第45話 ソードマスターマロニー
「マロ、ニー……? なんかどこかで聞いた気が」
「あ! そ、そうだ最近風の噂で耳にした事があるぞ、勇者がもう1人現れたって。実はそっちが真の勇者じゃないかって言われているみたいだぜ」
「それがマロニー?」
「そうだ! その勇者様がマロニーって名前だった!」
「すげえぞ! じゃあ本物の勇者様が助けに来てくださったのか! これでこの町は救われる!!」
冒険者たちのそんな会話が聞こえた瞬間、土煙が消えないうちにマロニーは猛然と走り出した。
脱兎の如く。
そう、マロニーは逃げ出したのだ。
彼らの、そんな勇者としての自分を褒め称えるセリフから。
気恥ずかしさの余りに。
──バカバカバカ! 俺のバカ! なんでいつものセリフを反射的に言っちゃったんだ!!
心の中で自分自身にそう罵倒するマロニー。
もちろん逃げ出した彼の行動はむしろ、積極的に敵へと向かった英雄的行為と冒険者たちに映ったのはある意味当然だった。
*****
「ぐはははは! 矮小な人間どもよ、力の差に絶望しながら死ねい!」
東門から少し南に移った戦場では、今まさに高位魔族によって壁が打ち破られようとしていた。
巨大な蜘蛛のような多脚の異形。
少し離れた場所から、暴走する魔物の大群への対応に慌てる人間の様子を、見下すように楽しむように伺っていた。
城壁に群がり乗り越えようとしていた魔物をかろうじて一旦撃退できたとなった瞬間、人間たちを嘲笑いながら突っ込んできたのだ。
その高位魔族を脅威に感じながらも目の前の魔物の集団への対応で手一杯だった町の兵士や冒険者たち。
ひと段落した瞬間に高位魔族が迫って来た時、彼らはその想像以上の巨体に恐怖を感じ魔族の言葉通り絶望した。
城壁の高さに届こうかというほどの体高を誇る多脚のその魔族。
あんなに大きな質量のモノにぶつかってこられたら、この城壁も無事では済まない。
しかもその身体は、聖剣を持った勇者の攻撃しか通じないのだ!
高速で近づく異形の巨大蜘蛛が前足を振り上げるのを、凍り付いたように見上げるしか出来ない防衛の人々。
そんな彼らへ、侮蔑の口調で叫ぶ巨大な蜘蛛の魔族。
「はーははは! 我等魔族への抵抗がいかに虚しいか思い知「どちくしょおお! 死ねやオラぁあああ!!」
高位魔族の、勝利を確信した言葉を遮るように響いた怒声。
それとほぼ同時に蜘蛛魔族の側面から大きな輝く三日月が飛来、異形の蜘蛛を真っ二つに切断して吹き飛ばす。
哀れ、決め台詞をぶった切られた高位魔族は、自分自身もぶった切られて絶命した。
もちろん、魔族の台詞もその肉体もぶった切ったのはマロニーである。
手にする日本刀「紅乙女」から射出した神気の刃の三日月によって。
不本意に勇者として褒め称えられ涙目になっている事は、城壁の上の人々には見えていない。
ただ絶望的な状況を一瞬で消し飛ばした救世主に、その場にいた者は一斉に歓声をあげた。
「助かった!」
「あれは誰だ?」
「あのデカい蜘蛛を一撃でやっつけたぞ!?」
その時タイミングが良いのか悪いのか、東門からの伝令役がこの現場にたどり着いた。
伝令は興奮気味に彼らに語る。
「朗報だぞ! 勇者だ! 勇者様が助けに来て下さったぞ!」
「勇者……ってカクズン様が?」
「違う、最近ウワサのマロニー様だよ! 凄かったぜ、一撃で魔物を全滅させちまったんだ!!」
「え? じゃああそこに立ってる人はもしかして……」
「あっそうだ、あの人だよ! あの人が真の勇者マロニー様だ!」
当然、エルフの長い耳が彼らの会話を聞き逃すはずも無く。
彼らの称賛の声が降り注いだ瞬間、再び脱兎のダッシュでその場から離れるマロニー。
気恥ずかしさで涙目になりながら、町から離れて他の高位魔族の元へと急ぐ片目のエルフ。
もちろん逃げるマロニーを、称賛ではなく敵を求める英雄だと褒め称える歓声が追いかけたのは言うまでもない。
*****
「マドギ=ワゾックの気配が消えた?」
町を望む小高い丘には、巨大蜘蛛が居た方向を注視するように佇む3体の人影。
しかしその人影は明らかに人間ではない巨大さを誇る。
そしてその頭部には人間では無い動物のものが鎮座している。
いま口を開いた猿頭の巨人、トウゾックの訝しげな言葉に隣の者が答える。
タコ型の頭部を持つ巨人魔族、カイゾックだ。
ヒゲのように垂らしたタコの触手をぞわぞわと蠢かして、指差すように見ている方向へ伸ばす。
「何か油断をして人間に撃ち取られでもしたか」
「ふふん、所詮マドギなど四天王の中でも最弱」
カイゾックに続いたのはイノシシ型の頭部を持つ巨人、サンゾック。
蔑むような視線と口調で、腕組みをしながら更に言葉を繋ぐ。
そう、彼らは魔王親衛隊の1体を頂点と仰ぐ直属の配下、四天王である。
「マドギめ、人間ごときにやられるとは四天王の面汚「クソがぁ! くらえぇええええ!!」
彼らの足元に高速で移動してきた何者かが、そう叫びながら輝く巨大三日月を射出。
サンゾックのセリフは途中でちょん斬られ、三日月に巻き込まれた四天王の残り3体はまとめて死んだ。
捕まえた魔物の背中に乗っていたマロニーは、そのまま振り返りもせずに高速で現場を通りすぎる。
四天王の出番は終わった。
*****
戦場の気配を探っていた「彼」は異常に気付いた。
魔王親衛隊の1人であり、今回の襲撃の首謀者でもある「彼」。
「彼」が引き連れてきた四天王の気配が次々と消えていったのだ。
あまりにも一方的な戦い過ぎて、飽きて帰投したのだろうか?
