耳がへにょん、と倒れた。
あ、ちょっと面白いぞこれ。
「というか[アリア]、も……とても始めたばかりには、見えない」
「えへへぇ。そうでしょ」
その場でくるりと回って見せると、はしゃぐわたしが面白いのか、[Canaan]が口元を緩めた。
ちなみに、この服を作ってくれた[†TAKUAN†]さんにも相談したパンチラ問題だけど、結局[さや]ちゃんに使っていないスパッツを譲ってもらうことで一応解決した。ただ、そしたら次の問題が出てきてしまって。
このゲームの仕様としてインナーは絶対に脱げないので、常になにかしらのインナーは身に着けていないといけない。
そう。パンティラインが透けるのだ……!
スパッツ越しにわりとくっきりと。
黒のスパッツで柄が透けないことだけが救いか。
まあ、パンチラよりはマシだし、自分が気になっちゃうだけで他人が見てもあんまりわかんないだろうから、どうでもいいっちゃいいんだけども。
「そこんとこ、カナはどう思います?」
問いつつ、ちらっとしてみせると[Canaan]は一瞬訝し気な顔になったけど、すぐに「ああ」と得心したようだ。
やっぱり、みんな通る道なんだネ……!
「ぱんつあげる……透けないヤツ」
「おお!ありがとうございます」
なにもそんなところまでリアルを追求しなくてもいいのに、と思わなくもないのだけど。
いわく『リアルさを取捨選択したら、その時点でリアルではない』というのがこのゲームのチーフプロデューサー氏の言葉らしい。
「なんで自分たち、会って二言目にぱんつの話してるの……?」
「そんなの、仲良しだからに決まってるじゃないですか」
やだなーもう、と笑って見せると、[Canaan]はちょっとはにかんで「そっか……」と頷いた。
仲良しというワードに弱い[Canaan]、ほんとチョロかわいい。
もっとも、遠慮なしでなんでも言える関係という意味では、決して間違いではないのだけど。
◇◇◇
ゲーム内時間の経過はリアルよりも早いので、[アリア]と合流した時には早朝だった時刻も、彼女と雑談しながら『始まりの街』を歩いて、小一時間もする頃にはすっかり高い位置に日が昇っていた。
友達にこのゲームのことを話せるのが嬉しくて、ほとんど自分が一方的にまくし立てちゃったんだけど、[アリア]は嫌な顔一つせず興味津々に、笑顔で話を聞いてくれていた。
「それにしても、カナに[アリア]って呼ばれると、なんか新鮮ですっ」
彼女のプレイヤーネームはおそらく、本名をもじって付けたものなんだろう。
自分はいつも、リアルでは彼女を名字で呼んでいるんで、[アリア]呼びは下の名前で呼んでいるみたいで新鮮なのかもしれない。
「ていうか、リアルでも普通に名前で呼んでくれればいいのに。なんでです?」
「別に……最初の呼び方が、そのままになってるだけ」
最初は普通に『千瞳さん』。ちょっと仲良くなったので呼び捨てにして『千瞳』。そしてなんか知らんけどそのまま固定されて今に至る。
ちなみに他の二人については。
ミクは『御厨』からとったニックネームだ。あの子は下の名前である『茜』と言うのが自分には似合わない名前であると思ってる節があるんで、あんまり呼んでもらいたくないみたいだ。
理音さんは出会った時から『理音さん』だった。最初から何故か下の名前で呼んでいたし、仲良くなっても『さん』が取れない。あの子を呼び捨てにするなんて自分には無理だ。自分の中のビビり根性が、あの子の王者の風格に全面降伏待ったなし(?)なんだ。
「…………ん?」
特に目的地も決めず歩いていると、『始まりの街』の雑踏の中に見知った顔を見つけた。
自慢じゃないが自分は友達が劇的に少ないんで、これはつまり奇跡が起きたと言っても過言ではない。
まあ、ようは[エッジ]を見かけただけなんだけど。
彼のほうはこちらには気づいていない様子で、ゆったりとした足取りで前方を横切ろうとしている。方向的にみて、おそらく『ポータル』に行くつもりだろう。
そういえば、そもそも彼はなぜ『始まりの街』を拠点にしているんだろう。拠点設定する街マップはプレイヤーが任意に選べるんだが、自分が『機術の枢密』を拠点としているように、普通は自分のレベル帯に近い街を拠点にする。拠点の恩恵は色々あるけど、一番大きいのは、拠点の街でないと『倉庫』を開くことができない点だ。
というわけで効率を求めれば自然と、自分が目下攻略対象にしているダンジョン等の最も近い街を拠点にすることになる。
聞くところによると、『始まりの街』を拠点にする理由として一番妥当なのは『初心者を教えるため』ということらしいが……?
