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異類婚姻譚 愛執堂  作者: 黒薔薇
第一章 姦姦蛇螺♂の執着
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指輪と雨と白いドレス

店主は私の手の中にある銀色の指輪を見つめながら、小さく微笑んだ。


「これは、とある姦姦蛇螺の男性と

人間の女性が結ばれた証なんですよ」


「結ばれた……証ですか?

どういうことですか?」


私が聞き返すと、

店主は静かに頷く。


「ええ。もっとも、

その過程は少々……

普通の恋愛とは言えませんでしたがね…」


そう言って彼はカウンターへ腰掛けた。


店内の古時計がコチコチと音を刻む中

外では相変わらず雨が降り続いていた。


不思議と帰ろうという気持ちは起きなかった。


まるでこの店そのものが、

私を引き留めているようだった。


店主は指輪へ視線を落としたまま語り始める。


「姦姦蛇螺という怪異をご存知ですか?」


私は知らなくて首を横に振った。


すると店主は少しだけ楽しそうに笑った。


「古い伝承に登場する人外ですよ?」


「六本の腕と蛇の下半身を持つ、

人であり人ではない存在で

元人間で巫女だったとも言われてます」


揺れる灯りが彼の顔へ影を落とした。


「この物語の主人公も、そんな姦姦蛇螺でした」


「彼は優れたファッションデザイナーだったんです」


「誰よりも美しい服を作る才能を持ちながら、

人ならざる姿のせいで誰にも認められなかった」


店主の声は穏やかだった。

けれどどこか懐かしそうな顔をしていた。


まるで実際に知っている人物を語るようだった。


「怪物……なんですね」


私が呟くと、

店主は少しだけ首を傾げる。


「そうでしょうか?」


「彼自身は、

自分を怪物だと思っていませんでしたよ?」


「ただ誰かに見てほしくて

誰かに認めてほしかっただけです」


「自分の作った服をね…」


静かな声だった。


けれどその言葉は不思議なほど胸に残った。

私は無意識に指輪を握り締める。


まだ姿も知らないその姦姦蛇螺が、

少しだけ可哀想に思えてしまった。


店主はそんな私を見て微笑む。


「そして、ある雨の日――」


雨音が強くなった。


「彼は一人の女性を見つけました」


その瞬間。


なぜだろう。

胸の奥が妙にざわついた。


「彼女はモデルを目指していました」


「誰にも認められず

必要とされず

見つけてもらえずにね…

それでも夢を諦めきれずにいた」


店主の瞳がゆっくり私へ向けられる。


「ある日…雨の中を歩き続けていたんです」


私は黙ったまま話を聞いていた。


「そして彼女は、一着のドレスの前で立ち止まった」


「誰も見向きもしなかった

ショーウィンドウに飾られていたドレスを」


「唯一…彼女だけが見ていた」


息を呑む。


見知らぬ光景のはずなのに。

なぜか頭の中へ鮮明に浮かんだ。


雨に濡れたショーウィンドウ

誰も足を止めない店


そして――


そこに飾られた白いドレス


その3つを見てから

店主は静かに微笑んだ。


「姦姦蛇螺は、その時こう思ったんです」


『見つけた


やっと見つけた


ずっと探していた


運命の人を』


その言葉と同時に…


私の手の中の指輪が、

ほんのり温かくなった気がして

思わず指輪を見た。


まるで誰かの体温が残っているようだった。


店主はそんな私の様子を見て、

意味深に目を細める。


「彼女は知らなかったんです


その日から、

自分が怪物に見つめられていたことを」


「作品として

モデルとして

そして――」


店主は一度言葉を切った。


薄く微笑む。


「たった一人の番として」


その瞬間…

背筋に冷たいものが走った。


雨音だけが静かに響く。


店主は指輪を見つめながら続ける。


「これは、人間のモデルと

姦姦蛇螺のファッションデザイナーが紡いだ恋物語」


「甘くて、美しくて――」


そして。


「少しだけ、狂った愛の物語です」


店内の灯りがゆらりと揺れた。


「さて」


店主は私を見つめる。


「続きを聞きますか?」


そして優しく微笑んだ。


「それとも――もう思い出しましたか?」


その瞬間…

なぜか私は、

自分がこの店へ来た理由を

思い出せなくなっていた。


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