いや、この消え方はそんな感じではない。
だとするなら倒された?
馬鹿な、そんな事はあり得ない。
こちらは協力者の情報がある。
その協力者に、この町に勇者カクズンが居ないかきちんと確認したのだ。
そして強引に転移して強襲したのだから。
ならば何故。
ダンバー数というものがある。
自然に成立する動物の群れの数の限界を示唆するものだ。
転じて人間が友好的に関われる人数の限界を示すのにも使われる事もある。
魔族の彼らにダンバー数という言葉は存在しないが、その法則性から逃れられないのは同じ。
魔王を頂点とする組織《群れ》は、その数においては人間たちと比べ小規模にならざるを得ない。
また、魔族は自分の能力に絶大な自信を持つので組織だって戦うという概念が無かった。
何しろ勇者の聖剣以外には攻撃が通じないのだから、ある意味当然だろう。
だが「彼」の強みはそのダンバー数限界を突破した戦いが出来る事。
すなわち魔物を暴走させる事によって数の暴力を駆使できるのだ。
これは魔族においては、「彼」にだけ使える能力だった。
これこそが、「彼」が魔王親衛隊の有力者になっている大きな要因だ。
人間側の協力者と通じて勇者カクズンのいないこの町に転移。
他の魔族が使えない数の暴力で意表を突き奇襲をより確実にする。
失敗する要素など、どこにも無い。
無いはずだった。
だがこちらへ高速で近づく魔族以外の者の気配に気がつくと、その有り得ない要素が介入してきた事を悟った。
いかなる方法か分からないが、四天王を屠った事を鑑みても恐るべき手練れと見るべきだろう。
面白い。
「彼」は久しぶりに血が騒ぐのを感じた。
歯ごたえのある相手と戦うのは何時ぶりだろうか。
だからこそ「彼」はその相手が来た時、腰掛けていた巨岩から立ち上がると嬉しそうに強敵へ叫んだのだった。
「待っていたぞ人間! 名前を聞かせてもらおうか!」
「俺の名はマロニー! 通りすがりのダーティーエルフだ!!」
「その右手の武器が貴様の得物か! さしずめソードマスターマロニーと言ったところだな!」
なぜ相手の戦い方を見てもいないのにソードマスターと言い切れるのか。
まぁ「彼」がそう思うのならそうなのだろう。
「彼」の中では、な。
「マロニーよ、戦う前に一つ言っておくことがある!」
「彼」は腕組みをするとマロニーを見つめて重々しく続けた。
マロニーは魔物から降りると日本刀「紅乙女」を構えて油断なく相手の言葉を待つ。
「お前はこの魔王親衛隊が1人、ラゾックを倒したら魔物の暴走が止まると思っているようだが、別に私を倒しても暴走は止まらん」
衝撃の事実を明かす「彼」こと魔王親衛隊ラゾック。
そう、ラゾックは筋骨隆々たる素っ裸の巨大な男の姿なのだ。
頭には何故か穴の空いた袋を被り、その穴の中から鋭い眼光がマロニーを見つめている。
要はただの変態裸族である。
ラゾックの股間には何故だか眩しい光が輝いていて、何があるのかさっぱり見えない。
見えない方が良いとも言う。
びゅう、と強い風が吹いた。
魔王親衛隊ラゾックの股間に存在するものが、その風に揺られて動く。
股間の光もまた揺られたナニか……いや何かに合わせて、ゆらゆらと揺れる。
マロニーの脳裏に、喋る日本刀「紅乙女」からの思考が届いた。
──ご主人様。私、股間のアレは触りたくありません。
──分かった、股間以外を斬り刻もう。
口に出さない内心のやり取りが終わると、マロニーもまたラゾックに応えるように言葉を放つ。
さっきの衝撃の事実に何も動揺した様子を見せずに。
まぁ目の前にブラブラ揺れる巨大なものを見せつけられていたら、彼でなくともそれどころでは無いだろうが。
「フ……上等だ……。俺も一つ言っておくことがある。聖剣が無いと高位魔族を倒せない気がしていたが、別にそんな事は無かったぜ!」
「そうか。さぁ来いマロニー!」
「ウオオオ! いくぞオオオ!」
マロニーの勇気が世界を救うと信じて……。
ザシュ!
ウボァー!(ラゾックの断末魔)
おい、必死に盛り上げた地の文の労力を一瞬で終わらせるなマロニー。
お読みくださり有難うございます。
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