「…………ちらっ」
「? なんですか?」
なんか、最近似た話を聞いた気がするなぁ。
詮無い妄想はさておき、考えるべきは[エッジ]を呼び止めるか否か、ということだ。
別に呼び止める理由はないんだけども、今この状況は自分が(ガチで)夢にまで見たシチュエーションである『友達に友達を紹介する』ができるチャンスなんだ。いや、[アリア]にしてみればいきなり見ず知らずの男性プレイヤーなんて紹介されたら困ってしまうかもだけど。
あとは、そう。
打算とか妄想とかは抜きにしても、[エッジ]を紹介したい気持ちはある。
だって、このゲームで自分に初めてできた友達なんだから。
悶々しててもしょうがないんで、とりあえず[アリア]に訊いてみよう。
あそこに自分のフレンドが居るんだけど~、と言えば彼女は普通に食いついてきそうな気はするし。
「[アリ――」
そう思って横を向くと、そこには誰も居なくて。
視線を前に戻すと、スカートの裾を翻らせてぱたぱたと駆ける友人の後ろ姿が。
彼女は走りながら大きく手を振って、
「[エッジ]さぁーんっ!!」
…………。
なん……だと……?
◇◇◇
「ほぇ~。こんな偶然あるんですねぇ」
言うのは、すっかり感心したような表情の[アリア]である。
最近すっかり聞きなれた感のある元気な声に呼ばれてみれば、案の定ぴょんぴょん跳ねるように駆けてくる[アリア]と、その後方で何故か愕然としている[Canaan]の姿を見つけたわけだが。
道端に場所を移し、街灯に寄り掛かって立つ俺の向かいには、レンガ塀に可愛らしく腰掛ける[アリア]と、その隣でむっつりと黙り込んだまま膝を抱え込んで丸くなっている[Canaan]だ。
事情を聞くと、どうやらこの二人、リアルで友人同士だったらしい。
「てことはえっとぉ、[エッジ]さんはわたしと会った、ほんとにすぐ後にカナとも出会ってた、ってことですよね!」
「まあ、数日空いてはいるが」
「なんか運命感じちゃいますっ!」
運命は流石に大袈裟だろう。
とはいえ、あそこで俺が[さや]と話していなければ[アリア]は話しかけてこなかったろうし、[†TAKUAN†]が素材収集の依頼をしてこなければ俺は『緑堕の森殿』に行かなかったろうし、そもそも虫系素材が高騰していなければ俺も[Canaan]もあの場には居なかったわけで。
そう考えると、奇跡的に偶然と偶然が重なった結果であるのは疑いようがない。
それを『運命』などと評するのは[アリア]が夢見がち――もとい純心だからで。
心が擦れた俺は『作為めいた偶然』などと表現したくなってしまう。
「んで」
いい加減触れてやるか。
俺はむっつりと黙りこくる茶色の毛玉を見下ろした。
「お嬢ちゃんは何が不満なんだ?」
「別に……不満では、ない……」
じゃあそのジト目やめてくれませんかねぇ……。
目が口ほどにモノを言っているんだが。
「話を聞く限り……自分と、アナタが出会った時には……アナタは既に、[アリア]とフレンドだった…………はず」
「まあ、そうだな」
ちなみに俺のフレンドリストを登録順でソートすると、この二人の名前が並ぶことになる。
「…………言ってくれればよかったのに」
「無茶を言うな」
[Canaan]もまさか本気で言っているわけではないだろうが、流石に苦笑を禁じえない。
察するに、[Canaan]の不満に明確な理由なんぞなくて、なんとなく面白くないだけなのだろう。
自分がこのゲームで初めてフレンドになった相手が、実はその数日前には自分の友達と既にフレンドになっていて、しかも図らずも両者からそれを隠されていたように感じてしまい、なんとなく面白くない。
まあそんなところだろう。
もう一人の当事者である[アリア]へと視線を向けると、彼女はにっこりと笑ってプライベートチャットを飛ばしてきた。
『この子、すごい可愛いと思いませんか?』
