22話 異変
「あれ? ヒィ食べないの?」
「ギギ……」
人間のストックを今日も食べていると、ゴブトがヒィの異変に気付いた。
いつもは身体が膨れるくらい食べてげっぷを漏らしているのに、今日は一口も手に付けない。
病気……ってわけじゃないよな? だってさっきまで外で元気よくモンスターを狩ってたくらいなんだから。
「拾い食いし過ぎた? 戦ってるとお腹空くのは分かるけど人間の方がずっと美味しいし、レベルも上がるから程々にしないと……。ネイル様、俺、ちょっとヒィを寝床に連れてく」
「食欲ないならさっさと寝た方がいいもんな。頼んだ」
ゴブトとヒィがその場から食卓から消えていった。
……あの2匹がいないだけで結構寂しくなるもんなんだな。
「オーン……」
「テツ、お前はお腹空いてたみたいだからもっと食べるんだぞ。本当は人間も食べて欲しいけど、やっぱり無理だよな?」
「オーン……」
テツは食事の時になると外身を脱ぎ捨てて黒い細い体で食事に参加してくれるのだけど、食べれるのが鉄鉱石や土なんかだから効率よくレベルを上げられない。
この問題点も何とか解消していければいいけど、現状は難しい。
「――ただいま」
「ヒィの様子はどうだ?」
「疲れてたのかも、直ぐに寝ちゃった」
「そっか。思えば前まで暮らしていたところとは環境が違い過ぎるし……。お前らも気になるところがあれば意思表示をしっかりしてくれよ」
「「ギギッ」」
「オーン……」
「それじゃあ俺ももうお腹いっぱいだから早めに寝床に行くよ。ゴブト、何かあったら呼んでくれ」
「了解!」
俺は早々に眠りにつく事にした。
人間だった頃に比べるとこの体はやたらと眠くなるから良くない。
そういえば俺が本で読んだお話のドラゴンって巣で寝ている事が多かったけ。なんかその原因が分かるな。
「――オーン……」
「ん? テツ?」
いつもなら食事以外巣の外で過ごしているテツが何故か俺の寝床の入り口で顔を覗かせている。
どういう心境の変化なんだろう?
「まさか一緒に寝たいとか? いやそもそもテツは寝ないか」
「オーン……」
「うーん。言葉が分からないからなぁ。……でもここにわざわざいるって事は一緒に居たいって事なのか?」
「オーン……」
テツは俺の言葉に頷くと振り返ってその場に座った。
よく分からん奴だけど、あんな事を言った手前巣の入り口に戻れとも言い辛い。今晩くらいは鉄の好きなようにさせてやるか。
「分かった。おおれはもう寝るから構ってやれない。すっと起きるまで騒いだりだけはしないでくれよな。じゃおやすみ」
「オーン……」
一応テツに注意を促すと俺は瞼を閉じるのだった。
◇
「オーン……。オーン……」
「なんだよ……。気持ちよく寝てたってのに」
意識が飛んでからどれくらい経った頃だろうか。
俺はテツの絶え間なく続く鳴き声で目を覚ました。
あんだけ注意したのにこれって事は、本当はそんなに俺の言葉を理解出来ていないんじゃな――
「ギギッ!!」
「え? ヒィ? テツ、なんでヒィにそんな事……」
俺の目に飛び込んできたのは俺のすぐ側で鉄の剣を携えたヒィとそれに覆いかぶさる様にして動きを抑えているテツの姿だった。
テツは狭い巣の中では外身を覆えないという事もあって、最近レベルの上がったヒィを抑え込むのに苦労しているようだ。
その証拠にテツの体には何か所か切り傷が出来ている。
「まさか、ヒィが寝込みを襲って……。でもおかしい。俺とヒィの間には暴力無効契約が結ばれている。ヒィが俺に攻撃、攻撃をしようとする事すら出来ないはずなのに……」
「ネイル様! 起きたらヒィが……。え? どういうこと?」
「「ギギ?」」
ゴブトとフゥとミィがヒィがいない事に気付いて俺の寝床にやって来た。
流石にこの状況を直ぐに飲み込むのは難しいらしく、空いた口が塞がらないみたいだな。
「全員とにかくテツの応援をするんだ! フゥとミィは糸で、ゴブトは鉄と一緒に――」
「くそ!! 細っちょろいだけのゴーレム何かに邪魔されるなんて……」
