4.屋上
時は放課後。黄昏、というか赤昏な空を屋上から見上げる。人は不思議だ。赤から藍色に変わるこの瞬間瞬間、感受性に乏しいのだろうか、黄色なんて見受けられないのに、黄昏なんて字を当てた。不思議とそんなことを思い、時間だけがゆっくりと過ぎていく。
屋上は危険防止という意味で全棟の全屋上が封鎖だ。が、本当の目的らしきものを知っている。A棟の一番人が来ないであろう空き教室ラッシュの真上、つまりこの屋上に配電盤がついている。ドアに鍵もかかっておらず、防犯なんて微塵も感じられないこれを封じるためだろう、そう考えている。そのため無駄に二つの南京錠に5つのナンバーキーをつけてある。ナンバーキーはチェーンだったのでちまちま四桁ナンバーをひとつづつ解いていった。三ヶ月と二週間を要した計画は、僕の成功に終わった。
「ふぅ、風が気持ちいな」
無風である。実に悲しい。
もしナンバーが変わっていたらと思うと苦労を思い出して吐き出すレベルだが、運よく、というかこの学校の防犯意識の薄さのおかげでこうもたやすく屋上へと出てこられる。
出入り口の真上へと上る。赤い太陽は僕を、活気あふれる商店街を、朽ち果てたゴーストタウンを、緑の山を赤に染める。春、というか初夏の陽気は僕にパーカーを脱がせる。
ざわざわ。何かの前兆だと林が揺れる音がする。風が吹いてきたのだ。
僕は今日のことを思い出していた。掛川は割といいやつらしい。人の気持ちを察するのが上手い、という点で。そして小春は……成長している気がしない。会長という立場が嬉しいらしいが。
「長い一日だったなぁ……」
まだ1/4があるんですけどね。ただ、もうすぐタイムトリップしそうだ。暖かい陽気に心地よい子守唄。熟睡は魔法のタイムトラベル。
急に子守唄がやむ。風がやんだのか? いや、違う。久しぶりの"あれ"だ。
タイムトリップどころか、タイムストップか。
……ぜんぜん上手くない。後、冗談を言ってるだけ、何のためのタイムストップか、全然気づかない。
始まりは小学一年生か。何かの拍子に時が止まる。僕が止めようと思っても進めようと思っても時というのはびくともしない。そのとき確実にいえることが、僕の選択次第で大きく世界が変わる人が必ずいることだ。過去に十回程度だが、全部についての同位点はそこしかない。
……あれか。
屋上のフェンスの向こう。少女が独りいた。風になびいた髪が不自然に止まっている。フェンスを強く握っているようだ。
僕は、よっ、とフェンスを越える。運動はリハビリが終わった後かなりやってきたから、そこらへんの運動部なら互角に戦える。……何で戦うかによってだが。
見たことあるなこいつ。
記憶をひっくり返そうと思ったが、その入り口付近にあったことを思い出した。
確か、鷲とかいったな。珍しい苗字だからって名前だけが一人で記憶の中に滞在してやがる。
そう心の中でいいながら僕は彼女の手を握る。時が止まっているからといって、非常に緊張する。僕に関して言えば、それだけの耐性が異常なほど低い。助ける側のはずなのに、いや助ける側だからなのもあるが、手が非常に震える。
そして、そのときは訪れる。瞬時に風は僕を切り、彼女の髪を揺らし、町に吹き渡る。彼女は飛び上がる。もちろんジャンプしたその先はは五階建ての屋上だ。六階分の高さから落ちる。速度の二乗は距離と重力と2をかけた値、であり距離は六階だから18メートルであって、約だが速度は6にルート5。13.5位だろうか。つまり落ちる時間は1.5秒くらいかな? そんな無駄なことを考えると右手にずしりと重みがかかる。あまりに急だったもので離しそうになった。多分彼女の体重がもう一升重かったら離しそうだった。無駄なことは考えるもんじゃないな。
「ご機嫌はいかが?」
無駄に頭を使ったので気が利く言葉が出なかったのは失礼だった。