PSIから対象プレイヤーを指定してプライベートチャットを発信すると、両者間でしか発言していることが認識できなくなる。これには色々設定できて、例えば他プレイヤーにも聞こえるけどログには残らないとか、同じく聞こえるけど内容が認識できないようになるとか、今[アリア]が使ったのは他プレイヤーからは口が動いていることすらわからなくなる、最も機密性の高い設定だ。
着々とシステムを使いこなしつつある[アリア]にも微笑ましさを覚えながら、『まったくだ』と返答してやると、彼女はまるで大切な宝物を褒められたかのような幸せそうな顔を見せた。
「ところで[Canaan]」
「ん…………なに」
「お前、実は既にフレンドの人数で[アリア]に負けてんじゃねぇの?」
「!!!!!!!」
俺が初めてのフレンドであったのはさておき、この前はなんだかんだで[†TAKUAN†]ともフレンドになってたみたいだし、もしかしたら俺との出会いがきっかけでコミュ力に目覚めてメキメキお友達を増やしている可能性も微粒子レベルで存在していたらいいなぁ……という希望的観測というか願望に基づいて聞いてみたわけなのだが。
まるで雷の直撃を受けたような劇画調になった[Canaan]の顔を見て、俺は早くも察した。
ダメみたいですね。
「カナ、フレンド何人いるんです?」
そしてまるで悪意のない[アリア]が追い打ちをかける。
「さ、さんにん…………」
そっか……。
どう考えても俺と[†TAKUAN†]と[アリア]じゃねえか。
「ち、ちなみに……[アリア]は……?」
やめておけばいいのに、何故あえて傷口を抉りに行ってしまうのか。
聞かれた[アリア]は手元にフレンドリストを展開し、
「んー……五人ですね! やたっ!勝ちましたっ」
褒めて褒めてっ、とでも言うようにこちらを見てくるので、曖昧に笑っておく。
「えっとぉ、カナと[エッジ]さんに、[さや]ちゃんと[†TAKUAN†]さんに、それからオリヴィエさんですっ!」
「あきらかにおかしい人が一人居なかったか?」
「え? [†TAKUAN†]さんですか?」
いや確かにアイツは若干おかしいが。
というか既に[アリア]もそういう認識なのか。
[†TAKUAN†]よ、強く生きろ。
「お、オリヴィエって…………もしかして、[Olivier385]?」
「あっはい。その人です」
「…………」
恐る恐るの問いかけにあっさり肯定されてしまい、[Canaan]が絶句している。
「なんで『EF』の副団長が……[アリア]のフレンドになってるの…………?」
「[†TAKUAN†]の工房で会ったんじゃねえの? あの人たまに現れるからな」
「ちょっとなにいってるか、わかんない……」
オリヴィエこと[Olivier385]さんは巨大クラン『Eisen Flugel』の副団長を務める女性プレイヤーだ。
このゲームには現在『四大クラン』と呼ばれるものがあって、『EF』はそのうちの一つだ。
そこの副団長となると、要は数百人規模のプレイヤーを束ねる存在であり、このゲームの『最前線』に立ってダンジョンを攻略していく道標的存在でもある。[Olivier385]さんは、その画面映えするビジュアルも手伝って、公式のライブ配信なんかでも度々取り上げられる有名プレイヤーの一人であり、彼女のファンクラブをクラン名にしている集団まで居るとか居ないとか。
簡単に言えば、この仮想現実における芸能人みたいなものだ。
ちなみにあの人、見た目が傾きすぎてて話しかけづらい雰囲気があるけど、実は結構気さくな性格をしているので、フレンド申請をされたら案外あっさりと「いいよ」って言うと思う。
案の定[アリア]もそんな感じだったらしく、それを聞いた[Canaan]は『これだからコミュ力高い奴は……』とでもいいたげな顔をしていた。そんな気軽に申請できれば苦労しねえよ、ってところか。
フレンドと言う存在にどれだけ重きを置くか、というのは人それぞれであって、[Canaan]などは見るからに『本当に仲良くしたい相手』としかフレンドにならないタイプだろう。俺としては光栄なことだ。
