140-3 お師様と僕
そうするうちに、彼らはザイードを抜けて大陸の西の端にあるエルトミア王国へと入っていた。
途中で、噂を聞いて転移魔法でやってきた草原の黒狼エクード太子に追われたが、ただぶっちぎってきただけである。
たぶん彼が追って来ているのにも気付いていないのであろう。
別に後方にて子供の悲鳴が轟いている訳でもあるまいし。
エクードも意地になって追いかけたのだが、彼らは背後を一顧だにしない。
ただただ、ひたすらに走り続けたのだ。
「やれやれ。
何だ、あれは。
見た事も聞いた事もないほど奇天烈な姿をしていたな。
一緒にいたのは確かにドラゴンだった。
こっちを見向きすらしていなかったが。
まあ、この遮蔽物もないような草原の真ん中で、ブレスを吐くドラゴンとやりあうのもまたなんだがな。
あの不思議な姿をした奴と一緒に一心に走っているだけで、特にドラゴンによる被害報告も聞いていないし。
しかし、地竜でもない普通の羽根を生やした飛行タイプのドラゴンが地べたを一心に走り続けるのだと?
しかも、あんなにも異様で奇天烈な何者かに付き従うかのように。
この目で見たのでなかったなら、とても信じられるものではない。
こんな馬鹿な話は今までに聞いた事もない。
だが、きっとこれは」
すかさず、魔王園長の関与を疑うエクード。
当たり。
彼も伊達にあの魔王と付き合ってはいないのだ。
もう件のそいつは自国領内から走り去ってしまったので、彼も首を竦めて国境手前にて馬に踵ならぬ蹄を返させた。
◆◇◆◇◆
「御師様は、一体どこまで行かれるのだろう」
彼、ドラゴンのアクシスはそう考えていた。
だが、そんな事は別にどうでもいいのだ。
どこまでも共に行くつもりなのだから。
生まれてこの方、こんなに清々しい気持ちになった事はない。
結構悪事は働いてきたのだが、それで気が晴れたわけではない。
ただドラゴンだったから力任せに暴れてきた。
単にそれだけの事だったのだ。
格別に楽しかったわけではない。
漠然とドラゴンとはそういうものだと思っていた。
本当に、ただそれだけなのだ。
でも今は何もかもが充実している。
それなりの時は生きてきたのだが、彼などまだまだ若竜に過ぎない。
こんな清々しい気持ちは生まれて初めて感じるものなのだ。
ずっと一緒にいたい。
そして、この方と共にどこまでも。
まるで、あの喧嘩(一方的にやられていただけなのだが)で、今までの煩悩までが全て世界の果てまでも吹き飛んでいったかのようだ。
御師様は、きっとそのために、導きのためにそうなされたのだ。
ああ、御師様。
僕は愛おしい貴方と一緒にどこまでも。
世界の果てまでも共にゆきたい。
◆◇◆◇◆
何か素晴らしく勘違いしまくったドラゴンを引き連れて、千手観音ヒナダムGは世界をひた走る。
盗賊に襲われていた馬車を助け、というか見た事もないような巨大な異形の怪物がドラゴンを引き連れて現れたので、泡を食った盗賊達が勝手に逃げ出したのだが。
そして悪党は逃がさんとばかりに仏門竜アクシスが吐いたブレスで、連中はあっさりと全滅した。
その様を見て震えあがっていた馬車の人々も、その千手観音のありがたく神々しい御姿と、爽やかといってもいいようなドラゴンの御尊顔に何か感じ入る物があったのだろう。
ドラゴンに危害を加えられるわけでもなし、いつしか自然と彼らは跪いてこの子弟を拝んでいた。
別に彼らは子弟でもなんでもない。
通りすがりのドラゴンが、勝手に千手観音に懐いているだけなのだが。
そしてまた、道中には貧しく苦しんでいた村があった。
苦しい冬を乗り越え、やっと迎えた春。
しかし雨が降らない。
植えたばかりの作物はピンチだったが、こればかりはどうしようもない。
子供達も泣いていた。
この先、大変ひもじい思いをするのがわかっていたからだ。
そして諦めかけていた村人の前に神々しい姿の何物かが現れたのだった。
初めは恐ろしいと感じて震えあがった。
何しろ、怪しげな超武装をした黄金の大巨人が、これまた大きなドラゴンを引き連れていたのだから。
だが不思議と危害を加えられないので、村人達も遠巻きにして彼らを眺めていた。
そして千手観音は子供達のために祈った。
雨乞いの祈りを。
正確には『雨乞いの魔法』を行なったのだ。
雨乞いというか、園長先生が人工降雨の仕組みをイメージして創り上げた魔法なのだ。
水魔法で降らせているわけではない。
薬品などを一切使っていないので、環境にも大変優しい魔法であった。
そして片やドラゴンは巨大な尻尾を地面に突き刺して、あちこちに井戸を掘って回った。
まるで歩く井戸掘り機のようだ。
しかも強大な尻尾の一撃で一瞬にして掘ってしまえるし。
ドラゴンには水脈の位置がよくわかるので、よくそうやって水を確保したりするのであった。
俗に言う『ドラゴン・ウエル』、竜ヶ井という奴である。
ドラゴンは自分で掘った井戸の事などすぐ忘れてしまう。
まるで森のあちこちにどんぐりを埋めて、隠した場所を忘れてしまうシマリスのようだ。
水が飲みたくなったら、またサクっと一瞬で掘ればいいだけなので。
普段は面倒なので川の水とかを飲んでいる。
井戸を掘るのは、地下水の方が美味いのでそうしているだけだ。
後で人間がそれを再利用していようが知った事ではない。
本日は自分が徳を積むためのサービスとして、人間様の井戸状に土魔法で加工までしてある。
釣瓶を吊るす部分まで精巧に造形してある芸の細かさだ。
人里で見た物を細部まで記憶しているのだ。
やはりドラゴンという魔物は賢い。
そして雨は降り始めた。
始めはゆっくりと。
やがてそれは次第に勢いを増して乾いた大地に沁み込んでいき、神の、いや仏の福音で地を畑を人を潤した。
ドラゴンも、その天の恵みを祝福するかのように厳かに吠えた。
村人達はそれに感銘を受けて跪き、その黄金色に輝く何者かとドラゴンを称え、敬い祈った。
そして誕生したのが、『聖天大師と聖竜降臨の伝説』である。
それは、このロス大陸の西の最果てにあるエルトミア王国の貧しい農村地帯では、長く語り継がれたという。
竜の掘った井戸も、強い信念に基づいた魔力が籠っていたためか、何故か長い間枯れずに人々を助けたという。
めでたし、めでたし?