ヒィの口から紡がれた流暢な人語。
ヒィが狂ったわけでもなく、違う個体のハンタースパイダーと入れ替わったのでもない。
こいつは……。
「お前は、人間なのか?」
「人の言葉を話すドラゴンにそんな質問をされるとはな。だが、正解だ。俺は人間。冒険者だ!」
ヒィの口が裂けながら大きく開く。
するとそこから1人の男の人間が姿を現す。
小さく畳まれたその身体はボキボキと音を鳴らしながら伸びていくと、大人のサイズへと変わり、覆いかぶさっていたテツを蹴り1発で退かしてしまった。
中身だけの状態じゃなければそんな簡単に退かされる事はなかっただろうが、テツを中身だけにするのもこの男の作戦だったのかもしれない。
「ゴブリンの討伐依頼を受けたんだが、ハンタースパイダーと一緒に戦うゴブリンなんか見つけたらそのボスが気になってな。しばらく観察してみるとボスは高級素材になるドラゴン。厄介な門番のゴーレムを何とかするためにわざわざこんな事までさせてもらったわけ」
「……入れ替わってたのはいつからだ?」
「今日だな。ハンタースパイダーの1匹を捕まえて……。ああ、そのハンタースパイダーは俺の仲間がレアモンスターとして売り捌きたいとかで連れてったけど。はぁ、こんな事になるなら俺1人でやるなんて言わずにあいつらをどっかに待機させとけばよかったな」
「ヒィが連れてかれた、だと……」
その言葉に体の至る所から汗が噴き出す。
珍しいモンスターを富裕層が興味本位で買い、観賞用として用いられるのはたまにある事らしいというのは聞いた事がある。
それは家畜などと違って反抗しないように骨を折るなどして体を痛めつけられ、殺さない程度の状態に維持されるという、人間だった時の自分ですら嫌悪感のある行為。
それが仲間に襲いかかろうとしているのだから、汗が噴き出るのは仕方がない事だ。
「ネイル様! ヒィ、連れてかれたって……」
「汚い人間がしょうもない欲求を満たす為だけに、な」
「モンスターなんだからそれぐらいされて当たり前だろ。ともかく俺は暗殺に特化してる冒険者。見つかったとなれば勝機は低い。怒り心頭なところ悪いが、逃げさせてもらうぞ。この仕事はもうやめだ」
男はそういうと巣の出口に向かって走り始めた。
ヒィを連れ去った人間の仲間。ここで逃がすわけにはいかない。
俺は慌てて人間を追う。だが、その速さは中々のもの。
しかも罠の位置も分かっているから脚が止まらない。
「くそっ! くそくそくそくそ!!」
「へへ。戦闘はあんまりだが逃げるのは得意なんで――」
――ドン
その時大きな音ともに地面が揺れた。それは波のようにうねり、こっちに近づいてくる。
これは……。前ほどのそれはないけど……
「オーン……」
「飛べって事かテツ?」
俺はテツの泣き声を合図にして翼を広げてその波を回避した。
波は地を走る冒険者にだけ伝わり、その動きが止まった。
「な、に!? このスキルは外身が無い状態でも使えるのか!? もしかしてゴーレムは数が少ないから出回ってる情報に間違いがあったか!?」
「おい。お前。ヒィの居場所を教えろ。それでもってお前は俺達の命を狙った明確な敵。敵は殺す。そしてそれが食料なら俺達は容赦なく食う」
「……死にたくねえ。死にたくねえ!! 俺はモンスターなんかに殺されていい人間じゃない! 俺は、俺は……。そうだ、お仲間の居場所だけじゃなくていい餌場を紹介してやるよ。今回俺は未遂だろ? だからそれで許し――」
――ボト
男の首が落ち、テツの剣から血が垂れる。
斬ったのは俺じゃない。斬ったのは鬼の形相を見せるゴブト。
「ヒィの居場所はお前のその服の柄で分かった。それ分かればお前みたいな人間殺していい。……ネイル様。初めて侵入者1人で殺せた。こいつ、食って欲しい」
俺の手を煩わせる事なく侵入者を殺すというおそらくゴブトが目標に掲げていた事がこうして達成されてしまったのだった。
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