15
それから幾日かたったある日、渋い顔のマークスに連れられて行った先。
城の地下に昔使われていた牢がある。
そこの一角にある休憩室が、今回ジョシュアとの面会の場所に選ばれたようだった。
「異界人さん、久しぶり」
両脇を挟んでいた騎士が退室し、マークスが隣に控える。
項垂れていたジョシュアが顔を上げた。
その姿に、息を呑む。
艷やかだった赤銅色の髪は薄汚れてボサボサに絡まり、頬は痩けて目は落ち窪んでいる。
まるで別人のような見目に、思わずまじまじと見てしまった。
「応えてくれてありがとう。今回も時間がないようだから、さっさと要件を言うよ」
ジョシュアが落ち窪んだ目をこっちに向けてきた。
「お願いがある。妹の命を助けてほしい。君から陛下に助命を嘆願してほしいんだ」
絶句した。
私からって……。
「それは……」
「このままじゃせっかく助けてもらった命が無駄になってしまう。このとおり、頼むよ」
ジョシュアはフラフラと頭を下げた。
縋るようなか細い声だった。
「俺はどうなってもいいから……」
「……私から言ったって、あの王様が取り合うとは思えない」
「君は大事な大事な王子様の命を握ってるんだろ?きっと聞いてくれるよ。なぁ、頼む」
掠れた声を絞り出すのが、精一杯だった。
「期待しないで。今日は聞きたいことがあるから来ただけだから……」
「……きっと助けてくれるって信じてるから。で、何?聞きたい事って」
ジョシュアは言いたいことを言い切ったのか、背もたれに体を預け、力を抜く。
眼光が失われ、俯いた彼は本当に生きているのか疑うほど生気がない。
気がかりな事を私に託して、あとは死ぬのを待つだけという風情で、本当にゾッとした。
「『私のせいで』不治の病を患ったって……」
「あれ?教えてもらってないの?」
ジョシュアは俯いたまま、口端を吊り上げた。
「みんな随分過保護なんだなぁ」
クツクツと嫌な笑い声が響く。
「……ラティス村はもう知ってる?」
マークスが、あの時二人の出身だと言っていた村だ。
「六年前に滅びたんだけど」
「おい、やめろ」
横からマークスが口を出してきた。
「余計な事は言うな。要件が済んだのなら面会は終わりだ」
強引に打ち切ろうとしたマークスの腕を掴む。
見開かれた目がこっちを向いた。
「誤魔化すのはもうやめてくれませんか。私に関する事なら、知る権利はあると思うんです」
「知ったところでどうする。王子の治療に関係ないことだ」
「だから知らなくていいと? そうやって肝心なことは隠したまま、ただ黙って従えって言うんですか」
じっとその目を見上げる。
しばらく忌々しげに睨みつけられていたが、やがて明るい翠の瞳から力が抜けていった。
「……後悔しても知らないからな」
舌打ちを一つして、マークスは素っ気なく腕を振り払った。
「続けてもいいかな?」
それに頷くと、面白そうな声音が次の瞬間一変し、色を失う。
「……六年前のあの日、なんの変哲もない村が突然訳もわからず襲われた。現れた奴はこう言ってたよ。王家との盟約により俺たちの魂はヴァラキアカへの贄になったとね。俺と妹は運が良かったのか悪かったのか、ちょうどその時村を出ようとしていたところで、即死は免れたけど代わりに不治の呪いをかけられた」
薄い蒼の瞳が、瞬きもせず虚空を見つめている。
「あれからずっと、何で俺たちがこんな目に遭わないといけなかったのか調べていた。だって理不尽だろ? 俺たちが何をしたっていうんだ。一方的に住む場所を奪われ、仲間を奪われ、果てには魂まで残らない。――分かったのは、全ては君を呼び出す為だったということ、異界人さん」
私を呼び出す為に――ラティス村は犠牲になった?
息が思うように吸い込めない。
頭が真っ白だ。
そんな私をよそにジョシュアの視線は何かを追うように彷徨っては揺らめいている。
「ああ、俺はもうここまでみたいだ。だってほら、命の終わりを嗅ぎとって、奴が鎌を手に待ち構えている」
ジョシュアはポツリと呟いた。
「ヴァラキアカが、待っている」
「終わりだ」
ヒッと悲鳴を飲み込んだ私の肩を押さえつけて、有無を言わさずマークスが遮った。
「残念だが、時間だ」
合図を受けて騎士たちが戻ってくる。
今度こそマークスは私を強引に立ち上がらせ、出口へと促した。
震える足を叱咤して何とか立ち上がり、マークスの後についてよろよろと歩き出す。
「君と王子が憎い」
後ろ姿に声をかけられた。
「王家も憎い。神だって憎い」
憎いと紡ぐ声は奇妙なほど平坦で、余計に恐ろしくて鳥肌が立つ。
「だけどこの憎しみも何もかも、もうすぐ魂ごと無かったことになってしまう」
聞いていられなくて、立ち止まって耳を塞ぐ。
その手の上からマークスの無骨な手が覆った。
「君は忘れないでね? 君がここにいるのは、俺たちの犠牲があるからだって」
「耳を貸すな! 完全な八つ当たりだ」
分かっている。
私だって来たくて来たわけじゃない。
私が望んでそんなこと、引き起こしたわけじゃない!
そう必死に自分に言い聞かせる。
それでもまるで呪うようなその言葉は、耳の奥底にこびりついて離れなかった。