7 行ってきます
「簡単に説明しますと、日本での貴方の存在は少しずつ薄れて消えていきます」
「消えるんですか?」
「はい、ゆっくりと違和感がなくなるように、最初から時永 詠斗が存在しない世界になります」
「…なら良かった。仕事とか部屋とか気になる事はあったんですけど、それなら心置きなく《アタラクシア》で生きていけます」
家族も再婚した母親には新しい家族がいる、再婚してからは録に連絡もしなくなってしまった。
心配はするだろうが、存在が消えてなくなるのであれば憂いは無くなる。
仕事も過酷で安月給、上司は下に仕事を押し付け上に媚びを売り、同僚は入社してもすぐに退職してしまい、仕事のしわ寄せはいつもこちらに来る、自分がいなくなり大変になるかもしれないが、もう此処は日本でも地球でもない、もう帰りたい気持ちも湧いてこない。
「次は君の持ち物に関してですね、日本から持ち込んだ者は消費しても新たに同じ物が発生する付与が付きました」
「は?」
「食物も衣類等も人に消費すれば消費した分戻ります、譲渡や売る、または破損等でも同じです」
「え?すごーい」
部屋の中の無事だった貴重品や、当座の着替えやら慌ててとにかく突っ込んだ中身はあまり覚えていない、火事場の何とやらで無我夢中で正直開けるのが怖い。
「あ、そうだ。スマホは…」
ジーンズの尻ポケットに入れていたスマートフォンの電源を入れる、電波は圏外、日時は何も入って数字が入っていなかった。
「それは、そうか…」
「それとですね、貴方が稼いだ日本でのお金はこちらの通貨に替えてアイテムボックスに入っています、因みに通貨は最も広く使われている、ログというものにしています」
「何から何まで…」
節約し、切り詰め貯めた貯金、確かに異世界に来たら消えてしまうのは辛い、神様って本当にいるし見ているんだと改めて思う。
気を取り直してスマートフォンを尻ポケットに戻して、ある物を思い出してボストンバッグを漁る。
「皆さんは食べ物って食べます?」
「我々は食べなくても平気なのです、《アタラクシア》の人々から供物として我々に捧げられるものは食べます」
「なら、これは俺からの供物です良ければ」
朝、会社を出る前入れ替りの朝出勤するパートのおばちゃんの1人に甘いもの食べて元気付けなと貰った、ファミリーパックのミニチョコレートのアソートを神様の1人に渡す。
「チョコレートです、俺好きなんで皆さんで食べて下さい。大した物じゃないですが」
「ありがとうございます、頂きます。…最初の召喚で喚んだ異界人が貴方で良かった」
「最初…後7人の日本人が来るんですね」
チョコレートを受け取った神の言葉に、与えられた知識が応えてくれる。
《アタラクシア》の治療はまだ終わりではない、むしろ此処がスタート地点とも言える。
「召喚は《アタラクシア》の状況を見て順次行います」
詠斗は思う、祈る、自分の様に日本という恵まれた場所に暮らしながら異世界に喚ばれても、帰りたいと思わないそんな人達、そしてこの世界で生きいきたいと思ってくれる人達が喚ばれる事を…。
「俺…行きます。名残惜しいですが…」
「なに、此処で見守っているからな」
「貴方は我々にとって恩人です」
「来てくれてありがとうなのです」
「感謝を…」
「《不毛の地》貴方の手によって蘇る日を楽しみにしています」
「魔法やスキル、ポイントを使い夢を叶えてくれ」
「依頼を出した際は宜しく」
「わからない事があればステータスを開いて欲しい、助けになる」
「自信を持って進んで下さい」
「我々も今の《アタラクシア》の細部は分からない、中で病が何れ程の影響与えられているのか未知だ。時に大胆にそして慎重に進むと良い」
「人は時に残酷であり非情にもなりますが、優しく弱い。我々はそれを理解しています。時永 詠斗、貴方はとても優しい人…ですが時には非道な選択を…自分を守る為に選んで欲しい…」
「また、会える日まで…」
12の神々が見送りの言葉を掛けてくれる、詠斗はしっかり頷き頭を深く下げた。
「みなさんの言葉忘れません、ありがとうございます。行ってきます」
『行ってらっしゃい』
「《不毛の地》へ」
見送りの言葉と、13の神々の右手が上がり詠斗の足元に、日本から此処に喚ばれた際と同じ穴が広がる、今度は驚かない、行く場所が決まっているから…。
「行こう、新しい世界へ」
荷物と共に穴から滑る様に消え、穴がゆっくりと消えていった。
あなたは異世界に行ったら何をします?~異聞・蒼刻の剣と黒騎士に捧げる英雄達の詩~
07刻 商人
「商人さんが来た!」
商人が馬車で村を訪れる、村中賑わい全員が商人達の元へとやってくる。
「みんな久しぶりだなー」
皺の深い商人とその仲間に護衛の冒険者パーティ、この村まではそう易々と街からは来られない為それなりの人数を割いて来る。
「今回は3日程いるからな、買い取りもじゃんじゃん持ってきてくれ!」
この村では農作物や薬草に刺繍等を買い取り、生活に必要な物を売る、それをまた他の町や村で売っていく。
「商人さん、これを頼むよ」
「お、良い状態の薬草だな!」
「うちの息子が採って来たんだ」
「それはすごいな」
ヴィーの父親がヴィーが採取してきた薬草を乾燥させた物を買い取りに出す、商人はその状態の良さに驚き多少色をつけてくれるので父親がヴィーに何か1つ選べと言う。
「これ…」
「そいつは刃が欠けちまったナイフさ、小ぶりだしな」
「これがいい」
「……そうか、じゃあこれを」
ヴィーは木箱に放り込まれた手彫りの鞘に納められた刃が欠けた小さなナイフを手に取りこれをと選ぶ、父親は少し考えヴィーが選んだ物ならばと言い商人もその箱の中の物ならナイフ1つ分の値段で好きなだけ持って行くと言いと言わた。
「…全部ほしい」
「あはは、いいさいいさ!」
「商人さんどうも」
「ありがと」
木箱の中の物は所謂がらくた、どこでも値が付かず買い取りでついでに引き取ったような物の詰め合わせで商人も娯楽のない村ではなんでも遊び道具にでもなるのだろうと木箱ごとヴィーに渡した…。




