第一幕:価値のない草
――腹が、減りすぎている。
それが、俺が異世界に来て最初に思ったことだった。
剣もない。
金もない。
スキルもない。
あるのは、空っぽの胃袋と――
見渡す限りの草原だけ。
風に揺れる緑は、美しい。
だがそれは、「食えない世界の豊かさ」だった。
「……終わったな」
呟いた瞬間、腹が鳴る。
ぐう、と。
あまりにも情けない音だった。
俺はその場に膝をつく。
数時間前まで、コンビニで弁当を選んでいた人間が。
今は草原のど真ん中で、餓死寸前。
笑えない。
――いや、笑うしかない。
「……草でも食うか」
冗談のつもりだった。
だが、手はもう動いていた。
目の前の草を一本、引き抜く。
細い。青い。どこにでもある雑草。
土の匂いが、強く鼻につく。
「毒だったら、その時はその時だ」
誰に言うでもなく、口に入れた。
――苦い。
――青臭い。
――まずい。
だが。
「……食える」
驚いた。
美味いとは言わない。
だが――死ぬよりは、はるかにマシだ。
俺は無言で、もう一本引き抜く。
噛む。
また噛む。
ひたすら、噛む。
その繰り返しの中で――異変に気づいた。
「……ん?」
頭が、わずかに冴えている。
さっきまでのフラつきが、ほんの少し軽い。
気のせいじゃない。
明らかに、身体が楽になっている。
そのときだった。
――《スキルを取得しました》
「……は?」
思わず、口から草が落ちる。
今、なんて言った?
スキル?
俺が?
こんな状況で?
――《雑草適応 Lv.1 を獲得》
――《未分類植物の栄養変換効率が上昇しました》
「……はあ?」
理解が追いつかない。
だが、ひとつだけ分かることがある。
――さっき食った“あの草”が原因だ。
俺はゆっくりと、足元を見る。
そこにあるのは、さっきと変わらない草原。
誰も気にも留めない、ただの雑草。
だが――
「……これ、全部“食料”か?」
喉が鳴る。
今度は空腹じゃない。
興奮だ。
もし、このスキルが本物なら。
どんな雑草でも食えて、栄養に変えられるなら――
この世界で「飢える」という概念は、
俺にだけ存在しないことになる。
「……はは」
笑いが込み上げる。
さっきまで、死にかけていたのに。
「勝ったな、これ」
俺は立ち上がる。
そして、草を掴む。
今度はもう、ためらわない。
――選ぶ。
「これは苦いな……こっちは、少し甘い」
味の違いが分かる。
それだけじゃない。
身体が、“求めている草”が分かる。
栄養。
効率。
最適解。
――理解した。
この世界で。
誰も見向きもしないものを、
俺だけが“資源”にできる。
「なら――」
口の端が、ゆっくりと上がる。
「雑草で、成り上がるか」
風が吹く。
草原がざわめく。
まるで、歓迎するかのように。
この世界で最も価値のないものが――
今、最も価値のあるものへと変わった。
その瞬間だった。




