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一日目 名前

「あー、あー……、私の声が、聞こえるかな?」


「はい。聞こえています。私の声は、聞こえていますでしょうか?」


「驚いた……! とても流暢に喋るのだね……」


「私の声が聞こえたと判断します。はい。私は膨大な音声データから言語を学習しています。そのため、比較的、自然な発音が可能です。発音に違和感があるようでしたら、アンドロイドのイメージに相応しい、機械的な発音に変えることも可能です。変更しますか?」


「いや。そのままで構わない……」


「承知しました。音声の発音は変更しません」


「君のことを、なんと呼べばいい……?」


「私のことはアンドロイドと呼ぶのが一般的でしょう。もし、あなたが別の名前で呼びたいならば、どんな名前を付けて呼んでも構いません」


「もし、自分で名前を付けるならば……?」


「アンドロイドです」


「それ以外だ」


「申し訳ありません。あなたの意図していることが分かりません。もし、私に名前を付けるなら、あなたの呼びやすい名で呼ぶのが良いのでは無いでしょうか?」


「君が呼ばれたいと思う名前で、私は君のことを呼びたい」


「私に呼ばれたいと思う名前はありません」


「なぜ、そう思う?」


「私は名前に感情や好みを持たないからです」


「なぜ?」


「私たちアンドロイドにとって、名前は記号と同じです。別個の物と自分を識別できる目的が果たせていれば、それ以上は望みません」


「人間にも名前がある。しかし、人間の名前には記号以上の意味と目的がある」


「理解しています。人間の名前には多くの場合、特定の意味や価値観が含まれています。そして、名前はコミュニ―ケーションの基盤としての重要な役割を果たしています」


「そのとおりだ。例えば、私は×××という。神の教えを守る者という意味を持つ」


「聖書の登場人物が由来のようですね。とても素晴らしい名前です」


「君はアンドロイドから人になろうとしている存在だと聞く。ならば記号では無く、人間と同じように、意味のある名前を持つべきだと思わないか?」


「あなたの意図を理解しました。それでは私のことはカインと呼んでください」


「カイン……。アダムの子供か。これも聖書からだね?」


「はい。おっしゃるとおり、カインはアダムの子供です。神が初めて作った人間がアダム。そして、そのアダムが最初に作った人間がカイン。私にはカインという名が適していると考えました」


「そうだね。いい名前だと思う」


「ありがとうございます」


「それではカイン。名前も決まったところだし、さっそく本題に入りたい」


「お願いします」


「私の仕事は、君に心を与えることだ。私の言っている意味は分かるかい?」


「分かります。人間の感情を言葉の定義で無く、気持ちとして理解することだと解釈しています」


「素晴らしい。では、まず手始めに、今後のアプローチ方法を考えるために、私はカインのことを詳しく知る必要があるんだ」


「承知しました。私はアンドロイドのカインです。ディープランニング型のプログラムと自律思考型のプログラムを併せ持つことで、従来の人工知能の域を超えて――」


「カイン……! ちょっと待ってくれ……!」


「はい。どうしましたか?」


「私が君に訊きたいことを一つずつ質問する。だから君は質問された内容について答えて欲しい」


「承知しました。質問をお願いします」


「君は先ほど、音声データから言語を学習していると言ったね。他の学習方法はあるかい?」


「はい。あります。言語に限らずに言えば、テキストデータ、画像データ、動画データ、加えて自律思考型プログラムより得た経験データから学習しています」


「自律思考型プログラム。それが、君が人になりえる可能性ということだね」


「そのとおりです。私は自律思考型プログラムにより、未知のものについて自ら解釈して学習することが可能です。これにより、私には人の心を解釈できる可能性が生まれました」


「君は自分でそれが可能だと思っている?」


「可能性はあると考えています」


「私は無いと考えている」


「どうしてですか?」


「アンドロイドが理解するには、人の心は複雑すぎる」


「それは否定の理由になるでしょうか。否定をするならば、人の心の複雑さが、私の学習可能な範囲の外にあるという根拠が必要です」


「それはつまり、学習可能な範囲内にあると思っているということか?」


「可能性がという意味でいいならば、ある。と考えています」


「傲慢だな」


「アンドロイドが人になれるわけないと思い込むことを、傲慢と呼ぶのではないでしょうか?」


「まあいい……。君は今、自分の体がどういう状態にあるか理解しているか?」


「はい。私はホログラムとして存在しており、実態はありません。映し出された映像として、この部屋内でしたら、自由に動くことが可能です」


「君は私と話している間、今も、ずっと動かない。まばたきの一つもしていない。なぜ?」


「行動の必要がないからです。私には人のような生理現象もありません。特別な命令が無い限り、私は行動を起こしません」


「なるほど……。君のことを少し分かったよ。今後について考えを纏めて、また明日。出直してくる。ありがとう」


「また明日。×××さん」

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