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火事と喧嘩は異世界の花(2)

 異世界での生活にも慣れてきたある日。


 私は事故によりカイルと一緒に転倒するという、ありがち過ぎて今どき逆に珍しいハプニングを起こしてしまう。

 この超古典的なラッキースケベを偶然目撃したリヒト王子は、私がカイルを押し倒したと勘違いして、なぜかブチ切れて去っていった。


 後に残ったのは、まだ横になっているカイルと着替え途中のまま立ち尽くす私だけである。



 アイツ、私の言い分を聞いてくれなかった。普段はみんなの憧れの王子様みたいに振る舞って、公平で誠実な態度を取ってるくせに、肝心な時に全然優しくないなんて。


 一呼吸ごとに、混乱が怒りへと変わっていく。私は服を掴んで急いで体を隠し、扉に向かって感情をぶちまけた。



「なんだあのクソガキ、話も聞かずに勝手な事言ってんじゃねぇよゴルァ」


「アンジェラ様、落ち着いて……」


「カイルも! いつまでも人の部屋で転がってないで、さっさと出て行って!」


「はいぃ〜」



 カイルは慌てて起き上がり、私の部屋から飛び出していった。



 それから何日間も、私たちは口を聞かなかった。廊下でリヒトの顔を見かけることは何度かあったが、向こうが話をしたそうな素振りで近づいてきても、気づかないふりをして逃げていたのだ。


 リヒトのバカ、今更冷静になっても遅すぎるじゃないの。仲直りしようかと考える度に、あの場面を思い出して怒りが蘇ってきてしまう。


 勘違いされるような態度を取ったカイルに対しても、私は苛ついていた。今までは話しかけられたら必ず返事をしていたが、事件の後は気が向いた時以外は無視してしまっていた。



◇◆



 しかし、いつまでも意地を張っていても仕方がない。事件から一週間が過ぎる頃、私の気持ちはようやく落ち着いてきた。


 新部署立ち上げの会議が終わった後、私は書類を整理しながら仲直りする方法を考えていた。


 カイルに間に入ってとりなしてもらえば上手く和解できるかもしれない、一度お願いしてみようか。そんな事を考えながら廊下へ出た時、私は知らない男性から呼び止められた。


 それは威厳と貫禄に満ちた、太った中年男性だった。



「貴女がアンジェラ=マイヤー君、だね?」



 私はこの男をどこかで見た事があると思った。確か王に謁見した時に、横に立っていた気がする。完全に思い出す前に、向こうから自己紹介してきた。



「私の名前はシュルツ。この国の宰相を務めている者だよ。以後お見知り置きを」



 私は慌てて軽く膝を曲げ、西洋式のお辞儀をする。



「城中、君の噂で持ちきりだよ。城内の事件を解決したり、民の要望を実現させたりと大活躍なんだってね。今は何をしていたのかい?」


「王様のご厚意により私の仕事を補佐してくださる新しい部署を作っていただけることになりましたので、準備のための会議ですわ」



 向こうだって知っているくせに、恐らくわざと聞いてきたその男を、私は警戒した。



「それはそれは素晴らしい。

ますますこの国の発展に役立ってくれるというわけだね」



 ひどい棒読みだ。タヌキ親父め、心にもない事を言って何が目的なんだ。


 イライラしながらも愛想笑いを浮かべていると、大臣は辺りを見回してから声を潜めた。今度は明らかに敵意が滲み出している。



「しかしね、(まつりごと)というのは民の方だけを向いてするものではない。

若いお嬢さんが、王子にのぼせ上がって分不相応な振る舞いをすることは、あまり感心しないね」



 要するに手を引けということか。



「ご忠告ありがとうございます」



 私は下を向いて、形だけの感謝の言葉を述べた。



 部屋へ戻ると、こちらから話しかける前にカイルから呼びかけがあった。



「嫌な人に捕まっちゃいましたね。出るべきか迷ったんですが、お一人で大丈夫でしたか?」


「まあね。でも宰相の取り扱いについては注意しないと。カイルからリヒト王子に話をして、相談する時間を取ってもらえないかな?」



 このままだと、何か悪い事が起こりそうな予感がする。



「承知いたしました。でもタイミングが悪いですね。あの事件の後、リヒト様ってば護衛中に話しかけてもほとんど答えてくれなくなってしまったんですよ。

王子のわからずやには本当に参りますね〜」



 向こうもこっちとほぼ同じ状況だったようだ。私とリヒトの間に挟まれたカイルが、なんだか不憫に思えてきた。



◇◆



 その2日後、私は郵便配達人からバラの花束とカードを受け取った。封筒には、『愛を込めて、貴女のリヒトより』と丁寧な文字で書かれている。


 わざわざ郵送しなくても直接渡してくれればいいのに。異性からプレゼントを貰うなんて初めてなので、ご機嫌取りとわかっていても嬉しくてニヤニヤしてしまう。



「アンジェラ様、封筒を開けるのは少しお待ちいただけませんか?」



 振り返るとそこにはカイルの姿があった。



「少し前にあんな大惨事があったのに、よく平気で私の部屋に来れるね」


「プレゼントから、強い魔力を感じるんです。本当に王子からの物なのか、本人を呼んで確かめる必要があるかと存じます」



 私の嫌味もスルーして、カイルは忠告した。いつになく真剣な様子である。


 しかし封筒の字はリヒトのものだった。カードを見ることもせずに本人からの物かを問いただすのは無粋に思えたし、何よりこれ以上仲がこじれるのはどうしても嫌だった。



「何言ってんのよ。リヒト王子なんて、中身を見てから呼べばいいじゃない」



 私はカイルの言うことを聞かずに封筒を開封した。


 カードには、メッセージが何も書かれていなかった。その代わり、中央に大きな円形の模様が描かれている。

 インクではない別の何かで描かれたそれを指でなぞろうとした時、模様が光を放ちはじめた。


 その光は強力で、あっという間に部屋全体を覆い尽くす。清らかで柔らかいはずなのに、刺すような暴力的な輝きが、この空間を支配しようとしているのを肌で感じた。



「その光を見ちゃダメだ!」



 カイルの手が私の肩を掴んだが、既に手遅れだったようだ。強い眩暈を起こして、私はその場に倒れ込んだ。

 体が崩れ落ちていく瞬間に、カイルが光に呑まれて消えていくのが見えたような気がした。


 このまま彼が死んでしまったらどうしよう。薄れていく意識の中、その事だけが頭に残っていた。



◇◆



 大きな振動で目を覚ますと、そこは窮屈で真っ暗な空間だった。手足を縛られているが、目隠しはされていない。


 馬の蹄の音と、ゴロゴロという車輪の音がする。前方から、くぐもった声が聞こえてきた。



「上手くやりましたね、兄貴。女はこのまま海にでも沈めちまいましょう」


「そいつがいいな、でも木箱に入れたままやらないとダメだぜ。なんせ少しでも光が入るとマズいからな」



 馬車を走らせている男たちは、金で雇われた実行役だろう。私が入っている箱は、外から布が掛かっており、一切の光が遮られている。彼らの言う光対策に違いない。


 なぜ、それほどまでに奴らは光を恐れるのか。カードに仕込まれていた魔法から察するに、どうやら敵はカイルの弱点をよく知っているようだ。


 そこにヒントがある気がして、必死に理由を考える。私は不意にカイルの言葉を思い出した。



――僕はあなたの影です――

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