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火事と喧嘩は異世界の花(1)

 リヒト王子の元で働き始めて1ヶ月が経った。


 私はいわゆる特命担当のポジションに正式に就任し、町の人の依頼を受けてご近所トラブルを解決に導く仕事を続けていた。

 相変わらずこの『ローゼンベルク王国』には、色恋沙汰やその他の争いによる決闘が本当に多い。


 「これが噂の『火事と喧嘩は江戸の花』って奴か」と絶対に違う地名が浮かんでしまうほどに、住民の導火線が短いのだ。


 近頃では、何でも相談OKというコンセプトが功を奏して第二の目的である住民の要望も寄せられるようになってきた。ただしこれが曲者で、実情はほぼクレーマー対応というか、苦情の処理が中心である。


 それでも、私は段々とコツが掴めてきた。トラブルにしても王国の行政に関するクレームにしても、相手の言い分を丁寧に聞いた上で折衷案を提示すれば7割方は納得してもらえる。

 残り3割についても、カイルにお願いして魔法を使ってもらえば大抵は何とかなった。



 ありがたい事に、評判は上々のようである。私の活躍を聞きつけたのか、先日は王から直々に呼び出されて褒美の言葉を貰った。


 初めて会った時の適当な態度とは全く違い、王は国のために尽くしてくれたことに対して心から感謝している様子だった。その上、仕事量が増えて多忙な私のために、近いうちに専門の部署を設立することまで約束してくれた。



「計画は、かなり順調に進んでるようだな」



 酒場『冒険者』で、リヒトは満足そうに笑いながらビールを一気に飲み干した。カイルも彼を挟んだ向こう側に座り、ジュースを片手にニコニコしている。



「アンジェラ様は本当に凄いんですよ! 相談事を解決する速度が日に日に早くなっているんです」


「依頼が来る件数は、それ以上のスピードで増えていますけどね。でもカイルにも手伝ってもらってるから、なんとか回していけてます」


「やっぱりアンに任せて正解だった。この調子でドンドン頼むぞ」



 王子の言うとおり、万事は順風満帆のように見えた。しかし、私には一つだけ気がかりなことがあった。



「でも最近、私では対処しきれない案件が増えてきているんです。信頼を得た証だと思うと嬉しいんですが、国が動かないといけないような話も来るようになっていて……」


「この間の道路整備の話だな。俺も、アン一人にやらせてしまって悪かったと思っている」



 それは、魔法の暴走によって陥没した道路を元に戻して欲しいという要望だった。早い段階で声が寄せられていたが、場所が貧民街だったこともあり、上がお金を渋ってなかなか実現しなかったのだ。


