第六十八話:気まずい空気になっちゃった
試合が全て終わり、セレスティナとカロライナの生徒達が礼をした瞬間、会場は拍手に湧いた。
だが、その中で一人、音を聞いていない人物がいた。
(…やはり)
カイル・ラックゴールは序盤以外、ほぼすべての時間、盤面ではなくモナカを見ていた。
序盤で両選手の特徴は分かった。
どちらも指し方と思想は同じ。だがモナカの方に思考能力と予測能力の高さの分があることを始めに見抜いてから、勝者はどちらかは簡単に分かったからだ。
無駄がなく常に冷静に指す。
一切の感情を盤上に乗せない判断。
攻め込まれた際、攻めを裁かれた際、そして勝利した瞬間ですら、表情を変えない。
胸の奥がじんわりと痛んだ。
あのチェスの様子を見せたモナカ・オルフェは、カイルの記憶の忌まわしい少女の特徴と合致していた。
だがまだ確証はない。
彼女に聞きに行ったところで、はぐらかされ他の生徒に見つかり注意されるのがオチだ。
* * *
控室に戻ったモナカは、静かに椅子に腰を下ろした。
「お疲れさま、オルフェ嬢」
「あ、ありがとう、ございます」
エリックが声をかけると、モナカは小さく頭を下げる。
「相手はカロライナのなかで一番強い相手だったろうに、可哀想なもんだな」
「す、すみません…」
「いや、別に責めてるわけじゃないぜ?
よくやったって褒めてやってるんだよ」
その一言に、モナカは何も言わなかった。
ただ、手元を見つめている。
モナカは過去の影響で人の視線に敏感だ。
だから、視線の刺さり具合で誰が見ていたかが、ある程度分かる。
先鋒戦を見ていた生徒の中に、多分、カイルがいることをモナカは気付いていた。
(カイル…バレてないといいんだけどなぁ)
モナカは不安を抱えながら、後からやってきた、久しく出来た、少ないが優しく温かい友達に褒められていた。
* * *
同時刻、ゴードン専用室。
「カロライナのダーウィンを降すとは」
ローディンは静かに言った。
「全く、今年のセレスティナは化け物揃いだな。オベールが中堅になっていたら、本当に誰も勝てなかったろう」
カイルは自分の感情をある程度まで制御できる。
名貴族の家に生まれたからこそ、他の貴族の子女と比べたらよく抑えている。
だがだからといって、内心の全てを包み隠せているわけではない。あくまでも表面を取り繕い、冷静に対応する事ができているだけだ。
現に、今も内側では嵐が吹き荒れていた。
(まただ。
また、彼女は僕の手の届かないところへ行く)
七賢者のローブを着たあの日から、何も変わっていない。
いや、違う。彼女との差は今も開き続けている。
彼女とは最初から才能の大差があったのだ。
(彼女が七賢者であるという確証がない以上、出過ぎた真似はこちらの首を絞める)
「…次の先鋒戦、僕に出させてください」
カイルの声は低かった。
あの日の内申と同じ、ドス黒い声だったと、カイルは自分ながらも感じていた。
ローディンは一瞬、彼を見つめてから頷いた。
「好きにするといい。ただし」
「分かっています」
カイルは教室から出ながら決意した。
(確かめてやる。君が本物かどうかを)
* * *
昼休憩。
ミリアは進行表を確認しながら、会場裏を歩いていた。
(……視線が多い)
大会の熱に浮かされた好奇の視線。
次は何をしでかすのかと楽しむ機体の視線。
何よりも、たった一人の人間の出す─
(─嫉妬)
「み、ミリア?」
背後から声。
「モナカ」
「……さっき、みちぇ…見てた、よね」
「運営だからな」
噛んだことを恥ずかしがっているモナカを目に、噛んだことを聞かなかったことにしてミリアは返答した。
「カイル・ラックゴール。元クラスメイトで、友達だったんだろ?」
「うん」
「今のところ、バレてそうだな」
モナカは口を紡ぎ俯いた。
「ば、バレないように、頑張り、まふっ↑」
「うん、頑張れ」
ミリアは頭を撫でた。
「…ミリア」
「何?」
「髪、乱れちゃった」
「ハウッ?!」
「直してよ」
「ハイ…」
ミリアとモナカ様はドレッシングルームの訪れ、ミリアはモナカの髪を整え始めた。
その手際は早いのに丁寧だ。
「み、ミリアって、意外と髪整えるの、上手いね」
「妹がアウトドアですぐ髪乱すのに、自分じゃなくて僕に整えさせてたからね」
「そうだったんだ…あ、ご、ごめん、なさい」
「何が?」
「あの…妹さんのこと…」
「ああ、いいよそんなこと。
うちの妹─ミーフィアは死んだと見せかけて生きてるような奴だから。
今もドッキリのために誰かに変装でもしてるんじゃないかな」
何故かモナカは黙って俯いてしまい、気まずい空気になってしまった。
「…はい完成」
「あ、ありがとう、ミリア」
「うん、次の試合も頑張って」
ミリアは手を振ってモナカを見送った。
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