↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異類婚姻譚 愛執堂  作者: 黒薔薇
愛執堂閉店
PR
57/57

愛執堂、次の場所へ


愛執堂の店内には、

いつもと変わらない静かな時間が流れていた。


古時計が


カチ


コチ


と、ゆっくり時を刻んでいる。


店主は窓辺に立ち、

外を眺めていた。


いつもと同じ路地に

いつもと同じ景色


だけど

今日で、

この場所ともお別れだった。


「……さて」


店主は小さく呟く。


店内を見渡す。


長い年月を過ごした場所で

ここには様々な人が訪れた。


泣いていた者

怒っていた者

誰かを愛しすぎてしまった者


そして

愛することを諦めようとしていた者


その一人一人が

この店で何かを見つけ

それぞれの場所へ帰っていった。


最後に訪れたのは

春川紬と雪城冬真


二百七十三年越しの約束を抱えた二人だった。


店主は小さく笑う。


「……あの二人も、もう大丈夫でしょう」


そう呟いて

棚の整理を始める。


簪に

古い手紙や

写真


それに

小さな置物


どれも長い間、

この店に置かれていたものだった。


それら一つ一つを丁寧に箱へしまっていく。


その時

古時計が突然


カチン


と音を立てた。


店主が顔を上げる。


時計の針が

少しだけ進んでいた。


「……ふふ」


店主は笑った。


「そろそろ、ということですか」


最後の荷物をまとめると

店の奥から

古い地図を取り出した。


日本地図を

大きな木製の机へ広げると

店主はその上に指を置いた。


「さて……」


指先がゆっくり動いていく。


東京


京都


長野


金沢


そして

山間の小さな町


「次はどこにしましょうかね?」


店主は楽しそうに呟いた。



今までとは違う土地に

沢山の人々や

違う物語


また誰かが

愛に迷っているかもしれない。


誰かを失い

それでも忘れられない人が

いるかもしれない。


誰かに愛されることを恐れている人が

いるかもしれない。


そんな人が

いつかどこかで

愛執堂の扉を見つける。


それでいい


「場所が変わっても」


店主は地図を眺めながら微笑む。


「愛に迷う人間は、どこにでもいますからね」


その時


――カランと


入口の扉が鳴った。


店主が振り返ると


「おや?」


誰もいない。


風が吹いただけだった。


それは合図だと

店主には分かっていた。


愛執堂が

次の場所へ行く時が来たのだと…


店主は店の外へ出る。


そして

最後に看板を見上げる。


『愛執堂』


「長い間、お疲れ様でした」


そう言って

看板を外す。


そして

大切そうに布で包んだ。


「次は……」


店主は遠くを見る。


夕暮れの空


その向こうには

まだ見ぬ土地が広がっている。


「雪の降る町も、良いですね」


少し考える。


「それとも……海の見える場所にしましょうか?」


店主は楽しそうに笑った。


「新しい場所には、

新しい物語がありますから」


古い扉を閉め鍵を掛ける。


カチャ


それは終わりの鍵ではなく

次の始まりのための鍵だった。


店主は荷物を手に

静かな路地を歩き出す。


数歩進んだところで

ふと振り返る。


そこにはもう

長年営業していた愛執堂の姿がある。


「さようなら」


店主は小さく呟き

そして笑った。


「また、どこかで」


その背中が

夕暮れの向こうへ消えていく。


しばらくして

誰もいなくなった路地に

冷たい風が吹いた。


そして

どこからともなく

小さな鈴の音が響く。


――カラン


カラン


愛執堂は

終わったのではない。


ただ

次の物語を探しに行くのだ。


次は

どこの土地で

どんな人間や妖が

どんな愛に迷うのか


それを知るのは

まだ誰も知らない。


店主だけが

少しだけ楽しそうに笑っていた。


「さて……次は、どこに店を開きましょうか」


その言葉を最後に

愛執堂の物語は

ひとまず幕を閉じる。


次は貴方の住む街に

ひっそりと営業してるかもしれない。


このお店は何処にあるのか誰も分からない


唯一分かっているのは

妖と人間の恋物語を聞いて 

手伝ってくれるということだけだ。


次はどこに現れるのか

それは店主しか知らない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。