第六十九話:ずっと嫌いなもの
昼休憩が終わり、会場に再び人の気配が戻り始める。
ミリアは運営席に戻り、進行表を確認しながら深く息を吐いた。
(……嫌な空気だ)
先鋒戦の結果が、あまりにも鮮烈だったからだ。
期待、羨望、畏怖、嫉妬。そういったものを先ほどの先鋒戦は、観客席にいる者達に強烈に感じさせた。
ミリアは視線を上げ、会場全体を見渡した。
モナカは控室の隅に座り、膝の上で指を絡めている。
* * *
午後の試合開始を告げる鐘が鳴り、会場にざわめきが走る。
「嘘だろ、勝つのを諦めたのか?」
「いや、うちの先鋒が一番強いって感じたからなんじゃないか?」
「いや、それにしてもだろ…」
壁には対戦相手が記された
――セレスティナ先鋒:モナカ・オルフェ
――ゴードン先鋒:カイル・ラックゴール
「…やっぱり」
モナカの声は震えていた。それは嬉しさからだ。
観客席の生徒達は驚いている。
当然だ。大将が先鋒に変わるなんて、先ほどのモナカとダーウィンの試合を観た生徒でも、勝利を諦めたのかと
ミリアは運営席からモナカとカイルを見ていた。
カイルは背筋を伸ばし、感情を押し殺したような顔で盤に向かって歩いてくる。
その瞳の奥に渦巻くものを、ミリアは見逃さなかった。
(確かめたい…)
かつて、モナカの悪意のない才能に置き去りにされた人物が、またあのどうしようもない気持ちを再燃させるためのこと。
* * *
盤を挟んで、二人が座る。
カイルは一礼し、モナカも同じように頭を下げた。
だが、視線は一瞬も交わらない。
「よろしくお願いします」
「よろしく、お願いしまひゅ」
カイルは空気を読んだ。
開始の合図が鳴った。
モナカの駒は白。白の駒は、迷いなく前に進む。
白も黒も、序盤は静かだった。
互いに定石をなぞり、様子を見る。
(慎重だな)
どちらも攻めては捌かれ、守れば追い込みを繰り返した。
駒を守り、陣形を崩さず、相手の隙を探り、反撃の芽を摘む。
どちらも合理的な最善手。
カイルは歯を噛み締めた。
あの頃と同じだ。
無情さと冷酷さをあの頃と変わらず持っている。
ただ、あの頃にはあった戸惑いと弱さは無いように感じた。
そして徐々に、カイルが追い込まれていく。
* * *
相手は確実に、かつて自分の友達(虫酸が走る)のモニカだった。
盤面は徐々にしかし明確に、モナカの有利へと傾いていった。
カイルは理解している。
このまま続ければ、負ける。
それでも、手を止めない。
(まだだ……まだ、何かあるはずだ)
見下されたくないから、見返したいから行った選択と決断。
自分が積み上げていった努力。
努力の末に得ることの出来た魔術の1つの高み。
それらが、才能に勝ることなどないと、努力など完全な無意味な行動だったと、認めたくはない。
例え自分が
だが――
「……チェックメイト、です」
静かな声。
盤面は、逃げ道のない形をしていた。
カイルは、数秒黙ったまま盤を見つめ――ゆっくりと、駒から手を離した。
モナカの顔には高揚感どころか優越感もなかった。
それが、カイルなど眼中に無いと言っているようでならなかった。
会場が拍手に包まれる。
誰もが先鋒戦は素晴らしかったと思っているわけではない。
─モニカの圧倒的な強さに拍手をした
─モニカのチェスをする様子、その前後の様子に拍手をしている
─短期間でカイルを倒すモナカの才能と、カイル以上の努力に拍手している
努力を積み上げたカイルに対する拍手ではない。全てモナカの物だ。
カイルに目を向ける人はいない。
観客席にいる生徒は当然のこと、カロライナの生徒はさも当然のように、わざわざ役を代わってくれた中堅と大将、代えてくれたローディンでさえモナカを見ていた。
自分に憐れみや怒りも向けてくれない。
結局、凡人だろうが秀才だろうが、いくら努力しようとも、本物の天才に叶うことなどない。
それが証明されただけだ。
あの日からずっと、カイルはモナカを超えるために血反吐を吐くような努力をした。
でも、自分の魔術だけではなくあらゆる面でカイルはモナカの足元にも及ばなかったのだ。
(…無駄だったんだな)
カイルは自嘲した。
何が七賢者になるだ。
何がモナカを超えてみせるだ。
(これまで費やした何年もが…)
カイルはモナカが嫌いだ。
あそこまで嫌味を言えるのが癪に触る。
相手に嫌気なく純粋に言ってくるのに腹が立つ。
でも嫌いな相手に自分から素直に嫌いと、やめてくれと言えない自分に最も腹が立つ。
才能が無いなら才能を埋め尽くす程の努力をすればいいのに、それをしようともしないことに腹が立つ。
才能に努力は勝てないと、誰かに言ってもらいたいから中途半端な努力をする事も苛つく。
ずっと嫌いだ。やっぱり嫌いだ。
「…最悪な気分だ」
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