17
幾日か経った日。
鬱々と過ごしていた私に、唐突にマークスが話しかけてきた。
「喜べ。お前に面会が許可された」
「面会、ですか」
きょとりと見返した私に、マークスが片眉をピクリと動かす。
「そうだ。フェレイア・エインズワースからの面会申請が出ていた。エインズワース卿への表向きは行儀見習いで登城していることになっているそうだな。まぁお前の今までの働きを顧みても身内の面会くらいはいいだろうということだ。だが、くれぐれも余計な事を言うなよ。お前の発言によってはフェレイア・エインズワースの今後に支障が出るぞ」
フェレイアと会える。
それだけで、マークスの脅しのような忠告も、険しい表情も何も気にならなくなった。
「いつ会えるんですか?」
「許可の連絡は出したので、もう向かっていればあと二週間程だろう」
あと二週間。
今までの会えなかった日々を思えば、二週間なんてあっと言う間だ。
「フェレイア……」
早く会いたい。
でも、会ってしまったら身の内の甘えが吹き出してしまいそうで、少し怖かった。
嬉しいことに二週間待つ間もなく、フェレイアの来訪はあっという間に知らされた。
朝起きると枕元に女中の制服が置いてある。
それを手に取りぼんやりと眺めていると、通常運転の不機嫌顔のマークスに、ぞんざいに顎で指し示された。
「それに着替えろ。準備が出来次第面会だ。相手はもう待ってるぞ」
フェレイアがもう来ている!
私は朝ご飯をかきこむ勢いで詰め込むと、身支度もそこそこにマークスを急かす。
飾り気のない格好の私に溜息一つつかれたあと、マークスはかったるそうに部屋を出た。
例のごとく複雑な通路を抜け、使用人通路を通ってから一つの小部屋の前へと出る。
「再度忠告しておく」
扉を開ける手を一旦止めて、マークスは振り向いた。
明るい緑の目が貫くように向けられている。
「余計な事は決して喋るな。くれぐれもその発言で飛ぶ命があることを忘れるなよ」
ようやく開いた扉の先。
待っていたフェレイアが、こっちを振り向く。
「フェレイア!」
気づいたら走り出していた私を、フェレイアはしっかりと抱きとめてくれた。
そのまま強い力で抱き締められる。
「リア! あぁ、リア、リア!」
懐かしいフェレイアの匂い。
この腕の感触。
毎日のように聞いていた、私を呼ぶその声。
溢れ出る涙を堪え切れず、幾筋も頬を伝って落ちてゆく。
しばらく言葉にならなかった。
フェレイアと二人、お互いの存在を確かめるように強く抱き締め合い続ける。
強く、強く包み込まれるように抱き込まれて、張っていた気が抜け、今にも崩れ落ちそうだった。
「リア、顔をよく見せて。こっちを向いてよリア」
胸に埋めた顔を優しく持ち上げられ、頬に両手が当てられた。
けぶるような睫毛の奥から、輝くエメラルドが現れる。
「フェレイア……」
その瞳が細められ、切なげに眉を寄せられる。
「泣かないで、リア。君の涙も綺麗だけれど、そんなに泣くなんて……」
長い指が確かめるように頬を滑る。
「あぁ、顔色が悪い。ちゃんと食べさせてもらえてるの? それに頬も少し痩けたみたい。あんなに艷やかだった髪もこんなに乱れて……」
それは、身支度も程々に飛び出してきただけだから。
とはいえ、そんなことを言ったら叱られるのは目に見えているので、曖昧に微笑んで誤魔化す。
「フェレイアこそ、少し背が伸びた? 筋肉もついて何だか少し大人になったみたい」
そういうと彼はムッとした顔をする。
「リアはさ、いつも僕を子供扱いするけど。僕はリアが思っているほど子供じゃない。それにほら、もうリアを抱え上げることだってできる」
フェレイアは徐に私を抱えると持ち上げた。
「ほら! びっくりした?」
そう笑ってフェレイアは面白がっている。