件の[Olivier385]さんなんかは圧倒的に『とりあえず登録しとけばええやん』って考えるタイプだ。立場上、接するプレイヤー数が普通と比べて段違いに多いはずなので、基本的には一期一会の精神で来る者拒まずである。
登録人数には上限があるので、そこから親密になった相手はリストに残り続けるし、そうでなければ疎遠な人から登録解除していく。
[Canaan]には悪いが、実は俺もそのタイプだ。
「そう![†TAKUAN†]さんのところで会ったんですけど、オリヴィエさんは[エッジ]さんに会いにきてるって言ってましたよ?」
誤解を招く言い方をするんじゃない。
もの凄い眼光で見てくる子が居るから。
「ああ。なんか知らんが俺を『EF』に参加させたいらしいな」
「ねえカナ。それってすごいこと……なんですよね?」
「『EF』に加わること自体は……別に、すごくない」
「そうなんです?」
「あそこは大所帯…………所属してる『だけ』の人はいっぱい居る……」
ただし、と[Canaan]は呆れたように嘆息。
「副団長が、直接、勧誘に来るのは……どう考えても、異常」
「まあ、『ストーリーレイド』の情報も徐々に出て来てるしな。大手のクランはどこも戦力増強に大忙しだろうから、俺程度のヤツにもお呼びがかかるってだけだろ」
思うところを言って肩を竦めると、何故か[Canaan]と[アリア]はそろって生暖かい目をしていた。
まるで「しょうがないなこいつは」とでも言いたげな。
「ねえカナ、[エッジ]さんっていつもこうなのかな?」
「たぶん…………謙遜じゃなくて、素」
なにを言っているのかはよくわからんが、呆れられていることだけはわかるぞ。
解せぬ。
◇◇◇
「ところで、[エッジ]さんはどちらへ行こうとしてたんです?」
ふと、思い出したような[アリア]の問いかけに、[エッジ]も『そういえば……』みたいな顔になった。
自分たちが(というか[アリア]が)呼び止める前には、この男は『ポータル』の方向へと向かっていたはずだ。
「ちょっくら素材収集にな」
「また……あの人の…………[†TAKUAN†]の依頼?」
ちなみに、自分はフレンド登録してくれた相手は呼び捨てで呼ぶことにしている。
だって、友達に敬称は不要だから(※若干一名の例外を除く)。
ただの自分ルールだけど、ビビりな自分は例え友達が相手でもなかなか積極的には出られないんで、こうして自分を追い詰めるくらいでちょうどいいんだ。
「例のごとく、だ。漬物おじさんが『魚の素材が欲しい:)』とか言ってたから、たまにはスキューバでもしてみようかと思ってな」
「漬物おじさんは草」
「ふゎ、このゲーム、スキューバダイビングできるんですかっ!」
「もどきだがな。水中のダンジョンがあるんだよ。水中で戦うわけじゃねえが、水中を移動したりする」
正確にはただの素潜りなんだが。スキューバは使わないんで。
ということは『夢泡の天宮』に行くつもりだったんだろう。あそこは水着が必須の色物ダンジョンだけど、それこそ著名なダイビングスポットに勝るとも劣らないレベルの絶景が広がる観光名所(?)でもある。
難点は、観光するにはいささかエネミーが手強いところだろうか。
「折角だから[Canaan]も行くか?」
[アリア]も居るので、たぶん本気で誘ってるわけじゃないんだろう。
自分も、特に考えずに適当に返す。
「こんな、ちんちくりんの……水着見てもしょーがない、でしょ」
と、言ってから少し後悔する。
自分からこんなこと言うって、まるで水着姿を意識してるみたいじゃないか。
あくまで本義はエネミー討伐と素材収集なのに。
いや、実はほんとに意識してるからこそ、さっきのセリフが出てきたのか……?
「いや、見てえけど」
「…………」
…………っは!
あまりにも平然と予想外のセリフがくるもんだから、ちょっとフリーズしてた。
え?この人いま『見たい』って言ったの?
