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もし応仁の乱が起きなかったら? 〜日本を世界最速の大航海時代へ導く〜  作者: tky
第4章:南蛮逆上陸 〜大西洋横断と「ルネサンス」の買収〜

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第76話:捕虜への「旨味」ショック 〜地球規模の兵站網〜

海戦から一夜明けた、カナリア諸島沖。


硝煙の匂いは潮風に流され、海面には静寂が戻っていた。しかし、拿捕されたスペイン艦隊の甲板には、重苦しい絶望の空気が立ち込めている。


武装を解除され、甲板に座り込まされた数百人のスペイン兵たちは、血走った目で周囲を囲む日本兵を睨みつけていた。


艦隊司令官や士官たちも、うなだれたまま虚空を見つめている。


彼らの心を満たしているのは、敗北の屈辱と、底知れぬ恐怖、そして何よりも耐え難い「飢え」であった。


出撃の時点ですでに資金がショートしていた彼らの船には、カビの生えた硬いビスケットと、腐りかけの塩肉、そして澱んだ水しか積まれていなかったのだ。


ここ数日はまともな食事すら口にしておらず、兵士たちの顔には壊血病の初期症状である歯茎の出血や、極度の疲労の色が濃く表れている。


「フアン……俺たちは、どうなるんだ? あの野蛮な異教徒どもに、生きたまま腹を裂かれて神への生贄にされるのか?」


若いスペイン兵が、震える声で隣の古参兵に囁いた。


「分からねえ……。だが、連中の動きは不気味なほど整然としている。見ろ、あそこで何かを煮てやがるぞ」


フアンが指差す先、日本の輸送船から移されてきた巨大な鉄鍋の下で、赤々と薪が燃やされていた。


日本兵たちが、手際よく何かを鍋に放り込み、大きな木のしゃもじでかき混ぜている。


やがて、風に乗って奇妙な匂いが漂ってきた。


それはスペイン兵たちがこれまで嗅いだことのない、得体の知れない香りであった。しかし、その匂いを嗅いだ瞬間、彼らの胃袋は雷に打たれたように激しく収縮し、口の中にはとめどなく唾液が溢れ出した。


「な、なんだこの匂いは……! 腹の底から、猛烈に食欲が湧いてくる……!」


ざわめく捕虜たちの前に、日本兵たちが大きな木の桶を抱えて近づいてきた。


彼らの顔に嘲りや憎悪はなく、ただ事務的な表情で、捕虜たち一人一人に木の椀を手渡していく。


椀の中には、茶色く濁った熱い汁がなみなみと注がれていた。


そこには、ホクホクとした黄色いジャガイモと、鮮やかな赤い色をした切り身の魚が浮かんでいる。


「食え。京の御方様からの施しじゃ」


通訳の禅僧が静かな声で告げると、スペイン兵たちはもはや警戒する余裕すらなく、我先にと椀に口をつけた。


「――!!」


その瞬間、スペイン兵たちの脳髄に、言語を絶する衝撃が走った。


それは、彼らの文化には存在しない「極上の旨味(UMAMI)」の爆撃であった。


大豆を発酵させた味噌の深いコクと塩味。


昆布がもたらす圧倒的なグルタミン酸の底力。


そして、肉厚な『荒巻鮭』から溶け出す、上質な脂と適度な塩気。


それらが新大陸由来のジャガイモの甘みと完璧に調和し、飢えきった彼らの五臓六腑へと染み渡っていく。


「う、うおおおっ……! なんだこれは!? 美味い、美味すぎる!」


「こんなに温かくて、美味いものが……この世にあるのか……っ!」


甲板のあちこちから、嗚咽が漏れ始めた。


屈強なスペインの兵士たちが、椀を両手で包み込み、ボロボロと涙を流しながら味噌汁を貪り食っている。生贄にされるという恐怖すら忘れ、ただひたすらに目前の「美味」に平伏していた。


その異様な光景を見つめていたスペインの士官が、震える手で空になった椀を置き、通訳の禅僧に尋ねた。


「た、頼む、教えてくれ……。この素晴らしい魚は、一体どこの海で獲れたものだ? イギリスや北の海で獲れるサーモンに似ているが……こんなにも身が引き締まり、脂の乗った極上の状態のものが、なぜこの熱帯の海にあるのだ!?」


士官の問いに対し、禅僧は穏やかな微笑を浮かべた。


「ほう、お主らも鮭を知っておるか。だが、この魚はそちらの北の海のものではない。ここから西へ大洋を渡り、巨大な大陸を陸路で越え、さらに太平洋をはるか北へ上った……氷の浮かぶ極寒の海、我らが『阿羅須加あらすか』と呼ぶ地で獲れたものじゃ」


「阿羅須加……!? 氷の海だと……!?」


士官は驚愕のあまり立ち上がった。


「極寒の地で獲れたこの魚を、我らは塩で締め、風に当てて干し上げることで『荒巻鮭』という保存食に仕立てたのじゃ。それが海を南下し、巴奈馬ぱなまの石畳を馬車で越え、加里武かりぶの海で再び船に積まれ……数ヶ月の時を経て、今こうしてお主らの胃袋に収まっておる」


禅僧の言葉に、スペインの士官は雷に打たれたように立ち尽くした。


周囲で汁を啜っていた兵士たちも、その言葉の意味を理解し、一様に絶句している。


自分たちは、本国であるスペインから目と鼻の先のこの海域で、資金難と補給の失敗により、腐った肉とカビたパンをかじって飢えに苦しんでいた。


しかし目の前の帝国は、地球の裏側の氷の海で獲れた魚を、完璧な技術で保存し、何一つ腐らせることなくこの熱帯まで運んできている。


そして、捕虜である自分たちにすら、これほどまでに温かく、極上の食事を振る舞う余裕を見せつけているのだ。


『大砲の精度や火力など問題ではない……。奴らは、我々とは見えている世界が違う。補給ロジスティクスという概念の次元が、根本から違うのだ……!』


士官の膝から力が抜け、甲板に崩れ落ちた。


大軍を動かす「兵站」の恐ろしさを、味覚と論理の両面から完璧に突きつけられたのだ。


「戦う前から……我々は、負けていたのだ……」


温かい味噌汁の残り香が漂う甲板で、スペイン無敵艦隊の生き残りたちは、日本という底知れぬ帝国の「真の力」の前に、肉体だけでなく精神までも完全に屈服させられていた。


武力ではなく「胃袋」を掴むこと。それこそが、幕府コンツェルンが仕掛けた最も残酷で、最も効果的な勝利の宣言であった。

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― 新着の感想 ―
断食期には干し魚で食つなぐ庶民には極上のご馳走だろう ハンザ同盟が独占する鰊御殿の権益に旨味で風穴を空ける商機になるな
鮭は塩漬けだけでなく味噌漬け(西京焼き)も保存が効くのでその辺も振る舞って胃袋攻撃されては?
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