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灰冠の指輪 ~愛を知らず死んだ俺は、異世界で没落マフィアを再建する~  作者: ぬゅうた
第2部 4章 次の手に渡る鍵

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第78話 灰冠の新人たち



卒業式の前夜、新人たちが一人足りなかった。


ミーロ。


警備配置を任される予定の男だ。


部屋には外套も荷物もない。


給金は昨日、全額引き出している。


「逃げた?」


ジャコモが言った。


「残念ですが、本人の自由です」


セレステが言った。


「明日、卒業だぞ」


「退職届は必要です。でも、無理に戻す権利はない」


規則では正しい。


ただ、ミーロは何も言わず消える男ではなかった。


配置表を一行ずつ確かめ、休む前には必ず代役の名を書く。


俺たちは捜索を、連れ戻すためではなく安否確認として出した。


最初に分かったのは、鉄道駅で北行きの切符を買ったこと。


一人分ではない。


大人一人、子供二人。


「弟たちだ」


人事記録に、故郷の弟が二人いる。


父親の借金で、農場主のもとへ奉公に出されていた。


ミーロは給金を貯め、契約の残額を払った。


卒業式の前日に迎えに行った。


「なら、明日は戻らない」


「戻るつもりだったかもしれません」


セレステは駅の時刻表を見る。


最終列車なら、夜中に着く。


雪で二時間遅れている。


工房学校の者たちは帰らず待った。


祝いの料理が冷める。


テオが温熱板を鍋の下へしく。


「正しい使い方だろ」


エヴァが確認し、頷く。



夜十一時、列車が入った。


ミーロが弟二人を連れて降りる。


十歳と十二歳。


荷物は布袋一つずつ。


「何でいる」


ミーロは、出迎えを見て立ち止まった。


「配置係が行方不明になったから」


ジャコモが怒鳴る。


「休暇申請は出した」


「誰に」


「机へ」


セレステが目を閉じた。


申請箱は、今朝から卒業証書を入れるため別室へ移していた。


連絡が切れた原因は、ミーロの無断ではない。


箱を動かした側が、未処理書類を確認しなかった。


「ごめんなさい」


セレステが先に謝る。


「確認しなかった」


「俺も口で言えばよかった」


ミーロは弟の肩へ手を置く。


「連れてきていいか、聞く時間がなかった」


「住む場所は?」


「俺の部屋」


一人部屋に三人。


寝台は一つ。


「今夜は工房の宿直室。明日、住宅担当と話す」


俺が言うと、弟たちはミーロを見る。


許可を求める顔。


ミーロが頷く。


彼らにとって、ベランディより兄が先だった。


それでいい。


冷めかけた料理を出す。


弟の一人が、第十型の試験道具を見つけた。


「これ、魔法?」


「石だ」


とニコが言った。昔俺に話しかけてくれたニコを思い出す。


「光らない」


「光らないのが仕事なんだ」


子供たちは工房を走り回る。


卒業生が止める。


昨日まで教えられる側だった者が、危険な窯へ近づくなと教えている。


ソフィアが俺の隣に立った。


「家族が増えたわね」


「組員の家族だ」


「違うの?」


ジャコモに聞かれた言葉と同じ。


「住む場所と食費を出す。学校へも入れる。でも、忠誠は求めない」


「家族かどうかではなく、何をするかを答えてる」


「それしか分からない」


「あなたらしいわ」


ソフィアは、走る弟たちを見る。


「子供、好き?」


「分からない」


「苦手そう」


「何を言うか予測できない」


「大人も同じよ」


「大人は、予測できる顔をする」


弟の一人がこちらへ来た。


灰冠の指輪を指差す。


「それ、王様?」


「違う」


「親分?」


「近い」


「兄ちゃんより偉い?」


「仕事では」


「家では?」


答えられない。


ソフィアが笑う。


「家では、お兄さんが一番よ」


子供は満足して戻った。


翌日から、弟二人の食費と寝床は帳簿へ載る。


それでも「家で一番偉い者」の欄は作らなかった。



工房学校の第一期生が卒業した日、十二人のうち二人は家を出た。


一人は製紙工房へ戻った。

一人は読み書きを覚え、市役所の採用試験を受けた。


裏切りとは呼ばなかった。


学校で覚えた字を、外で使う者もいる。


卒業式は工房の二階で行った。


最初の授業で使った黒板が残っている。


百リラ。

月五分。

誰かが消し忘れた数字の跡。


十人へ、役職札を渡した。


セレステは信用会計の補佐。

ジャコモは南埠頭の連絡役。

アンナは護衛班の先行責任者。

ミーロは警備配置係。


ほかの者も、工房、診療所、運送、賭場監査へ散る。


銃を渡されたのは四人だけ。


「卒業したのに、俺には短銃一丁か」


ジャコモが言う。


「刃物を持たない一年を終えたら考える」


「狼に爪を返さない気か」


「その呼び名、気に入っているのか」


「少しだけ」


彼は笑った。


刺したダリオとは、同じ埠頭で働いている。


友人には戻っていない。


許されてもいない。


