限界のルーフェス
「まあ、『悪意』は言い過ぎかもしれませんが、人それぞれ考え方も大切なものも、利害も違いますからね。自分には想像をつかないことを考えたり実行するために近づく人も多いものです」
つい先日、そういう人に会ったでしょう? と言われて、ああ書庫で会った狐目の男性のことかしらと納得する。
確かに、私には結局彼が何をしたかったのか、本心は分かりかねる。
「自分の常識だけにとらわれず、相手が何を考えているのかをその人の立場に立って常に想像しなさいと……そういうことですね」
「難しいことですね」
だって、自分ではない人の考えていることなんて、想像するにも限界がある。特に、親しくもない人の考える事なんて、さっぱり分からないというのが正直なところだもの。
「割とパターンがあるんですよ。たくさんの人をサンプルとして、ことある毎に観察しておけば、想像できる幅が徐々に広がるのです」
そういえば、以前コーティ様が『状況や人物の見極めも、市井官には大切なスキル』だと、教えてくれたことがあった。確かその時にも『観察力を高めることが大事』だと言っていた。
きっとコーティ様は、観察力の高め方を、丁寧に説明してくださったんだわ。
「ありがとうございます。私、頑張ります」
「どういたしまして」
心からの感謝を述べたら、コーティ様はとても満足そうに微笑んでくれた。本当にありがたい。
こうしてコーティ様がたくさんのことを教えてくださるのにも、きっとたくさんの思いや考えが込められているのだろう。
嬉しさを噛みしめながら宿屋の扉を開ける。入り口近い席で、ぐったりしたルーフェスが、眉間にしわを寄せたまま扉を睨みつけていた。
御者さんはいないところを見るに、お馬さんのところかもうお部屋に入ってしまったのだろう。
「遅いよ、二人でなに話してたのさ」
「ルーフェス! 先に部屋でやすんでいてよかったのに」
「姉さんおいて、一人でやすむわけにいかないだろ」
真っ青な顔で、それでもそんなことを言ってくれるルーフェスがとっても愛おしい。
「ごめんなさい、でもとっても嬉しい。ありがとう、ルーフェス」
駆け寄って手をとれば、ルーフェスはちょっと照れたように「いいけど」と呟いた。
「明日は体調が整うまでゆっくりしていいそうよ。しっかり寝ましょう」
「え……それで大丈夫なの?」
信じられない、という顔でルーフェスがコーティ様を見上げる。
「大丈夫です、ここまで本当によく頑張りました。まずは体調を整えてください」
コーティ様がそう微笑むと、ルーフェスはやっと安心したようにテーブルに突っ伏した。本当に限界を迎えていたんだろう。
可哀想で、そっと回復魔法をかけてあげた。少しでも回復してから眠ると、疲労の回復も早いから。




