↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
13/13

現在 2ー(1)

 帰宅すると、ぼくはコップ一杯分の水を一気に飲み干し、ジャケットのポケットからスマートフォンを取り出した。

 海斗に連絡するために。

 彼女に会いに行くことを決めたとき、海斗に声をかけた。それは、ぼくに課せられた責務のように感じたからだ。

 電話越しで、海斗は、

「俺は行かない。おまえ一人で行ってこいよ」

 とだけ言った。

 海斗の声には、どこか諦めの色が感じ取れた。現在まで、深淵病を克服した人間がいないからだろうか。

 海斗はそうは言ったが、昔馴染みの病状が気にならないわけはない。

 ぼくは彼女の現状を伝えるためにも海斗に電話をかけた。

「かけてくると思ってた」

 ぼくが声を出す前に、海斗は平板な声で言った。

「天野さんのお見舞いに行ってきたよ」

「知ってる」

「それだけ?」

「それだけだ」

「天野さんのこと、心配じゃないの?」

「……あいつが克服できなかったことは、俺が知る限りないからな」

「そうなんだね」

「ああ」

「状態は変わっていないみたいだよ。良くも悪くも」

「悪くなっていないなら、じゅうぶんだ」

 海斗がそう言った後、重たい沈黙が降りた。

 ぼくは少しだけ気まずさを覚えたので、部屋の本棚に視線を合わせた。

 視線の先には、亮の詩集があった。

「ねえ……」

「どうした?」

「天野さんから、亮に会ってきてってお願いされたんだ」

「そうか」

「海斗にもついてきてほしい」

 電話越しで息を吐く音がした。

「わかったよ。ついていく」

「ありがとう」

「別にお前のためじゃない」

「わかってる。天野さんのためだよね?」

「美音のためでもない。俺自身のためさ」

「そっか」

「じゃあ、またな」

「うん、また連絡する」

 電話が切れる音がした。

 ぼくはスマートフォンを机に置いて窓を開けた。

 空に浮かぶ月は、面積の半分以上を雲に覆われている。

 ぼくは、しばらくの間、雲の流れを目で追った。

 ぼくが見ている間、月が全身をあらわすことはなかった。

 亮に会うのは、もちろん初めてだ。

 亮の連絡先は、彼女に言われた通り菅原さんに教えてもらった。

 菅原さんはそのとき、何か言いたげな目をしていたが、ぼくは問いたださなかった。

 亮と彼女のこと。

 夢の世界に入ったからといっても、まだ一度だけだ。

 二人について、ぼくは知らないことが多すぎる。

 湿った風が窓から吹き込み、部屋の中を通り過ぎていった。

 ぼくは眠りにつくために、スマートフォンで彼女の歌声を流して、ベッドで横になった。

 瞬く間に、まぶたが重くなる。

 ぼくは、今日も彼女の歌声で眠りにつくことができた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。