顔を合わせても、互いに刃へ手をやらなくなった。


それで十分な日もある。


卒業証書は、本人が自分で読む。



最初にアンナ。


流れるように読んだ。



次のミーロは、二度つかえた。


誰も代わらない。


最後まで読む。



ジャコモの番。


『規律』で止まる。


「キリツ」


セレステが小声で教える。


「分かってた」


「三呼吸止まっていました」


「溜めだ」


笑いが起きる。


彼も笑い、最初から読み直した。


受領欄へ自分の名を書く。


採用時は、文字が斜めに崩れていた。


いまも美しくはない。


ただ、ほかの誰の字でもない。



母とリーナが料理を運んだ。


母の仕事時間は終わっている。


今日は診療ではなく、家族として来たという。


「それなら時間制限は?」


テオが聞く。


「疲れたら帰ります」


母が自分で答えた。


リーナが頷く。


以前なら、倒れるまで残った。


宴席の途中、母は本当に先に帰った。


誰も引き止めなかった。


俺は玄関まで送った。


「引き止めないのね」


母は外套の留め具を自分で掛けながら言った。


「帰ると言ったから」


「少し寂しい?」


「少し」


「私も」


母は扉の向こうの笑い声を聞いた。


以前なら、疲れていても戻った。


医師が一人減れば、誰かが困る。

家族の席を立てば、また息子を置くことになる。


二つを同じ罪にして、どちらからも離れられなかった。


「先に帰るたび、十年前の朝を思い出すの」


父と口論したまま、診療鞄を持って屋敷を出た朝。


続きは夜に、と言った。


夜へ戻れなかった。


「今日も、戻らない気がする?」


「身体のどこかでは」


「明日、朝食に来ればいい」


「それだけ?」


「続きを話すために、戻る」


母が目を伏せた。


「あなたは、簡単に言うようになったわね」


「簡単ではない」


母が戻らなかった十年を、明日の朝で埋められない。


だから明日一度で終わらせず、次の日も同じことをする。


「ソフィアさんを、待たせすぎないで」


「何の話です」


「続きを明日にしたまま、帰れなくなることもある」


母はそれ以上言わず、迎えの馬車へ乗った。



翌朝、本当に朝食へ来た。


昨日より少し早く着き、卒業生が残した皿を洗った。


朝食の席には、母が前夜使わなかった杯が戻っていた。


ソフィアは卒業生一人ずつに、役職ではなく失敗を聞いた。


「この二年で、一番大きな間違いは?」


アンナは退路を一度塞いだこと。

ミーロは配置表の休日を間違えたこと。

セレステは、正しい数字を速く言いすぎ、借りる者に理解させなかったこと。


ジャコモは答えなかった。


皆が脇腹の刺傷を思う。


「一つではない」


やがて言った。


「刺したこと。パンを盗んだこと。

給金が遅れた時、全員が俺を騙してると思ったこと。

間違いの大きさが違うから、一番を決めると小さい方を忘れる」


俺は、その答えを記録させた。


卒業式の最後に、二年前の募集札を出した。


赤い文字が残る。


-血を薄めれば、家は死ぬ。


書いた者は、まだ分からない。


血を薄めるな。


古いマフィアの警告にも、流した血を帳簿で洗うなという警告にも読めた。


卒業生たちは、まだ笑っている。


テオが酒を隠し、セレステが本数を数え、ジャコモが一本抜いて見つかる。


守りたかった光景だった。


だから、募集札を外させなかった。


「忘れるな」


十人へ言う。


「俺たちは、善い仕事だけでここに立っていない。

先にいた者が、殴り、脅し、奪い、時には殺して作った道を使っている」


宴席が静かになる。


「その血を誇れとは言わない。だが隠すな。

次に同じものが必要だと言う者が出た時、本当に必要か確かめるために覚えていろ」


三十二歳になった。


ベランディ家は、父の死後の六分の一から、港最大の家へ戻っていた。


工房、診療所、鉄道、賭場、倉庫。


増えたのは利益だけではなく、俺たちの名の責任だ。



宴席が終わる頃、ルカが酒を一口だけ飲んだ。


会計係が自分から杯を持つのは珍しい。


「何を祝ってる」


テオが聞く。


「まだ祝っていません。確認前です」


「なら飲むな」


「明日、王都銀行から受領証が届きます」


十六年前、屋敷と鉱山を担保に借りた再建資金。


最後の百リラを、昨日振り込んだという。


「終わるのか」


俺が聞く。


「受領証が本物なら」


喜ぶ前にも照合が要る。


それでもルカは、もう一口飲んだ。


窓には卒業式の花が残っている。


その隣には、血を薄めるなと書かれた赤い札。


翌朝、銀行の受領証が届くまで、ルカはどちらも片づけなかった。


卒業証書を読む声がつかえ、祝いの席に笑いが起きる。

酒瓶を隠す者、数える者、その間から一本抜く者。

ルカも杯を持った。

窓辺の花と赤い募集札は、今夜、同じ部屋の灯りを受けている。


--

第2部完。

次章は4.5章、レオーネたちの日常をお送りします。

更新は毎週月金、17:00、18:00の2話投稿にて。


評価、コメントはページ下部よりお気軽に。

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