↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/3

ジミギャルユッキーの誕生

この街から川を渡って、くねった道の先の橋を渡って左の坂を上がって左を見ると、さっきの川を見下ろせる登り坂だと分かる。


若林と同じ小学校に通っていた片平は、川を見下ろすたびに

「なんか面白いこと出来るんでないかなー」

と、ふわっと思うのだった。


でも何も思いつかない。


思いつかないまま、この街の大学生をしている。小学校は転勤族がやたら多い学校で、毎年始業式になると転勤で転校してくる子がずらーっと2列に並び紹介され、終業式になると転勤で東京や大阪に戻る子がずらーっと並んで挨拶して去っていく。


片平もまた転校生だったが、3年目に親が「この街、過ごしやすいから定年までいようよ」と決めてしまい、片平は地元民になったのだった。


所沢から引っ越してきた片平であったが、子供の片平は所沢しか知らないから、すっかりこの街に馴染んでいった。

でも高校くらいから「この街で一生終わるの、つまんなくね?」と思い始め、東京の大学を受験しようと頑張ってみたけど、成績がかんばしくなく地元の大学にいる。


といっても地元的には名門である。名門大学の1番受かりやすい演劇コミュニケーション学科に入った。その年に出来たばかりの学科だった。

来年には何かしら就職活動しなければと思いつつ、品行方正なこの街に演劇コミュニケーションで習った勉強を理解してくれる会社は皆無。バイトで入ったテレビ局で雑用をしながら「なにか面白いことないかなー」と思うのだった。


片平は若林と仲が良かった。同じ転校生どうしで、同じ小学2年生で同じクラスだった。

ずっと同じクラスで小学5年生の時、一緒に学級委員もしたことがある。片平にとって若林は淡い初恋相手だったのかなあと今になって思う。

若林は小学校卒業の日に東京へ引っ越してしまった。転勤族の子だから戻ったのだ。年賀状や手紙でやりとりしていたが、だんだん疎遠になってしまった。

若林は子役をしていて、その記憶が演劇コミュニケーション学科を選ばせたのかもしれない。 

彼については「デンセツのセンム」を読んでもらえればと思う。彼もまた、なかなかの人生を15年後くらいに、この街で味わうのだった。


話は戻って片平のはなし。毎日、川を見下ろす坂を下り、大学で適当に授業をすませてバイト先のテレビ局へ向かう。仕事は雑用、今日は最近話題のラーメン屋へ取材だから、機材の準備と確認に忙しい。リポーター役のアナウンサーを含めたスタッフの人数や機材とスタッフを運ぶワゴン車も確認し、地図でラーメン屋の場所を再確認だ。仕事っていうのは確認につぐ確認なんだなあと知り、確認できないことは取り上げないのが、情報番組なんだなあと知る。


バイトに入って半年足らずで、つまらん!と思い始めてしまった。大学では東京から赴任してきた先生が「常識をひっくり返して見える風景が」「今を批評する作品づくりのヒントになる」と

面白おかしく話してくれるから、現実の映像創りは処理業務みたいでつまらないのだ。


とは言ってもテレビ局である。やっぱり現場は楽しい。たまに有名人がコンサートの告知で来ると、待ち時間に話せたりする。

「由紀子ちゃん、またキレイになったね」「毎回この街に来て楽しみなのは、由紀子ちゃんに会えることだから」

と演歌歌手のサヨリさんにこっそり言われることだ。

サヨリさんは独身だから私に娘みたいに接してくれる。誰かに言いたいが、それはしない。なんか魔法がとけてしまう気がしたからだ。


サヨリさんは守り神でもある。

他にも有名人は来るが、たまにたちの悪いナンパでしつこい時に、サヨリさんの話をすると「ごめん、今の忘れて」と離れていく。

サヨリさんは芸能界で「ゴッド姉さん」と言われている。サヨリさんが怒ったら、音楽番組には呼ばれない。


取材に出発する時が来た。すんなりいつもどおりかな?と思ったらアナウンサーの様子がおかしい。声がガラガラだった。

「すいません、声の調子が悪いんです。」ディレクターも困っていた。

「うちはアナウンサーが3人しかいないから、スタジオに1人必要で、東京と山形に取材中で2人不在。代わりが今日はいない」


カメラマンが助言した。

「由紀子さんがレポートしたら、彼女、演劇コミュニケーション学科だよね。」

ディレクターはそっか!の顔になる。

「おー、それはチャンスだぞ由紀子ちゃん。」

「就活の時に多少の実績アピールになるぞ。」

つまりやれってことかい!

地方は人が足りないからって、素人が出ていいんかい!と思ったが、面白そうだからやってみよう。毎日退屈だったからやってみたのだった。


ラーメン屋へ着いて機材をセットする。私は雑用だ。段取りを確認する。いつもと違うのは私の動き方を中心に段取りが決まることだ。東京のテレビ局なら事前に取材するラーメンを食べて感想をまとめ、念入りなんだろうが、この街のテレビ局は予算も準備時間もない。取材の約束だけ取り付けたら、当日いきなりラーメン屋へ行き、お店のおすすめを食べてリポーターがコメントする。


「いきなりやっつけバラエティ オチャメっティーヴィー」の名物コーナーだ。


品行方正なこの街に珍しい番組が成立するのは、地方の経済的事情というマイナス要素をアンドーチェーンが提供する時に「それを逆に特長にしよう」と言ったからだ。アンドーチェーンは元はデパートだったが、去年からファッションビルになり、若い子向けのアパレルだらけになったから、若い子が面白がる内容にせい!ともアンドーチェーンの専務は言ったらしい。


大雑把にしか内容を決めない番組なのは、専務がいきなりテレビ局に電話してきて「今日はあの店に行ってレポートせい、話はつけといた。」と決めるからだ。ディレクターは専務をボスと慕っている。スポンサー様は自分の上司や社長よりも偉いのだ、ホントかな?


