137-3 チョコに憑りつかれた者たち
うちの娘は相変わらず芋虫の世話に余念がない。
温室にいる食用の奴と、ガラスケースに入れた鑑賞用の格好いい蛾の幼虫の群れだ。
あれから、いやに大人しいのが不気味なのだが。
まあ、きちんと約束はしたので、もう俺に芋虫チョコは食べさせないだろう。
ここは当面の危機は去ったとみるべきだろうか。
そして始まった、トーヤ達の『チョコレート工場ごっこ』。
これは想定していなかったな。
まあ、いかにもっていう感じなのだが。
これにはポールも一枚噛んでいるようだ。
あいつも将来はドワーフ国で働くのもありなのかもなあ。
ポールは、あくまで職人志望なのであって、特に鍛冶師志望ではないのだが。
まあ三人仲良く終生の友になりそうな感じだな。
あいつらがドワーフの連中を唆して、あれこれとチョコレート製作用の各工程の機械を作っているようだ。
どうせトーヤに『ウイスキーボンボン工場』を作ろうとか言われたのだろう。
俺もアトリエパレスを見にいってみたのだが、なんか物凄く張り切っているようだった。
作っている設備をよく見たら、電動じゃなくって魔石駆動でもなくて、なんとドワーフ達が手で動かしているじゃあないか。
それ、力が要り過ぎるから他の国だと碌に使えないよな。
手動のパワーが要り過ぎの設計だよ。
うちはゴーレムがいるから使えるが、そこまでするくらいなら、とりあえず地球で専用の御菓子工場設備を買ってくるわい。
そんな家内制手工業的な代物はゴーレムどもの只の御楽しみにしかならんわ。
もし工場設備を作ったのなら、将来的に俺がいなくなったこの世界では魔導化してもらってもいいし、異世界転移の魔道具は残るので製造ラインの維持や更新も問題ない。
また、直接地球とチョコの取引をしてくれてもいいしな。
「まったく、しょうがねえなあ」
「まあまあ、園長先生。
やっぱり好きな事から始めないとさ」
知的好奇心にのみ突き動かされるケモミミ小学生の言葉に絆されながら、こう思っていた。
「まあ、ビデオレコーダーの普及とかもさ。『アダルトビデオ』なんかのアシストがあって、成し遂げたものなのかもしれないけどね」
さすがに、小学校校長と幼稚園園長を兼任しながらでは、その台詞は心の内に引っ込めておいた。
いつまでも純真で可愛いトーヤ君でいてほしいと思うの。
あの日、初めてこいつを拾った時の可愛らしい尻尾ふさふさな後姿は、今もケモナーである俺の脳裏にこびりついているのだ。
とにかくドワーフという奴等は、一旦何かに憑りつかれたら簡単には正気に戻らないのだ。
俺が提供する二十一世紀の奇跡群に比べたら、このチョコ製造プラントは、彼らに取り比較的簡単に理解できるシステムだ。
そして、そこから出来上がるのが、彼らの間にも広まったウイスキーボンボンなのだから。
口々に彼らが信奉する偉大なるフレア神を称える歌を歌いながら、彼らは試作した手動チョコ製造プラントを動かし続けていた。
これはもう、完全に一種の病気だな。
まさに熱狂的に神を信仰する宗教団体みたいなものだわ。
「どっせーい」
「まわせーっ‼」
「おらあ!」
「うらあ!」
うぜえな、おい。
あんたらチョコを作っているんだよな。
だったら機械なんか回していないで品質を見ろよな。
もう本当に困ったものよ。
まあ、それで結構いい物が作れちゃうんだから困った連中だぜ。
文句の付けようがねえ。
ウイスキーボンボンも、外側のチョコじゃあなくって中身の酒しか見ていないんだな。
あれは甘さを抑えたチョコが、そのまま中身の酒のつまみになるところがいいんだからな!
(ちょっと違う)
何しろ俺って昔はチョコをつまみにしてウイスキーを飲む人だったんだよね。
「おう、アル。
地球のチョコレート製造装置群、面白いな」
「いいけど、ドワーフ力運転だと他の国で買い手がつかないんじゃないか?」
「別に売り物にするとは一言も言っておらんぞ」
「そうだったのか。
いやまあ、別にいいんだけどな」
ウイスキーボンボンを作るというよりも、製造装置を作ったり、それを回したりする方が楽しいのではないか?
地球へ行けるようになってから向こうの色々なウイスキーを御土産に持ってきてやったのだが、相変わらず熱心に利き酒を楽しんでいる。
いろんな酒をベースにしてドワーフ達が作ったウイスキーボンボンを試食していたのだが、その中にはとんでもない物が混じっていた。
「ぶふっ。
うわっ、ぺっぺ。
こいつは!」
そいつの中身はウイスキーではなかった。
「これ、テキーラ・ボンボンじゃないか」
「わははは。
あれのボンボンを作らずにどうするというのか。
テキーラも、あれこれといろいろな種類を大量にもらったからな。
こっちのウオッカ・ボンボンはどうだ?
泡盛のもあるぞ」
「あのな。
確かに日本でもそういう物が売られているけど、それはあまり一般的じゃないぞ。
一般的なのはウイスキーで、まあブランデーは普通かな。
ウオッカのもあるが、ロシアがチョコの名産地っていうわけでもないし、ロシア人ならボンボンにするより、そのまま飲むんじゃないのか」
地球において、何故そういうものがあまり作られないかというとだな。
きっと物には限度があるという事なのだろう。
大量に生産しなければならない御菓子製品で、客を選ぶような商品は商売にならないという事なのではないだろうか。
そもそも、御菓子は本来ならアルコール漬けにするものではない。
ケーキなんかには使ったりすると思うが、あれも風味付けのエッセンスみたいなものだ。
テキーラは強烈な酒だ。
はっきり言って『ネタ酒』と言ってもいい。
チョコレート・ボンボンにするには少し強烈だ。
テキーラの本場メキシコではそいつも売っているらしいのだが、これも御当地ネタ土産の範疇ではないだろうか。
俺の独断と偏見に曇った目で見ると、陽気なメキシコ人ってそういう事をするのが好きそうなイメージがある。
俺が親方に買ってくるのは、テキーラの原料であるアガベという植物だけで作られた、混ぜ物なしのプレミアムテキーラばかりだ。
日本酒でいえば、純米酒ってところだろうか。
本当は少し違うんだけどね。
その酒はチョコレート・ボンボンにしたら勿体ないくらい良い物なのだが。
そもそも、ドワーフにとっては『酒に本来の材料でない物を混ぜる、混ぜ物や添加物を入れる』という発想自体がない。
そのような事を彼らに強制しようものなら、真っ赤になって怒り出し、その場で連中との全面戦争が始まるだろう。
彼らにとって酒は、そこまで神聖なものなのだ。
俺も礼儀として地球の物も混ぜ物なしの物しか買ってこない。
最初に地球から持ち込んだ奴は別だけどな。




