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火事と喧嘩は異世界の花(3)

『僕はあなたの影です』



 何週間か前に、彼はそう言った。あれは比喩ではなく、本当に影を媒体に出たり消えたりしているのではないか。


 彼の出現方法については前から疑問に思っていたが、そうだとすると合点がいく。



 影さえあれば、助けに来てもらえるかもしれないのに。木箱は頑丈で、体当たりした位では破れそうになかった。

 

 他に方法はないか考えている私の脳裏に、今着けている小さな球体がついたイヤリングが浮かんだ。



『これさえあれば、たとえ地の果てでも私はアンジェラ様の元に駆けつけられます』



 と言ってカイルが私にくれた物である。あれほど自信に満ちた言い方をするのだ、きっと仕掛けがあるに違いない。


 確証はないが、ダメで元々だ。木箱は馬車の荷台よりひと回り小さい位のサイズだったので、十分に体を動かすことができた。私は縛られた両手を右耳の真下に置き、イヤリングの先に付いている球体を拳で勢いよく割った。


 視界の端に、チカっと閃光が走る。その瞬間、目の前によく知った顔が出てきた。


 再び暗闇に包まれた狭い空間の中で、カイルは私を強く抱きしめる。



「窮屈ですが、少しだけ我慢してください」



 そう言い終わらないうちに、カイルは私を閉じ込めていた木箱を突き破った。その勢いのまま、右手で剣を抜いて前方へ飛び出していき、左手から取り出したクナイのような小刀を御者台の二人に投げつけた。


 馬を止めて後ろを振り返った男たちに剣を突きつけ、カイルはこう言い放った。



「お前ら、即死系暗黒魔法か剣でメッタ刺しだったらどっちで死にたい?」



 哀れな小悪党どもは慌てて馬車から降りて逃げようとするも、その場を動くことができない。さっき投げた小刀が影に突き刺ささり、二人をその場に縫いとめている。



「尋問用に生捕りする必要があるんだけど、2人いれば1人くらい蘇生できるだろうから両方殺してもいいよな? ちゃんと生き返れよ、このクソ共が」



 全身からドス黒いオーラを放つカイルは、いつもの彼とはもはや別人である。



「カイル君、もうその辺りで止めておこう? ねっ?」



 私の声も耳に届かない様子だ。


 ちょうどその時、背後から何頭もの馬が凄い勢いで駆けてくる音が聞こえた。王家の紋章を身につけた騎士たちが、馬車を取り囲む。暗殺者たちはカイルの方から顔をそらし、助けを求めるような目を騎士たちに向けた。



「もう十分だろう、カイル。その者たちを動けるようにしてやれ」



 彼らの中でもとりわけ立派な甲冑に身を包んだ男性が、前に出てきてカイルに命じた。カイルが命令に従い影に刺さった小刀を渋々引き抜くと、男たちは勢いよく騎士の元に逃げていった。


 騎士団長と思われるその男の隣にいた若い騎士が、馬から降りてこちらに走り寄ってくる。

 兜の隙間から覗く目を見て、私はそれがリヒト王子だと気づいた。



「大丈夫か、ケガはないか?」



 私を抱きかかえて何度もその言葉を繰り返すリヒトに、笑顔で大丈夫と答える。

 しかし、緊張の糸が切れてしまったからか、私の意識は再び遠のいていった。



◇◆



 目を覚ました時、私は寮のベッドの中で横になっていた。



「よかった。どこか具合の悪いところはありませんか?」



 ロッテが心配そうな表情で、私の顔を覗き込んでくる。もう安心だ、そう思うと溜め息と同時に涙が出てくる。涙を見てうろたえるロッテを落ち着かせ、連れ去られてからの事の顛末について教えてもらった。



「リヒト王子が、出そうとしていた手紙の封筒だけが盗まれた事に気がついて。悪い予感がしてアンジェラさんのお部屋に行ったら、倒れている護衛の方を見つけたそうです」



 ロッテは興奮気味に話を続けた。



「それからの王子の慌てようと言ったら、凄かったらしいですよ。

城中の魔術師を集めてアンジェラさんの気配を探らせて、アタリをつけたら騎士団長に頼み込んで騎士団総出で救出に向かったそうです。

不謹慎だけど、王子にこんなに心配してもらえるアンジェラさんがちょっと羨ましいな」


「コラッ! こっちは大変だったんだぞ」



 私は横になったまま腕を伸ばし、ペロッと舌を出すロッテの頬を軽くつねった。



「黒幕は、どうも大臣だったみたいです。アンジェラさんを馬車で運んでいた2人組が、身辺保護と引き換えにあっさり自白したそうですよ」



 あいつら相当怯えてたもんな……

 あの時のカイルのブチ切れっぷりにも驚いたが、事件の一部始終をここまで詳しく知っているロッテにも別の意味で驚きである。恐るべし、侍女の情報ネットワーク。


 ロッテの話では、今は事件翌日の夕方だそうだ。丸一日寝たおかげか、体の調子は良好だった。

 ありがとう、もう看病してもらわなくても大丈夫。私は心配するロッテを説得して、自分の部屋に帰ってもらった。



 一人になった私は、ベッドの中でカイルの名前を呟く。だがそれは空っぽの部屋にむなしく響くだけで、返事はかえってこなかった。



「あの子には、悪いことをしちゃったな」



 たった数秒のことだったのに、狭い箱の中で抱きしめられた感覚がまだ残っている。


 荒い呼吸、早鐘のように高鳴る胸の鼓動、そして頬に感じたかすかな水滴。そう、カイルはあの時確かに泣いていたんだ。


 以前に「命懸けで守る」と言われた時には、「カッコつけちゃって、何を大袈裟な事を言ってるんだ」としか思わなかった。でも今ならわかる。あれはマンガやゲームの決まり文句ではなく、彼の本心から出た言葉だった。


 王子の命令で護衛しているだけのはずなのに、なぜか必死で守ってくれているカイル。疑問に思う気持ちもあるが、そんな彼を邪険に扱ってしまった事を今は深く反省しなくてはいけない。



 私は起き上がって、腕や首を回したりして軽く体を動かしてみた。さすがに少しだるいし、節々が痛い気がする。

 

 少しだけ、外へ出て散歩をすることにしよう。そう思ってドアを開けたら、そこには驚いた表情のリヒトがいた。

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