背負うもの
―上野城内離れ前 夜―
「っ……! 触れるな!」
僕は、おじさんの手を振り払う。
「挨拶の握手をしようとしただけなんだけどね……随分と嫌われてしまったなぁ」
話している内容とは違い、声や表情は明るい。本当におじさんにとって、僕はただの利用出来る存在でしかなかったと感じざるを得ない瞬間だった。
ますます、手に力が入る。殴ってしまいたい気持ちを必死に抑えた。
「――ほう」
ちらっと下の方を見たおじさんは、何かに気付いたように呟く。
「本当に酷い怪我だねぇ……フフフ、そんなに強く握ってると折角治療した手がまた大変なことになってしまうよ。利き手じゃなくて良かったね。あ、そういえば、残念だったね~龍を封印出来なくて」
僕は、その言葉に違和感を感じた。
「どうして……知ってるんですか」
あの状況で、僕が封印しようと魔法を使ったことを知る人物なんて二人だ。それは、小鳥とあの人影。
でも、小鳥はあれが封印する魔法だなんて知らないはずだし、一体何をしようとしているのかさえも分からないだろう。当然だ、だって禁忌の魔法を知ることなんて普通はない、あんな幼い少女が。
(協力者、それはきっとあの人影……)
それに、あの人影は言っていた「彼に怒られる」と。その彼が、おじさんであるとするなら、この状況に納得出来る。さらには、その人影は興津大臣か、朝比奈大臣と限られてもきている。協力者であり、反逆者。国に帰ったら、どっちがそれなのかはっきりさせないといけない。
協力する理由は分からないが、そこまではどうでもいい。大事なのは国を守ること、それだけだ。
「知ってるから、それだけさ。それより私はね、そのことで巽に伝えなければないことがあるから、ここで待ってたんだ」
「伝えたいこと……?」
「巽、君に龍の封印の魔法を教えたのはこの私だ。しかし、その魔法は危険でね……使えば自身は消滅する。即ち死だ。それを私は昔、君に伝えた。それを分かっていながら使うということは、死んでもいい。そう思ったからだろう?」
「……ハハハ」
まるで、僕の心を見透かしているようだ。思わず、笑いが零れてしまう。
「それで巽は、この苦しい世界から逃げられるし、誰にも迷惑をかけない……とでも思っていたのかい? 全く君は単細胞だね、昔から単純で、その場しのぎ……馬鹿そのものだ」
「うるさいっ!」
その言葉で完全に僕の中で何かが切れてしまった。気付いたら、おじさんに殴りかかろうとしていた。しかし、そんな単純な攻撃が彼に通じる筈もなく、あっさりと腕を掴まれた。
「ほら、やっぱり君は単純だ。大人になって少しはマシになったか
と思ったけど、そうでもないね」
「単純なんかじゃない!」
「巽はしっかり考えたか? 自分自身がいなくなった後の国を」
(いなくなった後? 僕が……僕がいなくなれば……いなくなったら)
脳裏に浮かんだのは、あの封印の魔法を使おうとした時には思いつかなかった、国の様子。
王が突如いなくなったら、国はまた混乱に満ち溢れることになる。父上が危篤に陥り、次の後継者をどうするかとなった時のように。僕の次は誰がなるのだろうか。母上か、まだ幼い閏か? それとも、そういうことに疎い美月だろうか。
(どうして? どうしてこんな単純なことが想像出来なかった?)
「その顔だと、ちゃんと想像出来たみたいだね、良かった良かった。君が消滅してたら今頃、お祭り騒ぎだね。それに婚約者の彼女だって孤独になる。君が背負っているもの、それは想像以上に大きい。もう王になって二年……私が言わないと分からなかったのかい? ハハハハ」
(分からなかった……嗚呼、分からなかったよ。愚かだ……愚かにもほどがある。でも、どうしたら? どうすれば? 分からない分からない……)
「じゃあ僕は! 僕はどうしたらいいんだよ!?」
「……何もかも消してしまえばいい、壊してしまえばいい。世界共々」
その言葉に僕は衝撃を受けた。心を突き刺すような、そんな感覚を覚えた。そして、おじさんは続ける。
「そうすれば、全てから解放される」
「そんなこと……私情でする訳ないだろ……」
自分でも情けないほど、弱々しい声が出た。
「そうかい……私情か。まぁ、精々頑張って生きなよ……」
おじさんは薄気味悪い笑みを浮かべながら、ゆっくりと歩いて闇へと溶けるように消え去った。