「いいから! 分かったからもう降ろして!」
「何? 恥ずかしがってるの? せっかく久しぶりに会えたってのに」
尚も振り回そうとする彼に抵抗して、なんとか降ろしてもらう。
心なしか残念そうに呟いたフェレイアをチラリと見上げた。
日の光に輝いていた、艷やかなプラチナブロンド。
その髪が、何故かダークブロンドに染められている。
「あの、その髪……」
「しっ」
耳元で制止の声を囁かれ、ドキリと胸が音を立てる。
久しぶりに会ったフェレイアは私の背を追い抜いていて、体つきも少し筋肉がつき男性らしくなっていた。
でも、けぶる睫毛も、儚げな横顔も、私にだけ大盤振る舞いな笑顔も、何もかもそのまま、美しいフェレイアのままだ。
「ところで」
フェレイアはちらりと後ろに視線を送った。
「あいつ、何?」
その時初めて、同じ空間にマークスがいたことに気づく。
咄嗟に離れようと胸を押したところをまたフェレイアに引き寄せられた。
「あの……」
「何であいつ、ずっといるの?」
笑顔をスッと消したフェレイアの顔を見上げる。
それは私の監視の為なのだが、何とも言いようが無い。
「なんで余計なものがついてるのかな」
「彼は……」
モゴモゴと言い淀み、いっそ本人に説明してもらおうと後ろを振り返る。
こっちをじっと凝視しているマークスと目が合った。
「マークス、騎士の方で、えっと……」
「不慣れなリリアの面倒を見ている」
うっわ。
今マークスに名前を呼ばれて鳥肌がたった。
「そう。それは、どうも」
しばらくフェレイアはマークスをじっと見ていたようだけど、視線を戻すとまた甘く微笑みかけてくる。
「リア、この扱い……やっぱりあの力が関係しているんだね?」
ぐっと抱き込まれて耳元で囁かれる。
コクリと頷くと一層強く抱き込まれた。
「なんて酷い……こんな所に閉じ込めるだなんて。あぁもう、このまま連れて帰れないのが悔しいよ。僕にもっと力があれば、すぐに助け出せたのに」
囁かれた言葉に強く抱き締め返す。
「会いに来てくれただけで充分だよ、ありがとう。でも大丈夫。わたし、ここでやらなきゃいけないことがあるんだ。無事に終えることができたら、きっと帰れるはずだから」
「やらなきゃいけないこと?」
フェレイアは身を起こした。
「それは僕の側にいること以上に大切なこと?」
あぁこれも、今となっては懐かしい。
独占欲丸出しの、フェレイアの据わった目。
一緒にいた時は面倒に感じることもあったけど、今はこんなに私の事を気遣ってくれる相手がいることの有り難みをひしひしと感じる。
ぶんぶんと否定して、笑いかけた。
「勿論、フェレイアが一番だよ。でも彼には……」
「おい、余計な事は話すなよ」
近寄って来ようとしたマークスの前に、フェレイアも庇うように立ち塞がる。
「お前、僕のリアに生意気な口をきくな」
いつになく強気な口調のフェレイア。
これは粗野なマークスと言い合いになると、慌てて前へ出ようとするがフェレイアに制される。
マークスは、凄く、物凄く意外なことに口をつぐんで俯いてしまった。
「マークス、さん?」
いつもと違う様子のマークスを妙に思ったけど。
「リア!」
フェレイアに名前を呼ばれて仰ぎ見ると、すかさず頬にキスを受けた。
「もういいよ、分かったよリア。凄く心外だけどあいつのこと見逃すから、リアも今は僕だけを見て」
その柔らかい感触に、固まった。
その隙にもう片方の頬にもキスをされ、フェレイアは解きほぐすように髪に指を滑らせ始める。
「リアの成分が足りない」
うっとりとした声が頭上から降ってくる。
「リアの匂いも、声も、感触も、何もかもが足りない。胸が裂かれるような毎日だったよ。リアのいない日々は……」
そのまましばらく、フェレイアは私を好き勝手に弄んでいた。




