頼みごと
―上野城内 朝―
「こりゃぁ……間違いねぇ。最近この国で大流行してる奇病だぜ、藤堂ちゃん」
僕の枕元の右側で座っている医者が、苦笑交じりにそう言った。疲れているのか、かなり顔がやつれている。しかし、声色は明るい。
そして、その隣にいる藤堂さんが暗い表情で口を開く。
「はぁ……やはりですか」
「参っちゃうねぇ、しかもこんな時に」
「せめてもの救いは、公の場に出るような行事がなかったこと……それだけです」
「まぁ、そうだねぇ。でもしっかりしとかないと、藤堂ちゃんも、それにそっちの不審な青年も感染しちまうぜ。いい感じの薬もねぇし、熱が下がるまでは、巽様にはなるべく近付かねぇように」
「そうですか……熱は高いんです?」
「三十九度後半、まぁ、今日が一番しんどいだろうねぇ」
「そんなにも高い熱が!? 全く恐ろしい病ですね、この後私にもこの病について教えて頂けませんか、先生」
「先生なんて照れるねぇ、藤堂ちゃん。いいぜ、私が知っていることは全て教えてあげよう」
(知り合いなんだろうか……やけに親しげだが……)
「奇病ってか……インフルじゃねぇの?」
左側の枕元に座るゴンザレスが、珍しく静かにしていると思ったら、突然口を開いてそう言った。
(いんふる? なんだそれ)
「いんふるって何だ? 不審な青年」
「その呼び方やめろよ。別に好き好んで不審者やってねぇ……インフルってのは、あれだ。インフルだ」
「全く説明になってないぞ、ゴンザレス」
「だって別に俺医者じゃないし……」
「藤堂ちゃん。不審な青年ゴンザレスは、一体何者なんだ?」
「ちょっと変わった使用人です」
「名前つけたしゃいいってもんじゃねぇぞ……不審な青年を消せよ」
ゴンザレスが、苛々しているのが振動で伝わってくる。膝を畳に何度も小さく叩き付けているからだ。頭にこの振動は毒だ。
「いやぁ、武蔵国には不思議な人が多いと聞いたが、ここまでだとはなぁ……」
「俺は不思議にさせられてるだけだ」
(このままいくと、間違いなく話が厄介になる……どうしたら)
僕は、藤堂さんをじっと見る。すぐに、その視線に気付いたようで、僕に向かって少し小さくお辞儀をした。
「ごほん……先生、そろそろ行きましょう。あまりここで長話をしていたら、巽様もうるさいでしょうから」
「おぉ、そうだそうだ。申し訳ございません、巽様! しっかり休んで下さいね、じゃあ行こうぜ。藤堂ちゃんと……不審なゴンちゃん」
「糞だな」
「先生に対して失礼だ」
「俺に対しても、かなり失礼だぞ!」
「私は、気に入ったぞ不審なゴンちゃんが」
「……うわぁ」
藤堂さんと、先生と呼ばれるその人は先に襖の方へと向かう。ゴンザレスは、じっと僕の方を見ている。正直、気味が悪い。自分に自分を見つめられるのは。
(自分に……あ、そうだ)
自分に見つめられている――通常ではありえないこの光景を見て、僕は閃いた。
「ゴンザレス! 何をしているんだ? 早くこっちへ来なさい」
「分かったってば」
ゴンザレスは、ゆっくりと立ち上がって藤堂さん達がいる場所へと向かおうと、片足を立てる。僕は、その足を掴んだ。
「あ゛っ!?」
驚いた様子でゴンザレスがこちらを見る。
「ちょっといいか……お前に頼みたいことがある――――」