 この案件はかなり難航し、最終的には住民に署名活動までしてもらった。そのため、王との約束を取り付けた時には思わず涙が出そうになった。


 リヒトは腕組みをし、深いため息をついた。



「ああいった金のかかる話は、なかなか動けないのが現実だ。住民を代表する組織もあるが所詮は金持ちの集まりだし、正直言ってあまり上手く機能していないんだよ。

結局は内部の人間、それも大臣クラスがやろうとしない限りはかなり厳しい」



 言い終わった後でこちらに向き直り、明るい口調でこう付け足した。



「まぁ、俺が成人したらその辺りは真っ先に変えるつもりだから、あと1年の辛抱だ。

とりあえず、手に負えないと思った案件は一旦持ち帰ってくれ。後で俺の方で返事をするよ」



 利権とかが絡んでいるんだろうな……異世界でも人間は変わらないものだと、改めて思い知らされた。



「全部が全部、すぐに実行可能とは皆だって思っていないはずです。

でも、聞く姿勢は見せておかないと。……例えば、国内各地に目安箱を置いてみたらどうでしょうか」



 この機会に、以前から導入したいと考えていた事を提案してみる。



「住民の不満や要望を、公平な立場から聞くことができるな。いい考えだ。

字が書けない人には、魔法で声そのものを送ってもらえばいい」



 期待通り、リヒト王子は前向きな答えをくれた。この案は貴重な紙を使わせて貰えるかどうかと、識字率の低さがネックだったが、その辺りも魔法を活用すれば解消できそうだ。



「直接話を聞かずに意見を集める手段ができれば、アンの負担も軽くなるだろう。

これで一緒に飲める回数も元通りになるといいな。仕事熱心も程々にしないとダメだぞ」



 王子が少し拗ねた様子でこちらの様子を伺う。私は苦笑いした。



「確かに、ここ2週間ほど休みが取れなくて夜も遅くまで要望の回答づくりに追われてましたからね。

王子ともなかなか会えないし、知らない間に桜の季節が終わって、少し寂しい気持ちもあります。」



 あ、桜はここにはないんだっけ。

 私は一人きりで遠い世界へきてしまったことを、ふいに実感した。



「サクラって何だ? 食べ物か、それとも植物の名前かい?」


「薄いピンク色の小さな花がたくさん咲く、大きな木です。風に吹かれて一斉に散る様子が、雪みたいでとても綺麗で。私のいた国では、桜の下で宴会をするのが春の風物詩になっているんですよ」



 興味津々なリヒトに向かって、私は得意げに桜の説明をした。



「外で花を見ながら酒を飲むのか、それは楽しそうだ。

そっちの世界にしかない物は、たくさんあるんだろうな。今度、時間を取ってゆっくり教えてくれ」


「僕もアンジェラ様のお話が聞きたいです」


「あっしにも、よければ聞かせてください」



 横で聞いていたカイルとマスターも、ウキウキ顔でお願いしてきた。


 こうやって、みんなで飲んで和気あいあいと過ごした日のちょうど翌朝だった。

 私が異世界に転生して以来、最大の事件が勃発したのは。



◇◆



 その時、私は寝巻きから仕事着に着替えている最中だった。ベッドの下から小さな黒っぽい生き物がカサコソと這い出てくる気配を、私は感じた。


 私は女子には珍しく、前世からイニシャルGは平気なタチだった。今まで見かけなかったけど、やっぱり出るんだなとゲンナリしつつも、比較的平常心で近くにあった書類を適当にクルクルと丸めて戦闘態勢に入った。


 筒状に丸めた書類を持ってじっと睨みつけた時、私はソイツがゴキブリではないことに気がついた。

 なんだか大きいぞ。パッと見は可愛いけど、ドブ色のコイツはどこか不気味な感じがする。これって……



「ね、ね、ネズミ〜!」



 日本の一般家庭ではまずお見かけしないその生き物に出くわしたら、猫型ロボットでなくても叫んでしまうのは当然の事だ。



「どうかなさいましたか、アンジェラ様!」



 声に反応したカイルが飛び出してきた。ネズミに遭遇したパニックとカイルに着替えを見られた恥ずかしさで私は跳ね上がり、そのままバランスを崩して倒れ込んでしまった。


 衝撃を感じなかったことに疑問を感じつつも、私は床に手をついて起きあがろうとした。しかし、感触がおかしい。


 頭を持ち上げて地面の方をよく見ると、カイルが私の下敷きになっている。ケガをしないように、とっさに庇ってくれたみたいだ。

 上に覆いかぶされたような体勢のカイルが、なんだか嬉しそうなのはきっと気のせいだと思いたい。



「ありがとう、助かった……」



 私がそう言いかけたのとほぼ同時に、軽いノックの音が聞こえてきた。答える間も無くリヒトが部屋に足を踏み入れてくる。



「おーい、アン。昨日、酒場に忘れ物してたぞ。……ってお前ら……」



 場の空気が、さっと凍りつく。何だかリヒトの様子がおかしい。私は、変な誤解を生まないためにも早く弁解しなければいけないと判断した。



「リヒト王子、これは事故……」


「朝っぱらから何イチャついてんだよ! こーの、尻軽おんなーっ!!」


「違うんですよ! 誤解ですってば!」



 ゴロンと横に一回転した後で高速で起き上がり、すがるように手を伸ばした私を無視して、王子は勢いよく扉を閉めた。

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