過去 1ー(7)
女の子たちは、力一杯、彼女に拍手を贈っている。
ぼくは、その光景に、つられるように拍手をした。
彼女は、女の子たちから、質問攻めにあっている。
おねえちゃんは芸能人なの?
彼女はそう訊かれ、今はまだただの女子高校生よ、と答えていた。
女の子たちが去ってから、彼女と視線が合った。彼女は不思議そうな顔をしている。
「健。聴いてくれてありがとう。でも、どうして泣いているの?」
泣いている? ぼくが?
彼女にそう指摘され、ぼくは目元を手で拭った。手にはたしかに涙の感触が残った。
目をしばたかせていると、彼女が、
「そんなに、私の歌、よかった……?」
とはにかみながら言った。
「うん。よかった。技術的なことはよくわからないけど、とにかくよかった。すごかった!」
ぼくがそう言うと、彼女は驚いたように目を開き、ゆっくりと閉じて、ガッツポーズをした。
「やった!」
「そんなにうれしいの?」
「うん! 自分の歌声が届いたんだもん。うれしいに決まってる」
「そっか・・・・・・。うらやましいな。天野さんのそういうところ」
「うん? そういうところって?」
「感情を素直に出せるところだよ」
「そうかなあ・・・・・・幼いだけなんじゃない?」
「ううん。素敵だと思う」
「健からそう言われると、なんだか照れるなあ・・・・・・」
彼女にそう言われ、ぼく自身が照れてしまった。
気まずい空気を変えるように、彼女が、
「次は健の番ね」
とベンチに腰掛けて言った。
彼女との距離が突然縮まったので、ぼくはおろおろしてしまった。視線が泳ぐ。
「どうしたの? 緊張してるの?」
「う、うん」
「誰だって、初めは緊張するものよ」
彼女はそう言うと、ぼくの肩をぽんと叩いた。
ぼくの心臓が跳ね上がる。
「じゃあ、見せてもらえる?」
「わかった・・・・・・スマホにメモしてるんだけど、それでいいかな? ほんとは、ちゃんと
プリントアウトして読んでもらうべきなんだろうけど」
「気にしないで。健がいいと思う形でいいのよ」
「それじゃあ・・・・・・」
ぼくはそう言うと、スマホの画面を操作し、詩を保存しているメモを開いて、恐る恐る彼女にスマホを手渡した。
「ありがとう。読ませてもらうね」
「うん……」
彼女がスマホに視線を落とす。
ぼくは緊張のあまり、目をつむった。
風が木々の葉を揺らし、音を立てている。
遠くでは、子どもたちがはしゃいでいる声がする。さきほどの少女たちだろうか。
鳥たちの囀りが空から降ってくる。
世界は音で溢れている。
ぼくはゆっくりと目を開けた。
視線を感じ、彼女の方に顔を向ける。
彼女は微笑んでいた。
「良いと思う」
彼女はそれだけ言い、再びスマホを見た。
彼女との距離が近すぎる。彼女の香りがぼくの鼻腔をくすぐる。ぼくは思わず、顔を背けてしまった。
「どうかした?」
「ううん……なんでもない」
「やっぱり、良い。すごく良いよ」
「そうかなあ……」
「うん! 健は私の見込み通りだった」
彼女は目を輝かせて言った。
「あ、ありがとう」
「もっと、自信を持って」
「自信なんて持てないけど、天野さんがそう言ってくれるなら……」
「もう、煮え切らないわねえ」
「だって、誰かにに褒められた経験がないから」
「それなら」
彼女はそう言うと、立ち上がり、ぼくの前に回り込んで宣言した。
「私が、これから健の良いところをたくさん見つけて褒めてあげる!」
「ぼくのいいところ?」
「そう、健の良いところよ。きっと、たくさん見つかると思う」
「あるといいけど」
「きっと、見つかるよ」
彼女にそう言われ、ぼくは曖昧な返事をした。
「これから、改めてよろしく」
「こちらこそ」
ぼくがそう言うと、彼女が手を差し出した。
「誓いの握手」
「うん……」
ぼくはあまりに積極的な彼女に戸惑いを覚えていた。それに、手は汗でぐしょ濡れだ。
ぼくが手を出すのを躊躇っていると、彼女が、
「なに、照れてるのよ」
と言い、ぼくの手を強引に掴んできた。
「あっ」
ぼくが情けない声を出したときには、ぼくの手と彼女の手は握りあっていた。
「健の手はあったかいね」
「そうかなあ」
「うん!」
彼女は溌剌とそう言い、オレンジに染まり始めた空を見て、目を細めた。
ぼくはそんな彼女を、ただ、ぼんやりと眺めていた。




