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絵本は畑にある  作者: やしゅまる


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第9話「鬼ヶ島の完成」

八月の空は高く、真っ白な入道雲が畑の上に影を落としていた。

 隼人たちの手で描かれてきた桃太郎の物語は、ついに最後の場面に差しかかっていた。


 「ここが鬼ヶ島だな」

 亮が畑の端に杭を打ちながらつぶやく。


 広い畑の中央には、赤土で形作られた巨大な鬼の顔が浮かび上がり、周囲には青々とした草花で城の輪郭が描かれていた。桃太郎たちはその前に立ち向かう姿で表現され、猿は畝のジグザグ模様、犬は白い石の配置で、そしてキジは風に揺れるひまわりで形作られていた。


 ドローンを飛ばした俊が、モニターを覗き込みながら声を上げた。

 「見てください! 桃太郎が鬼と対峙してる! ……やばいっす、めちゃくちゃ迫力ある!」


 画面に映るのは、物語のクライマックス。川に流れてきた桃から始まった物語が、今、鬼退治という結末にたどり着こうとしていた。


 「これで……一冊分のページがすべて揃ったな」

 隼人は額の汗をぬぐい、夕日に照らされた畑を見渡した。胸の奥に熱いものが込み上げてくる。


 ――もう逃げ出した自分はいない。

 ――ようやく、一冊を描き切ったんだ。


 完成の日を祝うように、町の人たちも次々と集まってきた。

 「ほんとに鬼ヶ島だ!」

 「桃太郎が勝ったぞ!」

 子どもたちは畑のあちこちを駆け回り、鬼の顔に指をさして大はしゃぎしていた。


 その日、隼人たちは小さな完成記念イベントを開いた。畑の脇にはテントが並び、商店街の人たちが焼きそばやかき氷を振る舞っている。演台代わりのトラックの荷台に立った隼人は、少し緊張した面持ちでマイクを握った。


 「みなさん……今日は集まってくださってありがとうございます。この畑で桃太郎を描き始めたとき、正直、うまくいくか不安でした。でも……こうして最後まで完成させることができたのは、町の人や子どもたち、そして一緒に頑張ってきた仲間のおかげです」


 会場から拍手が湧き起こる。その中に「ありがとう桃太郎!」「次もやろうぜ!」という声が混じった。


 俊が舞台袖からドローンの映像をスクリーンに映し出すと、観客から歓声が上がった。画面に広がるのは、鬼に勝利して凛々しく立つ桃太郎たちの姿、そしてその先に描かれた「平和を取り戻した村」。ラベンダー畑が広がるその場面を見た子どもが「桃太郎、やったー!」と叫び、大人たちも笑顔でうなずいた。


 「ほんとに一冊の絵本だな……」

 亮が腕を組んで呟く。


 「いや、ただの絵本じゃないっすよ。世界一巨大な絵本っす」

 俊が満足そうに笑った。


 イベントが終わる頃には、町の空気が明らかに変わっていた。これまで懐疑的だった年配の農家が隼人の肩を叩き、こう言った。

 「立派なもんだ。……うちの畑も、次に使ってくれていいぞ」


 「え、本当ですか?」と驚く隼人に、別の農家も笑って声をかける。

 「俺のところも余ってる畑がある。どうせ荒らしておくより、物語を描いてくれた方がいい」


 隼人は言葉を失った。かつて自分を拒んだ土地が、いまは新しい未来を差し出してくれている。


 夕暮れ、片付けを終えた仲間たちは、畑の端に腰を下ろした。西の空が赤く染まり、完成した「鬼ヶ島」が影絵のように浮かび上がっている。


 「……やっと終わったな」

 亮の言葉に、隼人は小さく頷いた。


 「いや、終わりじゃない。ここからだ。桃太郎を描き切ったからこそ……次の物語に進める」


 美咲が穏やかな笑みを浮かべた。

 「じゃあ、次のページはどんなお話にする?」


 隼人は仲間たちの顔を順に見て、強く答えた。

 「この町全体を、一冊の大きな絵本にするんだ」


 夜風が畑を抜け、完成した桃太郎の物語を優しく撫でていった。


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