9.開錠
スーツ姿の男に連れられ家の中に入る。僕が縦に三人入りそうな大きいドアが開き、その中へ入る。目の前は、とても言葉じゃ表せないが、しいて言うとするなら「想像したお金持ちの豪邸のロビー」そのまんまである。
「うわぁ……ひろ」
「基本的にお金持ちというのはこういうところでパーティーすることが多いからな」
途端にスーツ姿の男が話し出す。
「俺にゃわからん感覚だ」
「話していいのか?」
「逆に俺が話しちゃ悪いとでもいうのか?」
「いや、僕を殴ったやつは執拗に『龍太郎様の命令だ』やらなんやら堅物だったからさ」
「そういうやつが多いことも確かだが……ま、根無し草の俺を救ってくれた義理だけでここに務めてるって感覚だ。ま、だべってると怪しまれるな。あいつの部屋は三階だ」
彼は途端に歩き出す。僕は黙ってついていく。
ロビー前方の階段を歩き、また少し大きな空間に。しかし先ほどとは違い「廊下」みたいなものなんだろう。十分広いが。そして、少し歩いたところでスーツ姿の男は止まる。
「ここを左に曲がると、その先に龍太郎様の部屋へと通じる階段がある」
先ほどとは違い主を主として扱っていた。そう思うと、近くから人が歩いてきた。そういうことか。
スーツ姿の男の言うとおりに歩くとすぐに階段が見つかる。この館の主はいつもいつもこうやって自分の部屋に帰るのだろうか。滑稽である。階段はさっきまでの豪華で洋風なものとは違い、謙虚、というか侘び寂びを感じるいわゆる和のようなもの、というとパッとわかるものだった。
一段一段歩き、その一段一段の度、心音は跳ね上がるようだった。踊り場に飾られている……というかどう見ても植わっている竹。金持ちのセンスはわからん。
階段を上りきると、少し長い廊下が続くが、先ほどのような気迫はなく、細い、なんというか縁側というものを想像させてくれるようなものだった。左側は窓だった。この町が一望できる。とてもきれいだ。右側はほとんど障子だった。何も見ることが出来ない。しかし一つだけ光のあふれる部屋がある。
「入れ」
太い声が廊下にまで響く。写真で見たあの姿でこの怒号に近い声を出すなら、その勢いたるもの、まさに飛ぶ鳥を落とすほどではないか?
「失礼します」
こういう和風の家の礼儀なんて知らないので、せめて一般常識的なことをしよう。心に誓う。
障子を開くと、目の前に強面の屈強そうな男、その隣に凛と澄ました女性。その女性の目の前に多分琴音らしき姿が見える。全員和服であるのはなぜだろう。ごめん、僕は琴音の和服姿に目が釘付けです。そのうなじから、普段とは違う結ばれた髪から、かんざしから、すべてが美しい。
「まぁ、座れ」
「ありがとうございます」
座布団を目の前に、十数年の知識をフル動員して一つ一つの動きに気を配る。
「そんな固くならんでもいいのよ」
その凛とした女性はかすかに笑う。
横を見るとこちらを見ていた琴音と目が合う。琴音は表情一つも変えずに前を見直す。魂が抜けたみたいだ。
「初めまして。國定悠馬と申します」
僕が告げ終わるが早いかというところで障子ががばっと空く。
「失礼します。お茶をお持ちしました」
「今客人が喋っているところだろうが!」
目の前で獣が吠えた。この堅物は、やはり堅物だ。
「まぁまぁ、そう怒らずに」
その獣の隣に寄り添う花。なかなかにバランスが取れていた。その一輪の花は「もう戻りなさい。後は私がやっておきますから」と立ち上がりお茶を受け取る。そして僕の目の前にお茶を置き「ごめんなさいね」と一言謝る。
「いえ、いきなりこちらにお邪魔して、なおかつ皆さんのような着物でなく、こんなみずぼらしい恰好で来てしまい」
「本当だよ」
獣は怒りを表す。
「こんな貧乏人の端くれみたいな奴がこいつと付き合ってるなんて真実は笑える話かなんかだろうな」
僕は右側――琴音の方を見る。彼女はうつむいていた。怒りも何も、その顔には映ってなかった。
「知ってらっしゃるんですね」
「もちろんだ。私の娘だからな」
「……私の娘?」
「……? なんだ? 何かおかしいところでもあるのか?」
獣は、そしてその隣の花もかすかに顔を僕からそむけたことを見逃さなかった。
「はい――」
僕はすべての勇気を振り絞っていった。
「――そんなふざけた虚構を、よくもぬけぬけと喋れますね!?」




