今日はここまでにしよう
「ダメっていうか想像も出来ねえ」
「うちの母、時々私と一緒にお忍びで市場とか下町とかウロウロしているので、むしろ腕まくりでやりそうな気がするんですが」
オーズさんはあんぐりと口を開けて、目を瞬かせている。
「……お前ん家はいったいどうなってるんだ。親父さんは腹黒貴族もおし黙るような、強面な御仁じゃなかったのか」
「そう聞いております。本気で怒ると私でも震えますけれど、普段はとても優しいですよ?」
「こんな依頼に奥方や娘がかんだなんて知ったら」
「特に怒ったりしないと思いますけれど。というか私や母がお小言をもらうことはあっても、オーズさんに怒ることはありえないというか。でも、オーズさんが困るなら、やめておきますね」
「いや、うーん……いいのか?」
重低音で唸るオーズさん。すごく悩んでいるようだし、お母様に協力してもらうのはやめておいた方がいいのかも。残念だけれど。
「クリスちゃんの母上は、本当に気さくな方ですけどね。せっかくだからこの機に顔をつないどくのもいいんじゃないですか?」
「む……」
腕組みで、いよいよ唸るオーズさん。結局、悩んだあげくに「いいだろう、だが無理に頼んだりは絶対しないでくれよ」と、かなり消極的に許してくれた。
どうやらレオさんの『顔を繋いでおく』っていう言葉が、商売人でもあるオーズさんの気持ちを結果的に揺らしたようだった。
やっぱりレオさんって、ソフトな印象だけれど、とても人との駆け引きがうまいのよね。
心配しつつも武器屋の仕事に戻っていくオーズさんを見送って、私とレオさんは宝飾街に佇む。
急に二人っきりになったと思うと、なんとなく急に面映ゆい気落ちになってしまう。
だって、これまでは他に人がいたからそこまで気にならなかったけれど、こうしてレオさんとふたりっきりで居るのなんて本当に久しぶりで、どうしても緊張してしまう。
浅黒くなった肌が精悍さを感じさせて、より頼もしく感じてしまう。
「あ、あの……調査の続きは」
照れくささをおさえて、私はそんな言葉を口にした。どう考えたって、タイミング的に全部のお店の調査が終了したとは思えない。
「うーん、今日はここまでにしよう」
レオさんがにっこりと笑う。
ですよね。私を置いてお店に行くわけにはいかないだろうし、さりとて一緒にいくこともできないんですもの。巻き込んだ上にお荷物で本当に申し訳ない。
「あっ、そうだ。あとは私に任せてくれませんか? 明日以後に私が調査をすすめますよ。レオさんだって戻って来たばかりで疲れているでしょうし、お仕事だってあるんですもの」
「それはダメ。俺が引き受けた仕事だからね」
「でも」
「体力的にも時間的にも無理なら引き受けないから大丈夫、信じて」
そう言われてしまうと、反対することもできない。申し訳なく思いながらも、私はレオさんに甘えることにした。