1380 閑話・大会優勝者の憂鬱、そして運命の出会い
昼から三時間に渡って続いた、今年の武闘会がおわった。
ジルドリア王国との交流試合における帝国側の勝利をステージ脇の特等席で見届け、僕は一人で身を返した。
通路を歩いて、コロシアムの外に出る。
空は明るかった。
まだ太陽はそれなりに高い。
僕は騎士科五年生の生徒で、名はカエル・フォン・カメラブ
中央の、落ちぶれた男爵家、カメラブ家の長男だ。
そして、今年の武闘会の優勝者でもある。
決勝の相手、まだ二年生でしかないギザ・ロ・ザナドは、それでも恐るべき筋力を備えた難敵だったけれど――。
それでも僕は、この五年間で鍛え抜いた技で、その難敵を打ち破った。
僕は平凡で地味な男だ。
それは理解している。
だからこそ、誰よりも訓練に励んで、成果を得た。
なのに今、僕のまわりには誰もいない。
みんな、今年の優勝者のことなんて忘れて、交流試合の参加者たちを称えていた。
だけど怒りはない。
なぜなら、それは当然のことだと思うからだ。
正直……。
交流試合のレベルは、武闘会本戦のレベルとはまったく違っていた。
それこそ別次元だった。
メイヴィス様とブレンダ様の戦いは、去年の武闘会でも見たけど――。
去年の段階でもお二人は十分に強かったけど――。
それでも、まだ届く、まだ戦える、と思えるレベルだった。
だけど今年は――。
たった一年でどれだけの訓練をすれば、どんな訓練をすれば、あのような超人的な動きをすることができるようになるのか。
それに、武技。
どうすれば、あんな技が使えるようになるのか。
僕は学院で、超人になる方法も武技を習得する方法も教えられていない。
それは仕方がない――。
というか、当然なのだろうけど。
そのような方法は、秘匿されて当たり前だ。
公にするわけがない。
メイヴィス様とブレンダ様は、帝国を代表する貴族家の者だ。
それ故に、身につけることができたのだ。
「はぁ……」
僕はため息をつき、下を向いて、トボトボと歩いた。
僕は武闘会で優勝した。
すなわち、学院で最強の存在のはずだった。
だけどもはや、僕を最強と認めてくれる者なんていないだろう。
誰より僕自身が認めていない。
怒りはない。
ただ、どこまでもむなしいだけだ。
だけど、それでも――。
僕は気持ちを振り絞って、キッと空を見上げた。
そうさ。
僕は、たとえ落ちぶれていてもカメラブ家の男。
カメラブ家は帝国の中で、かつて、騎士としてこの国を守り続けた一族。
父と祖父の代では、もう騎士ではなく、ほとんど商人のように骨董品の売買で暮らしていたけれど……。
ご先祖様の活躍は祖母から何度も聞いた。
皇帝陛下から与えられた勲章だって、我が家にはあるのだ。
だから僕は騎士科に入った。
ご先祖様のように、剣と盾でこの国を守って英雄みたいになりたいと。
そう!
僕には決意がある。
ご先祖様に誇れるよう、カメラブの家を盛り立てるのだ。
僕は叫んだ。
「僕はカメラブ! カメラブの男だぁぁぁぁぁぁぁ!」
「え」
すると目の前で、女の子の驚いた声が聞こえて――。
目を向けると、ぽたり、と女の子の手からアイスクリームが落ちた。
しまった。
学院の中庭で、周囲の目も忘れて僕は叫んでしまったのだ。
目の前には同年代の小柄な銀髪の女の子がいた。
その子はちょっと変わった格好をしていた。
カメのような帽子をかぶって、カメの甲羅のようなリュックを身に着けていた。
カメが好きなのだろうか。
女の子は驚いた顔で、深く澄んだ真紅の瞳をまっすぐに僕に向けていた。
アイスクリームを落としたまま、硬直してしまっている。
僕のせいだ。
「ごめんね! つい叫んでしまって! アイスクリームは弁償させてもらうよ! 買ってくるから少し待っていて!」
アイスクリームは確か、魔術科五年生の生徒たちが、冷凍魔術の訓練も兼ねて屋台を出して売っていた。
僕は全力で走ってアイスクリームを買いに向かった。
これが僕と――。
僕の人生を激変させることになる――。
カメとの、運命の出会いだった――。
* * *
1380 ちょこっと閑話・マリエの学院祭
「あれ?」
気がつくと、ナオさんの姿が消えていました。
せっかくユイさんと仲直りして――。
三人で学院祭を楽しんで、今は仲良くお笑いコンサートを見ていたのに。
コンサートがおわったところで私は気づきました。
「ユイナちゃん、またナオさんがいなくなっちゃったけど」
ナオさんは昨日も途中で消えています。
昨日は純粋に迷子でしたけど。
「それは仕方ないねー」
「どうして?」
「だってナオはシュールとナンセンス系の子だし、今みたいなパワー一辺倒のコントはあまりお好みじゃないんだよ」
「あー」
そういえばナオさんは、お笑いにうるさい人でした。
クウちゃんは、いつも100点中5点をつけられると愚痴っていました。
もっともクウちゃんのギャグは、低い点数をつけられて落ち込むところが「オチ」のような空気もあるので――。
それは評価ではなく、「お約束」だとは思うけれど。
ナオさんは冷淡に見えて、人の心のよく分かる、とても優しい人だし。
「仕方ないなぁ。ユイナちゃん、どこにいるか教えて。探しに行こう」
「放っておけばいいと思うよー。それよりマリエちゃん、学院祭がおわっちゃう前に早く図書館の探検に行かないと!」
「えええ!? 駄目だよ放っておくのはー!」
「いいからいいから! 早くー!」
「もー!」
本当に聖女様と英雄様は、自由奔放で困ってしまいます。
ナオさんは、変なことになっていなければいいけど。