自分の水着姿を?
つまり、水着になって欲しいってこと?
「……~~~~っ!!」
なんだこれ、照れてきたっ。
顔あっつい!
顔が熱いのはリアルの話だけど、てことはアバターの顔面も真っ赤だと思う。
「水着とかって、なんの話です?」
話についていけていない[アリア]がキョトンとして問いかけ、[エッジ]がそれに適当な説明をしている横で、自分はパタパタと顔面を扇ぐのに必死だった。
水着姿のくだりの説明を聞いた[アリア]が「ふーん?」とか「へぇー?」とか言いながら、ものっそい笑顔で自分の表情を覗き込もうとしてくる。
や、やめろぉ!
「でもちょっと意外です。[エッジ]さんでもそーゆーこと言うんですねぇ」
「あのな。俺だって別に霞食って生きてるわけじゃねえんだぞ」
人並みの欲望くらいはあると言いたいのか。
そりゃあそうだろうけど、やっぱ意外には違いない。
だって絶対この人、女性プレイヤー眺めてるような暇があれば、その時間でエネミー殴りに行くよね。
「[さや]の前ではカッコつけた兄貴で居たいから、あんまこういうことは言わねえようにしてるし、大抵の場合は俺が言わんでも漬物おじさんが先に言ってくれるからな」
彼の言葉に自分も[アリア]もなるほどと頷く。
なにがすごいって、彼の言葉の後半部分に微塵の疑問も抱かない、[†TAKUAN†]への謎の信頼感である。
あの人は根が正直なうえにノリがいいので、見えてる地雷を全力全開で踏み抜かずには居られないたちなんだ。
「ちなみに、カナ?」
「ん。なに」
「[エッジ]さんと一緒に行きたければ、行ってきていいんですよ?」
どうやら気を遣われたらしい。
ミクなんかはたまに千瞳のことをKYなんて腐すことがあるけど、自分は全然そうは思わない。
少なくとも、自分なんかよりは余程周りをよく見てるし、気が利く女の子だと思う。
もっとも、ミクの言うKYは『空気読めない』でなく『空気読まない』の気がするけど。
それはともかく。
このまま[エッジ]に着いていきたいかと訊かれると、正直行きたい。
水着云々のたわ言は抜きにしても、単純に彼と一緒にダンジョンに潜るのはすごく楽しいんだ。
でも……
「……(ふるふる)」
「いいんですか?」
でも、ここで[アリア]をほっぽり出して行くのは、ちょっと違うと思う。
「あーあ。ここでわたしが『じゃあわたしも一緒に行きます!』って言えればよかったのになぁ」
「…………レベルが20ほど、足りない」
「ですよねぇ」
嘆息して、[アリア]は少しだけ寂しそうな表情を浮かべた。
「わたし、このゲームを始めさえすればカナと一緒に遊べるんだと思ってました」
「…………遊べてる」
「喋るだけなら外でもできますよ。このゲームを一緒に楽しむには、わたしとカナじゃあレベルの差がありすぎるんですね……」
そんなことない、と言いたいが、言えない。
悔しいことに、それは事実だ。
自分のレベルに合わせたら、とてもじゃないが[アリア]の身がもたない。[アリア]のレベルに合わせたら、自分には味気なさすぎる。なんとも言えない空気になってしまった自分たちを、微妙な顔で見遣っていた[エッジ]が、思案気に口を開く。
「なんでシリアスになってんのか知らんが……」
「?」
「レベルが足りねえなら、レベリングするだけだろ」
違うのか?とでも言いたげに肩眉を上げて見せる。
無論、その通りだ。言われるまでもない。だけど……
「でも、それまでの間は……」
「いや、お前がレベリング手伝ってやればいいだけだろ」
それも立派な『一緒に遊ぶ』だと思うが、と告げる[エッジ]に、[アリア]は感心したようにぽんと手を打った。
そして自分は、愕然としていた。
…………。
――そ の 手 が あ っ た か ! !
「…………盲点だった」
「さてはお前、『ぼっち』こじらせすぎてその発想がなかったな?」
あくとじゅう。えんど。
本日の方針。
アリア「で、具体的にはどうするんです?」
犬&戦バカ「「寄生する」」
アリア「!?」




