第百四十九話:一つの真実
レティーラ王国と帝国の戦争を回避する。
勢いで言ってしまったが、モナカには何の策も無い。それでもモナカが失敗したら、きっとアステリオスはフィリップの秘密を第一王子派に流すだろう。
そうなれば、フィリップの正体はリディル王国中に明かされ、王国は二分し内戦となる。
そうならないようにするために、自分に何ができるだろう?モナカが自問自答していると、皇帝が物騒な笑みを浮かべた。
「さて、余の命を交渉のテーブルに乗せたからには、貴様もテーブルに乗ってもらうぞ」
「私が失敗して、戦争になったら…私を殺す…たったそれだけのお話ですか?」
モナカの言葉に、アステリオスは眉間に皺を寄せる。まるで見当違いの解答を見せつけられた教師のようだ。
「馬鹿め。貴様を殺して、余が得することなど何もないわ」
言われてみればご尤もである。しかし、ならばアステリオスはモナカに何を望むと言うのだろう?
モナカが訝しんでいると、アステリオスはニヤリと笑ってモナカの顔を覗き込んだ。
「もし、レティーラ王国が帝国に宣戦布告をしたら貴様の負けだ。その時は余に忠誠を誓い、終生仕えるがいい」
アステリオスの言葉には有無を言わせない、強い支配力がある。その圧に飲まれて立ち尽くすモナカの顎を掴み、
「我が帝国とレティーラ王国が戦争になった暁には……『沈黙の魔女』よ、貴様がレティーラ王国の王族の首を刎ねて、その手で戦争を終わらせるのだ。そうして余に忠義を示せ」
そんなことしたくない、嫌だ…そういうことは出来ない。
そもそもこの交渉は、アステリオスが秘密を流そうとしているのをモナカが留めてもらっている状況だ。
これ以上モナカが反抗するのは失礼というものだろう。
「嫌なら全力で戦争を回避することだな。無論、余とて無駄な諍いは好まぬ」
アステリオスは酷薄に笑い、モナカに背を向ける。
「さて、なかなかに刺激的な夜であった。余は城に戻る。ウラウィよ、供をせよ。ハイディよ、お前は『沈黙の魔女』を見張れ」
ウラウィが「はぁい」と肩を竦め、ネイアが「かしこまりました」と一礼する。
「『沈黙の魔女』モナカ・エルノートよ、貴様がこれから何を成すか、見届けさせてもらうぞ」
そう言い残して、皇帝はウラウィと共にその場を立ち去った。
軽快さを感じさせ、かつ堂々たる足取り。皇帝はその後ろ姿ですら、王の威厳に満ちていた。
やがてアステリオス達の姿が見えなくなると、モナカはため息をついて胸を撫で下ろした。
(これから、どうしよう…)
勢いで戦争を止めると言ったものの、その具体案は無い。
戦争をしたがっているのは、アズノール公爵だ。それなら、まず第一に思いつくのがクロックフォード公爵の説得。
だが、モナカが「戦争をしないでください」と言ったところで、それを聞き入れてもらえるとは思えない。
フィリップは公爵の言いなりだから、彼から説得してもらうことも難しいだろう。
次に思いつく手は、戦争を望まぬ第一王子が王になるように仕向ける、という方法。
だが、モナカ一人が今更第一王子を次期国王に推したところで、もはや第二王子派の勢いを止めることはできない。
となれば、後はモナカが第二王女派を推すくらいしかない。
第二王女派と第二王子派は現状ほぼ拮抗しているが、モナカが第二王女派に加われば第二王子派を勝たせなくさせることもできるはずだ。
国王は病床の身であり、もう残された時間は少ない。
だから、行動を移すならなるべく早いほうがいい。
(あと調べていないことと言えば、「あのこと」ぐらいだけど……一応、保険として、調べておこうかな…)
一人で考えふけっていたモナカは、ネイアから不機嫌そうな雰囲気が漂っていることにようやく気がついた。
「あ、あの…」
「何ですか?」
「えっと…」
自分から話しかけたにも関わらず言おうとする気のないモナカに苛立ったのか、ネイアの赤い瞳がモナカを睨みつけた。
「私は今の状況に不満を感じています。
貴女が明確に戦争を回避したと陛下が判断されるまで、私は帝国に帰ることができない。ですので迅速に結果で示してください。
バックアップが必要なら、最低限、手はお貸ししますので」
つまり手伝ってくれるということだ。
ネイアはモナカとは違って本物の裏の人間だろうから、情報収集はモナカなんかよりも断然精度の高い情報を速く提供してくれるはずだ。
その言葉を有り難く感じたモナカはさっそく手伝ってもらおうと口を出す。
「それじゃあ、調べて欲しいことがあるんです」
「調べごとなら得意分野ですので承りましょう」
モナカは指をこねながら、ゴニョゴニョと「調べごと」について話すと、ネイアの黒い眉毛が訝しげにしかめられた。
「……その情報が、現状を改善するのに役に立つとは思えませんが、良いでしょう。調べておきます」
「ありがとうございます」
モナカがペコリと頭を下げると、ネイアは涼やかな顔に僅かな嫌悪を滲ませた。
「礼は必要ありません。全ては、陛下からの御命令ですので」
素っ気なく言って、ネイアはモナカに背を向けた。
その背中が闇夜に紛れて見えなくなったところで、モナカは額に浮かんだ冷たい汗を拭った。
* * *
飛行魔術で難なく両部屋に戻ったモナカは、机に見慣れない本が置いてあることに気がついた。
何の本だろうと釈台の火を無詠唱魔術で灯して見ると、表紙には見慣れた題名─『レオンハルト冒険譚』と書かれていた。
しかもこれは、教室で度々話題になっていた新作ではないか。
本に挟まれた栞のあるページを開いたモナカは、その章題を目にして息を飲んだ。
─第十三章「レオンハルト・メモリーと真実の聖杯」
「………真実の…聖、杯……?」
モナカはハッと思い出して息を飲み、慌てて机の引き出しを開け、父の本を取り出す。そして、父の本の最終ページに挟まれていた紙片を、引っ張り出した。
それは、糊づけで巧妙に隠されていたメッセージ。
『真実の聖杯の失くされた記憶に気づいたのなら、もう一度店を訪ねるがいい』
モナカはこのメッセージを目にした日から、父の関わっていた分野の文献で「真実の聖杯」とは何かを調べていた。
だが考えてみれば、このメッセージを残した人物である猫書店の店主は、この本の著者と全く同じ名で小説を書いているのだ。
そちらから調べるべきだった、とモナカは今更ながら自分の迂闊さを反省する。
だが今はそんな時間も惜しい。
モナカは栞が挟んであった第十三章から本をパラパラと読み進めていく。
(……あぁ、だから……だから……)
本を読んでいったモナカはカタカタと体を震わせ、机の上に広げられた小説の、『真実の聖杯』の文字を睨みつける。
(だから……お父さんは、殺されたんだ)




