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「しっかりしろ!」


 途中で歩みさえ止めてしまった私を、マークスは荷物のように無造作に抱えあげながら叱り飛ばしてくる。


「こんなことを聞いてどうするつもりだったんだか知らないが、どの道お前にはどうしようもなかったことだろ。変に自分を責めてウジウジするなよ、うっとおしいから」


 辛辣な言葉だが、今はその辛辣さが返ってありがたい。

 頭の中は混乱をきたしていて、うまく物事を考えられそうにない。

 ジョシュアの不気味な姿が、落ち窪んだ眼窩が脳裏から離れずにいつまでも私を責めてくる。


 マークスは足早に歩いていく。

 重苦しい空気に押し潰されそうだった。

 人目を避けるように複雑な通路を抜けたマークスは、部屋に着くとどさりと私を降ろした。

 仁王立ちで見下ろすように鋭い視線を向けてくる。


「いいか、余計な事を考えるな。お前は王子を治すためにこの世界へ連れられた。なら自分の役目を果たすことだけ考えろ。できることに集中しろ!」


 ……そうだ、その為に呼ばれたのなら、せめて、せめて助かる命だけでも――。


「王様に、会わせてください」


 マークスは鼻で笑った。


「おいおい、まさかジョシュアの言ってた事、本気にしたんじゃないだろうな?」

「助かる命があるなら、少しでも……」

「残念ながら、あの村の者は全てヴァラキアカの所有物だ」


 翠の目にどんよりとした焔が灯る。


「何故お前を六年もの間探す羽目になったのか教えてやろうか? あの神を名乗る得体のしれない化物が、贄が足りないとほざいたからだよ。奴の獲物は決して逃げられない。陛下がこの決定を覆されることはない」


 愕然とした。


「……分かったなら、お願いだからもう余計な事は考えないでくれ」


 マークスは背を向けると、そのまま扉まで下がる。

 それ以上口を開こうとせず、視線も伏せられた。


 ……この身が悍ましい。

 私の存在も、勝手につけられたこの能力も、人とは思えないこの国の王も、何もかもが耐え難いほど悍ましい。


「帰りたい……」


 ボタボタと、手の甲に水滴が落ちていく。


「帰らせてよ……」

「帰れたら全て解決するのか?」


 非情なまでに冷静な答えだった。


「それでお前が投げ出すことで失われる命は、どれほどのものになるのか分かっているのか」


 私が望んだわけじゃないのに、私のこの能力を巡って周りが勝手にがんじがらめに縛っていく。

 いっそ投げ出してしまえたら。

 私には関係ない!

 そう叫んで逃げ出すことができたなら。

 でもそうするには私はフィリップと沢山時を過ごしてしまったし、この世界には私を守ってくれた、大切で失いたくない人たちができてしまった。


「わかってる……ただ言ってみただけですから。弱音を吐いただけですから! ちゃんとすればいいんでしょ……」


 返事は返ってこなかった。







 その日はできるだけ元気に振る舞っていたつもりだったけど、フィリップの目は誤魔化せなかった。

 いつものようにエインズワース領の日常について話していると、ふと冷たい手が私の手を包み込んだ。


「フィリップ?」

「大丈夫?」


 視線を上げると、気遣わしげな蒼の瞳が向けられている。


「何かあったの?」

「……フィリップには、隠し事できないね」

「そうだよ、隠し事なんてしないで。リリアのこと、何でも教えてほしい。力になりたいんだ」


 励ますように笑いかけてくれた彼に、微笑みを返して曖昧に誤魔化す。


「その……ほら、今日は面会に行ってきたから」

「ああ、あの騎士のことか」


 途端にフィリップは笑みを消した。


「そっか……正直、リリアが何故彼に会いにいったのか、理解はできないけど」


 それは、病の真相について聞きたかったから。

 だけど、流石にその話はフィリップにはしていない。


「死刑だって、聞いて……」

「それが不満?」


 フィリップの声は冷めている。

 それに少し驚いて、頷くしかできなかった。


「僕は、妥当だと思うな」


 金色の睫毛が伏せられ、視線が閉じられたカーテンへと向く。

 薄暗い部屋の中で、頬に影が落ちる。


「だって、彼が生き長らえたら絶対に同じことを繰り返すと思うんだ。誰かの命を助けたいって、またリリアに縋ってくる。それに、君を拐った彼が軽い刑で終わったら、助長する者が必ず沸くよ。リリアを危険に晒す芽はできるだけ摘んでた方がいい」


 いつものフィリップらしからぬ、冷静で、いっそ冷徹なまでのその言葉に、私はなにも返せなかった。


「軽蔑した?」


 握られた手に力がこもる。


「僕はこんな奴だよ」


 やけに平坦なフィリップの声が、シンと静まった部屋に響く。


「大事なもの以外は割とどうでもいいと思ってる。リリアが無事でいてくれるのなら、あとはどうでも……」


 長く喋り過ぎたのか、フィリップが咳き込み出したので、慌ててその背を擦った。

 肩で息をするその背をしばらく擦り続ける。

 ようやく落ち着き尚も言葉を重ねようとする彼を制して、クッションを除けもう横になるよう促した。


「明日もまた来てくれる?」


 不安げに伸ばされた手を握りしめて、頷いた。


「もちろん。また来るから、ちゃんと休んで」


 それを聞いて安心したかのようにフィリップは目を瞑った。

 しばらくその顔を眺めていたけど、握った手から力が抜けたのを見て、部屋を後にした。







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