片平由紀子は着たことがないギャルファッションの姿になっていた。

アンドーチェーンが用意したものだ。洋服はさすがにリポーターの好みで選べるのだが、今回は予定していたアナウンサーが選んだやつだから、ピンチヒッターの私の好みじゃない。しょうがなく着てみたら何か恥ずかしい。


本番が始まる。

「今日は長町のアサカラーメンから!いきなり生中継です」

テレビではジングルとタイトルテロップが流れる。確か5秒だ、毎回スタッフで見てるから体感はある。5秒の間にカウンター席に座る。


「本日のおすすめは?」と私が言うと

「いきなり、サンマーニシンde海鮮ラーメン!」とラーメン屋が言ってきた。

こんなラーメン、見たことないぞ!とラーメン屋とディレクターをにらんだら

「とにかく食って何か言え!」とイヤホンごしに叫んでくる。

「サンマの香ばしい香りと鶏ガラのスープがミスマッチで美味しいですね〜(まじかよ)」

と言うと「スープで温まらないうちに海鮮の刺し身も食べてね!」とラーメン屋が返す。

スープに浸った刺し身も食べる。

「刺し身とスープは意外と合うんですね〜」となんとか持ち上げながら麺をすすると底からニシンが出てきた。

「このラーメン、いつから始めたんですか?」と聞いたら

「今朝、天からの指令があって試作品です!」とラーメン屋が言う。

どういうこっちゃ!?とカメラをにらむと

画面は切り替わってスタジオから声が聞こえる。


「今日はビックリ企画、こんなの食べたら何ていう?っていう新企画でした。」

「いやー、さすがの私も今回は無理ですよ。アナウンサーの経歴に傷がつきます。」

「ですよね〜」

「という訳で今回はADの子がリポーター初体験でした。」


しゃあしゃあとスタジオに登場しているのは、さっきまで声が出ないと申し訳顔のアナウンサー。

だまし討ちかい!ディレクターもカメラマンも。スタジオのやり取りを聞いて私はディレクターやカメラマンとケンカをしていた。

「いや、悪気はないの、ないの」

「今朝メニューを聞いたらアナウンサーがヤダって言うし、あの人、局のアイドルだし」

「とにかく、乗り切ら。。。あっ、またこっち映るぞ!」


スタジオから司会者が

「では、今回の締めのひと言!」っていうから


「ふざけんなよ、田舎の悪ふざけ!」

と言ってラーメンをカメラにぶちまけて、コーナーが終了した。


1996年、インターネットは始まったばかり。パソコン通信というブログのようなメールのような掲示板のようなものを使っている人たちが、喜んでいた頃だ。

なので今で言う炎上とかはない。


私は、高額機材を壊してどうしてくれる?とかスポンサーが怒ったらどうするんだ?とか言われるんだろうなと覚悟を決めていたら、帰りのワゴン車の中でディレクターが言った。


「電話かかってきたけど、来週から君でいけとさ。専務の意見だ。」


アンドーチェーンの専務は毎回、スポンサーをしている番組を見ていた。最初は面白かった。予測できない面白さが番組の売りで、その期待感がアンドーチェーンへのイメージ作りに重なっていた。でも回を重ねるたびに普通の情報番組になっていく。


だから今朝、思いつきのゲテモノラーメンをいつも通うラーメン屋に頼んで了解を得た。ディレクターも面白がった。真面目なアナウンサーが戸惑いながら「美味しいかな?これ」と本音を言って笑いがとれたらいいなと悪ふざけを考えた。


でも実際は、知らん女の子が出てきてラーメンをカメラにぶっかける。

「こうでなくっちゃ」と専務は喜んだわけだ。


私はたまったもんじゃない。

しばらくして友人が「テレビ出たんだって?」「長町のラーメン屋、サンマーニシンde海鮮ラーメン始めたらしいよ」

と言ってきた。

それにしても困ったのは「あのギャルファッション、けっこう似合ってたね」と言われたこと。私の普段着はストリート系だから。


次の週もリポーターをすることになった。

アナウンサーはニュース担当になった。

私はスポンサーが提供するギャルファッションのバリエーションから好きなのを選ぶ。好みじゃないけど、ワンポイントならありかな?ギャル服の中から地味なやつを組合せて自分が許せるスタイルでコーデした。


「ジミギャルユッキー」のテロップがついた。全て不本意だけど、バイト代に出演料が足されてまんざらでもない。

「新しいことはやってみろ」と演劇コミュニケーション学科の面白先生も言うし。


「オチャメっティーヴィーの名物コーナー」

「ジミギャルユッキーの正直ざけんなよ」

「とリニューアルしましたが、今日はどこかな!」


と前フリが来て私が出る。プライベートを守りたいからメイクはしまくり、つけまつげしまくり。誰だか分からないくらいの姿で登場したら、言いたいことが何でも言えた。


5回目を過ぎる頃から、視聴者から悩み相談も来るようになり、一緒に街歩きして「元気出せよ」と応援する回もあった。


そんな訳で、リポーターで出会った縁で友達が増えた。

コンサートの告知で来るサヨリさんは私を見るなり

「どうしたの、あんた!変わりすぎじゃない?」と

戸惑ったが、カクカクシカジカでこうなっております。と言い訳すると

「そうなんだ、私も実はね、元はアイドル志望だったの。」

「でも売れなくてね、演歌を勧められたらこうなったの。」

「これはホントの私じゃないよ。」 

「でもね、この演歌の私を見て元気が出る人がいるなら、それもありだなって。」


去り際に「いつもの自分も忘れんなよ!」と

元気づけてくれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。